表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ:勇者召喚、音が街に降る

はじめまして。

本作は 「勇者召喚 × ダウナー美少女ギタリスト × 魔王軍ガールズバンド」 が、

拡声魔法で戦場をフェスに変え、曲ごとにバフ/デバフで前線を動かす“文化で勝つ”青春戦記です。

プロローグでは――音だけが街に落ちる導入。まだ誰も“楽器”を知りません(次話でドワーフが器づくりに動きます)。

面白いと思ったら、ブクマ&★評価で応援してもらえると続きが書きやすくなります。感想も超励みになります!

世界はもう、昔話に出てくる「人間と魔物の果てしない戦い」ではない。

 大陸の多くの国々は種族の違いを越えて共生を選び、魔王国もまた――魔族七、人間三の比率で穏やかに暮らす平和国家だ。なのに外聞は悪い。「野蛮」「文化がない」。足を運んだ者は「意外と普通だ」と笑って帰るが、最初に貼られたレッテルは頑固に剝がれない。

 だからこそ、王城の回廊には「文化で見返そう」という空気が満ちつつあった。


 その日、玉座の間の床に古い魔法陣が広げられ、柔らかな銀光が線を走った。

 儀式の監督に立つのは、魔王の側に仕える美人秘書官。氷の刃のように整った横顔、黒曜石のような瞳。硬質な黒の軍装に白手袋、まとめ上げた黒髪には一本の銀簪。胸元の徽章は簡素だが手入れが行き届き、膝まで落ちるロングコートの裾は折り目正しく落ちる。香りはほとんどない。余計を削った潔癖さが、むしろ品を纏わせていた。

 彼女は古文書に指を添え、平板に告げる。


「――『勇者召喚の儀』。何千年も前の記録ですが、方法は再現可能。召喚対象は“我らが必要とし、同時に我らを必要とする者”。軍備ではなく文化、国威の象徴を求めます」


「文化いいねぇ」と玉座で頬杖をつくのは、気の良さそうなおっさん――魔王だ。

「おじさん、文化だいすき。ところで“ゆうしゃ”って文化なんだ?」

 秘書官の白手袋がわずかに強張る。

「……黙っていてください、陛下」


 光が立ち昇り、空気が鉄の匂いを帯びた。

 魔法陣の中心に、ひとつの影がふっと現れる。


「ひ、ひいい……! 食べないで……!」


 小さな声。

 現れたのは、華奢な人間の少女だった。黒髪の内側だけが深い赤に染まり、ぱっつんの前髪が眠たげなグレーの瞳に影を落とす。

耳にはシルバーのピアスがいくつも並び、首元には黒いサークルリングのチョーカー。

だぼっとした黒いパーカーに、赤と黒のチェックのプリーツスカート、マットな黒タイツ。指には細い黒のリングが光る。

 ただひとつ、場違いなほどいかついギターケースだけをぎゅっと抱いている。


 魔王は目を丸くし、次の瞬間ぱぁっと顔を輝かせた。

「すごいじゃないか〜! 可愛い! ……ところで、君は何ができるの?」

「こ、こはどこ⁉。わ、私……メタルしか、できません……」

「すごい! おじさんなんか、なにもできないよ〜。……で、メタルって何?」


 ドゴン、と乾いた轟音。

 秘書官の拳骨が魔王のテッペンに落ち、床に小さなクレーターができた。

「ぐえっ」

「陛下は黙って」

「ひぃぃぃ! こ、殺されるぅ……! あ、ああ全部、私がメタルしかできないばっかりに……」

「違います、勇者様。――落ち着いてください」

 秘書官は少女と正対し、低く優しい声に切り替える。

「“メタル”とは、何でしょう。あなたの言葉で説明を」


 少女は喉を上下させ、視線を泳がせた。震える指先でギターケースを撫でる。

「……重くて、速くて、歪んでて。ギターを強く歪ませて、低い音でリフ――繰り返す旋律――を刻んで、ドラムはダブルで、心臓の鼓動より速いビートで走って。メロディは短調が多くて、でもただ暗いんじゃなくて、抑えてた怒りとか、悲しさとか、叫びみたいな、言葉にならない気持ちを――音で、出す音楽、です」

 一息。

「ライブだと、みんな頭を振って、拳を上げて、同じリズムで、同じ場所に、同じタイミングで――ぶつかり合ったり、でも誰かが転んだら、すぐに手を伸ばして起こしたり。暴れてるのに、ちゃんと“守る”ルールがあるんです。速いけど、ずっと一定の刻みがあって、だから――バラバラの人が、同じふうに動ける。……それが、私の知ってるメタル、です」


 玉座の間が、静かになった。

 秘書官の瞳孔が、すっと細くなる。思考の歯車が一気に噛み合った音が、周囲に聞こえた気がした。


「――音楽」

 彼女は呟き、片手で胸の前に指揮棒の形を作る。

「規律と熱。統率のための一定刻、士気のための咆哮。行進に転用できる。隊列の歩幅を揃え、恐怖を打ち消し、全体をひとつの塊にする」

 白手袋の指が、空中にテンポを打った。

「素晴らしい……まさに我々が欲した“象徴”であり“戦術”だ。あなたは適任です、勇者様」


「えっ……」

 少女の睫毛が、はらりと揺れる。

 魔王は頭をさすりながら身を乗り出した。

「つまり、メタルって“みんなで仲良く楽しくね”ってことだね!いいじゃないかー最高だよ!」

「極端にまとめないでください」

「ごめんね」

「でも、要点は外していません」

 秘書官はふっと口角だけで笑った。滅多に見せない柔らかさだ。

「――勇者様。あなたの音で、国を揃え、前に進ませてください」


「わ、私の……音で……?」

 少女は自分の装いを、いま更のように見下ろした。赤いインナーカラー、重たいアイライン、耳に並ぶ銀。可愛いと言われたことはある。でも、役に立つなんて、言われたことはない。

 胸の奥で、何かが小さく灯る。


「と、とにかく!」と魔王が両手を叩く。「勇者召喚成功のセレモニーをやろう! お祝いだよ! 出てくれるよね? メタル、やったてよ!お願い!」

「ひぃいいい! セレモニーでメタルやったあと殺されるんだぁ!」

 再び、ドゴン。新しいクレーター。

「……この城、ほんと頑丈だね」



 準備は怒濤だった。王都の中央広場に仮設の観覧席、目抜き通りには虹の旗。

 舞台袖、秘書官はいつもの黒軍装に加えて白の指揮棒を携え、艶のない唇にだけ薄桃の色を差していた。大ぶりの宝飾は一切なく、光るのは銀簪と指揮棒の先端だけ。氷のような美しさは遠さではなく、無駄のなさで人心を掴むタイプだ。

 彼女は段取りを手短に告げる。

「行進は《黎明のコラール》から。二曲目《鋼鉄のマーチ》。合図で勇者様のソロへ。――いいですね?」


「い、いい、です……」

 少女は大きめ黒のパーカーをダボっといつもの格好のまま、ピアスの位置を無意識に確かめ、チョーカーの留め具をくいっと直した。厚底の靴底が舞台の床をコトンと鳴らす。

 秘書官が、ほんの少しだけ声を柔らげる。

「怖ければ、私の打つテンポだけを見て。一定の刻みは、あなたの味方です。――メタルの理屈、忘れていません」


「……はい」

 少女は息を吸い、赤黒いシャドウの奥から、ゆっくりと世界を見据えた。


「開式五分前!」

 号笛。

 魔王が焼き菓子の紙袋を抱えて顔を出し、場違いに明るく手を振る。

「おやつタイム〜! 緊張するとお腹空くよね〜」

「陛下、控えて」

「は〜い」


 太鼓のロールが遠くに響く。

 秘書官は白手袋の指で、空に四分を刻む。

 少女の耳飾りが、微かな音で鳴った。

 ――統率のための一定刻。士気のための咆哮。

 説明した自分の言葉が、今度は自分を支えていた。


「行進、開始」


 指揮棒が一閃。隊列が動き、金管がきらめく。

 少女は舞台へ一歩踏み出し、ギターを構えた。

 ダウナーに伏せていた睫毛が持ち上がり、赤のインナーが陽にきらりと光る。

 そして――低く笑う。


「オーディエンス。虜にしてやる」


 黒いピックが、弦を裂いた。

 重く、速く、歪んだ――でも、規律正しい刻み。

 観客のざわめきが、歓声に変わる。

 秘書官の口元が、また少しだけ緩んだ。

「――音楽。やはり、我らが欲した人材だ」


 魔王は子供みたいに目を輝かせ、手をぱちぱち叩いた。

 行進は加速する。拳が上がる。歩幅が揃う。

 音が、国をひとつにしはじめていた。


 ――その音は、王城の石壁を越え、風と地脈に乗って城下の隅々へ落ちていった。



 訓練場の片隅。模擬戦の掛け声が途切れ、重装の兵たちが同じ方角に耳をそばだてる。

 百手の令嬢は楯を脇に立て、胸の前で拳を握った。遠くの一定刻が、胸板を内側から叩く。鼓動が、その拍に寄り添っていく。


(これは――斬るための合図ではない。揃うための刻みだ)


 思わず空気を打つ。見間違いではない、自分の腕が増えたかのような残像が、連打の線を描いた。

 彼女ははじめて、「戦い」ではなく「鳴らす」という行為を、言葉にならないまま理解した気がした。



 裏通りの陰。朽ちた門柱にもたれて、フードを目深にかぶった骨の娘がいる。

 遠いうねりが、骨の指を勝手に踊らせる。石の角を擦るたび、粉がこぼれる。それでも止められない。


(あの声に――いつか並んで、同じ叫びを重ねたい)


 彼女はまだ「何で」鳴らすのか知らない。ただ、胸腔の空洞が音の器を欲しがっていることだけは、はっきりしていた。



  酒場の表口。夕暮れの風が看板を鳴らし、路地に笑い声がこぼれる。

 客あしらいのサキュバスの娘は、いつもの調子で肩をすくめ、からかうように微笑んだ。

 旅装の若い男が頬を赤くして言う。


「このあと、どこかで一杯どう?」

「ふふ、どうしよっかな。わたし、すぐ飽きられるよ?」

「飽きないよ、だって――」


 そのとき、遠い叫びと一定の刻みが風に乗って届いた。

 路地の空気が一拍だけ揃い、石畳の下に低い流れが通る。

 男の瞳がぱっと明るくなった。


「――あれ、城のやつだ! 近くで聴きたい、行ってくる!」

「えっ、わたしは?」

「あとで絶対戻るから!」


 軽い足音が、音のほうへ吸い寄せられていく。

 彼女は指先を宙で止めたまま、取り残された熱だけを手のひらに感じた。


「……そっか。うん、行けばいいよ」


 カウンターに戻り、残っていた果実酒をひと息に煽る。喉を流れる甘さの下、足裏から伝わる底の支えが、まだ崩れないでいる。

 悔しさと、ちょっとした可笑しさが同時に胸に湧いた。グラスを置き、腰でひと拍、刻む。


「……わたしだって、やってやるんだからー」


 誰かを引っぱる笑い方も、場の空気をまとめるコツも知っている。

 なら、あの底を自分で鳴らせばいい。

 彼女はもう一度だけ小さく飲み、路地の方角を見上げた。遠いうねりは、まだ続いている。



 官庁街の一室。小柄な官吏――如月コヨミは、窓越しに入る音の位相に眉を上げた。

 街区に古くから立つ音導塔が、自然と共鳴している。遅延が、いつもより小さい。


「芯が通ってる……配り方を変えれば、もっと届く」


 彼女は机上の紙に走り書きをした。塔の角度、結晶の数、配線の長さ。

 そして欄外に、勢いで一行。


――鍛冶組合へ:音を受ける“器”が要る。相談したい。



 鍛冶場。炉の赤に照らされたドワーフの親方が、槌を止めた。

 **鉄床かなとこ**が、遠い拍に合わせてわずかに鳴っている。

 親方は鼻を鳴らし、積んだ材を見回した。乾いた良木、薄く叩ける鋼、鳴きのいい鉱石。


「……歌う気か。なら、器を用意してやらにゃな」


 丸い器か、長い管か、張る線か――名前はまだ要らない。

 鳴るための形が、頭の中で次々に組み上がっていく。


「おい、小僧。木を選べ。節の目が揃ったやつだ。次に鳴るまでに間に合わせる」


「へい、親方!」



 音は、橋の上でも、路地の奥でも、石段の踊り場でも、同じ拍で人々の足を揃えた。

 誰もが一拍の間だけ、同じ方向を向く。まだ名もない器を、それぞれの胸の内に探しながら。


 ――この日、彼女たちはまだ互いを知らない。

 けれど確かに、同じ拍で、同じ方向に一歩を踏み出していた。

 そしてまもなく、その一歩のための道具が、鍛冶場で火を噴く。

読了ありがとうございます!

プロローグは「メタル=一定刻と咆哮」という戦術への翻訳、そしてその音に各ヒロインが遠くで反応する“点火”の回でした。


ヘカトンケイル:斬る合図ではなく揃う刻みとして受け取り、空気太鼓で初めて「鳴らす」自分を想像。


骨ののちのカリナ:胸腔が音の器を欲しがる感覚。背中合わせソロの種。


サキュバス:去っていく客にへこみつつ、底を支える流れ=自分の役割に気づく一歩。


コヨミ:音導塔の位相から“配り方”の再設計へ。次話で**鍛冶組合ドワーフ**に繋がります。


次は 「器(楽器)をどう作るか」と固定ステージ《万雷》の設計、そして最初の合わせへ。

「ここ好き」「この子推せる」など一言でも感想をもらえると、物語の熱量が上がります。

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ