第三話:ようこそ、音の見習いへ
王都の夕暮れ、城門にふたつの影が並んだ。
ひとりは、古びたマントの奥で関節がかちりと鳴るスケルトン。
もうひとりは、ゆるい笑みをまとったサキュバス。昨日は近衛に「あーれぇー」で運ばれていった、あのお姉さんだ。
「……ほんとに、私たちでよかったのかな」
骨の娘が、胸腔の奥を押さえるしぐさをする。心臓はもうないのに、空洞がそわそわする。
「よかったのよ。だって王命の招集だもの」
サキュバスは冗談めかして肩をすくめたが、指先は少し冷たかった。
「でも、力になれるのかなって話は、別よね」
案内に来た近衛の先導で、ふたりは王城中庭へ。紙の旗には大きく**「歓迎!」**の文字。丸テーブルの上には焼き菓子と果実酒と温かいスープ。
「ようこそ〜! 歓迎パーティーだよ〜!」
両手にクッキーの缶を抱えた魔王が、子どもみたいに駆けてくる。
「陛下、走らないで。転ぶと面倒です」
黒の軍装に白手袋の秘書官・レイが横からすっと現れて制止した。
「……形式上、自己紹介から。段取りは私が行います」
即席の壇。まず魔王がぴょこんと上がって胸を張る。
「魔王でーす。平和主義。おやつと文化が大好き。君たちを呼んだのは正解だと思ってるよ!」
続くレイ。
「政務局・第一秘書官、レイ。政務と作戦、予算と契約の責任者。要点は三つ――安全、契約、訓練。混乱を楽しむ趣味はありません」
鍛冶場からは鍛冶組合親方・ドルンと若い衆。
「ドルン。器は鳴ってなんぼ。形は機能のあとだ。以上」
私は黒いパーカーのフードを少しだけ下げ、手を挙げた。
「……夕霧ルカです。剣も魔法も不得手、メタルだけならできます。来てくれて、あの、……ありがとう」
「では、新人のお二人」
レイが促す。
骨の娘がぎこちなく壇に上がった。
「わ、私は……名前、カリナって言います。……ルカさんに憧れて。鳴らしてみたい。自信はないけど、ステージに立ちたいです」
骨がこつと壇を鳴らす、その音が妙に胸に刺さった。
私は思わず一歩踏み出してしまう。
「……っ、メタルにスカルは必須……! 初めから君しかいないと思ってた……!」
言い切った途端、顔が熱くなる。コミュ障なので、うまく言えない。
「あ、あの……君の空洞、音の器……。最高にメタルです……!」
カリナは目がないのに、やっぱり笑ったように見えた。
続いてサキュバスが手を上げる。
「ヴェルベットって呼んで。バイセクシャルよ。男の子も女の子も、いいと思えば好き。志望動機は――モテたい。で、昨日の音を聴いて、わたしも鳴らしたいって思ったの」
そう言って、ヴェルベットは私に真っ直ぐな笑みを向けた。
「それと、ルカちゃんがタイプ。……今度、デートしない?」
「え、あ、は……」
胸の上でピックがカチンと鳴る。
「……おねぇさんもエッチですね……(嫌いじゃない)」
「ふふ、ありがとう」
レイの軽い咳払いが空気を整える。
「では確認。現段階でお二人がどの役(刻み/底/叫び)に向くかは未確定。まずは訓練で合わせます。不安は当然。責任はこちらで引き受けます」
魔王がにこにこ。「つまり、失敗しても大丈夫ってこと。誰も怒らないよ〜」
(私は殴られるけどね、と小声で付け足すと拳骨)
ドルンが腕を組んだまま、骨の関節を観察する。
「カリナ、骨が外れやすい。叩けば粉が出る。――だからこそ、器側で逃がし道を作る。負荷の向きを変えりゃいい」
「そんなこと、できるの?」ヴェルベットが目を瞬く。
「できるようにするのが職人だ」
若い衆がドヤ顔で頷く。「親方、逃がし溝は細工で――」「うるせぇ、図面を持ってこい」
私は壇から下り、二人の正面に立った。
「……うまさは後でいい。一緒に鳴らしたいって思ってくれた、その気持ちがほしい。
刻みは、息でも作れる。底は、立ってるだけでも誰かの支えになる。叫びは、心の中にある。
だから――来てくれて嬉しい」
カリナはこくんと頷き、ヴェルベットはいたずらっぽく片目をつむった。
◆
自己紹介が一巡すると、パーティーが始まった。
魔王特製のクッキー、果実酒、スープが並ぶ。
レイはグラスの水だけで乾杯し、訓練計画の紙を配る。
「明日から。午前は歩幅合わせ(刻みの基礎)。午後は支え続ける練習(底の基礎)。夜は声出し(叫びの基礎)。器はまだ名前で覚えないこと。役割で覚えてください」
ドルンが付け加える。「器は育つ。毎日触れ。鳴らねえ日もある。焦るな」
ヴェルベットがクッキーを摘まみ、私の方を覗く。
「これ、太る?」
「大丈夫。美味しいから」
(根拠がない、とレイの拳骨)
カリナは両手でそっとクッキーを持って齧った。粉はこぼれない。
「……甘い」
「甘いよ!」私はつい嬉しくなって、指先で雷のスパークが弾ける。
「ルカ、室内」
「す、すみません……」
気が緩んだヴェルベットが、近衛にも微笑みかける。
「ねえ、あなたも素敵。今度三人で飲まない?」
「訓練生は二十一時消灯です」
「**きびし〜**い」
でも声は楽しそうだった。
◆
ひとしきり食べて笑ったあと、簡単なワークを一つ。
テーブルをどけ、輪になって足踏み。
私が一拍を刻む。一定に、軽く。
ヴェルベットがそれに合わせて腰で揺れ、輪の内側に落ちない底ができる。
カリナは――うまく踏めない。踏むたびに膝が外れそうになる。
「無理しないで。数えるだけでもいい」
カリナはこくんと頷き、空の胸でワン・ツーと数えた。
それだけで、輪の拍が少しきれいになった。
最後に、私は小さな声で言う。
「……オーディエンス。虜にしてやる」
ヴェルベットの背筋がぞくりと伸び、カリナの指骨がきゅっと丸まる。
――それで十分だと思えた。
◆
お開きの時刻。
レイが簡潔に締める。「以上。明朝八時、訓練場集合。遅刻は減点。不安は相談。倒れそうになったら言う」
魔王が両手を広げた。「最後にひとこと! メタルはさいこー!」
(普通に良い、という目で皆が見る)
帰り際、私はふたりに声をかけた。
「明日、一番最初の拍、君たちに刻んでほしい」
「……私が?」(カリナ)
「私が?」(ヴェルベット)
「うん。うまい下手じゃなくて、**ここ(胸)**にあるやつで」
二人は顔を見合わせ、おそるおそる笑った。
「……やってみる」「やってみるわ」
夜風が中庭を抜け、紙の旗が小さく震える。
その音すら、一拍に聞こえた。
――ようこそ。音の見習いへ。
次の一拍は、あなたたちの足で。
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