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第一話:器を作る者、雷を鳴らす者

 翌日。王城の小ぶりな会議室。

 昨日は“大好きなライブ”だった――だから受け入れられると思っていたのに、現実を前に私はやっぱり部屋の隅で丸くなるしかなかった。


「……用済み、ですよね? 殺すんですよね? ……痛くしないでください?」

「おじさん食べちゃうぞー!」

「ひいぃいい!」

 拳骨!

「……こほん。まずはあなたをこちらの世界にお呼びした経緯から説明します――の前に、形式上の自己紹介を」


 秘書官が白手袋で眼鏡の位置を直し、視線をこちらへ戻す。

「陛下、お願いします」


「はーい。**魔王でーす。**平和主義。おやつと文化が大好き。昨日の音、すっごく良かった!」

 にこにこと手を振るおっさん。怖くない。たぶん。

「次、私です。魔王国政務局・第一秘書官、レイ。政務全般と作戦指揮、予算・契約の責任者。無駄が嫌いです。以後お見知りおきを」

 氷みたいな声なのに、刺さらない。不思議。

「あなたもどうぞ」

「……夕霧ルカです。剣も魔法も不得手、メタルだけならできます」


「確認します。“バンド”とは何ですか。あなたの言葉で、要素と役割を」

 私は喉を上下させ、抱えているギター(ケース越し)を撫でた。

「ば、バンドは……複数で一緒に音を出すチームです。

 一人が一定の刻みを打って全員の歩幅を合わせて、もう一人が底を作ってみんなが落ちないように支えて、前に立つ子が叫びで方向を示す。

 曲ごとに役目が変わって、静かに守るときも、押し返すときもある。で、音は遠くまで届かなきゃいけない。だから“拡げる仕組み”が必要で――」


「なるほど」

 レイは即座に翻訳した。

「刻み=部隊の同期、底=持久と士気の安定、叫び=突撃や撤退の合図/敵の士気低下。

 “遠くまで届かせる”は、この国で言う音導塔や拡声結界に相当。――戦術音楽として有効です」


「おじさんはタンバ――」

 拳骨。

「……黙っていてください、陛下」


 レイは立ち上がり、壁の地図にピンを打つ。

「結論。“バンド”の前提であるうつわが要ります。刻み/底/叫び――三種を用途から設計し、同時に安全に拡げる基盤を整える。

 材・形・結晶の通し方は専門家と詰めるべきです。――鍛冶組合に相談します」


「わ、わかりました! メタルをやっていいんですね! 頑張ります!!」

 魔王がぱあっと笑う。

「よかった〜! おじさん、文化だいすき!」

「では移動します。鍛冶場へ」



 王都外れの鍛冶場。炉の赤と鉄の匂い。

 親方は丸太のような腕で腕組みし、わたしを上から下まで一瞥した。


「鍛冶組合親方、ドルンだ。で、何を作りゃいい」

「えっと……“叫び”と“底”と“刻み”……あ、これが参考です!」


 わたしは地球から持ってきた変形ギターのケースを、そっと台に置いた。黒の鋭角、えぐれたカッタウェイ、稲妻の稜線。世界で一番かわいい――わたしの相棒。


「ふむ……妙な形だな。よし、分解するか」

「えっ、待って待って待って!」


 制止より早く、ドワーフの若い衆が四方から群がった。

「親方、ここは接着か」「配線らしき線が――」「この板、薄い! 割れる!」

 ベキッ。

「ひっ……!」

 変形ギターのピックガードが跳ね、細い線がぷつんと千切れる音がした。


「返してっ! それ、世界で一番かわいいんだから! 同じのじゃないと嫌だ!」

「知らねーよ! そんなえぐれた形、お前さんのだって弾きにくいだろ! おとなしくこいつをつかえ!」


 ドルンが掲げたのは、素直な輪郭の“器”。重心は安定、手は届く、無駄なし――機能美そのもの。

 わたしは即座に首を横に振る。


「やだやだやだやだ! かっこよくないもん! メタルは“見た目”から鳴るの!」

「器は鳴ってなんぼだ。形は機能のあとだ!」


 そこからが地獄の三日三晩。

 角度、厚み、材、重心、構え――紙は山になり、炉の火は一度も落ちなかった。

 わたしは稲妻の稜線を守り、ドルンは握りと可動域を守る。

 若い衆がうっかり別パーツをまたもぎそうになるたび、秘書官の「落ち着いて」の低音が飛ぶ。

 魔王はコーヒーと水と焼き菓子を配って回り、時々うっかり工具を持とうとして拳骨を食らっていた。


 四日目の朝、わたしたちは同時に机を叩いた。

「これだ」

 尖るべきところだけ刃物のように尖り、握るべきところだけ驚くほど素直。

 稲妻シルエットは外周として残し、内側は人間工学的に理性を宿す。

 “底”の器は厚い箱鳴りで地面へ支えを流し込む構造、

 “刻み”は膜の下に結晶の輪を沿わせ、叩点がはっきり返る設計、

 “叫び”は音導結晶を芯に通し、弾いた指の戻りが確実に拾えるように。


「さあ、鳴らしてみな」

「……はい!」


 深呼吸して、わたしは新しい“叫び”をかき鳴らした。――鳴らない。

 沈黙。炉の熱だけが揺れる。


「……え?」

 ドルンは瞬時に分解、組み直し。

「材は生きてる、通りも悪くねえ。おかしいのは、音が出ねえことだ」

「……この世界に“電気”がない」

 口から零れた言葉に、皆が瞬きした。


「でんき?」

「わたしの世界じゃ、“叫び”は目に見えない流れで大きくして、わざと歪ませてたの。ここには、それが――」


 秘書官は顎に指を当て、視線だけで最短の道を探す。

「代替は?」

「ない。――いや、あるかも」


 胸の奥で、昨日の白い反転が再びよみがえる。

 指先に、ぴり。髪の先がささくれ、空気が焦げる匂い。

 “叫び”の芯――音導結晶が青白く灯った。


 ぱん。乾いた一音が、鍛冶場を切り裂く。

 吊るし工具が共鳴し、壁の釘が震え、炉の火が一瞬しゃがんだ。


「……雷」秘書官が呟く。「あなた、無自覚に雷属性の魔力で拡声と歪みを作っていたのね」

「チート……特典?」

「おじさん、そういうのだいすき!」と魔王が拍手。


 ドルンは目を細め、結晶を指で弾いた。

「なら、雷を通す道を作る。結晶を焼き直して“雷導”にする。柄は帯電しねえように巻き直しだ。――工事にゃ、まだ早いが、急ぐぞ」



 それからの日々は、鍛冶場と官庁街が雷前提でつながっていく時間だった。

 コヨミが持ち込む配線図に、ドルンの赤鉛筆が走る。


「固定ステージ《万雷》。中央に雷導柱、両翼に音導塔。遅延補正は塔内の結晶群でやる」

「雷はルカの魔力から直供給。暴発時は地面に逃がす避雷路を増設」

「柱の角度は三度落とす。城壁の反射が消えて打点が揃う」

「床には共鳴抑制の木。足は滑らねえ。器は――毎日鳴らして育てる」


 わたしは“叫び”を抱えて何度も鳴らした。

 雷は指先で溜められ、結晶を駆け、歪みは空気を震わせる。

 底の器は石畳に支えを作り、刻みは胸骨の奥を一定に叩く。

 鍛冶場の前で遊んでいた子が、無意識に一拍だけ体を揺らすのを見るたび、喉が熱くなった。


「よし、骨組みは明日上がる」秘書官が図面を畳む。

「器はお前の雷で育つ。毎日鳴らせ」ドルンが鼻を鳴らす。

「はい!」


 返事をして、ふっと息を吐く。胸の中が、今日は少し軽い。

 新しい相棒は、照明もない鍛冶場でわたしだけに光って見えた。

 嬉しくて、目の端が熱くなる。


 ――そこで、やっと気づいた。


「……一人で、ライブ?」


 炉の揺らぎの向こう、誰もいない。

 底を受けてくれる誰か。刻みを刻んでくれる誰か。

 背中を合わせて叫びを重ねてくれる、誰か。


 雷の残滓が指先でぱちりと跳ねる。

 わたしは意を決して、秘書官を見る。


「――お願い。メンバーが欲しい」

 秘書官は短く目を細め、即答した。

「探しましょう。音に呼ばれた子たちを」


 鍛冶場の屋根を越え、夕立の雲が低く唸る。

 雷はもう、ただの天気じゃない。鳴らすためのカウントだ。次の一拍へ――進むための。

読了ありがとうございます!

面白かったらブクマ&★で応援を。次回はスカウト開始!メンバー募集します!

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