プロローグ:勇者召喚、音が街に降る
はじめまして。
本作は 「勇者召喚 × ダウナー美少女ギタリスト × 魔王軍ガールズバンド」 が、
拡声魔法で戦場をフェスに変え、曲ごとにバフ/デバフで前線を動かす“文化で勝つ”青春戦記です。
プロローグでは――音だけが街に落ちる導入。まだ誰も“楽器”を知りません(次話でドワーフが器づくりに動きます)。
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世界はもう、昔話に出てくる「人間と魔物の果てしない戦い」ではない。
大陸の多くの国々は種族の違いを越えて共生を選び、魔王国もまた――魔族七、人間三の比率で穏やかに暮らす平和国家だ。なのに外聞は悪い。「野蛮」「文化がない」。足を運んだ者は「意外と普通だ」と笑って帰るが、最初に貼られたレッテルは頑固に剝がれない。
だからこそ、王城の回廊には「文化で見返そう」という空気が満ちつつあった。
その日、玉座の間の床に古い魔法陣が広げられ、柔らかな銀光が線を走った。
儀式の監督に立つのは、魔王の側に仕える美人秘書官。氷の刃のように整った横顔、黒曜石のような瞳。硬質な黒の軍装に白手袋、まとめ上げた黒髪には一本の銀簪。胸元の徽章は簡素だが手入れが行き届き、膝まで落ちるロングコートの裾は折り目正しく落ちる。香りはほとんどない。余計を削った潔癖さが、むしろ品を纏わせていた。
彼女は古文書に指を添え、平板に告げる。
「――『勇者召喚の儀』。何千年も前の記録ですが、方法は再現可能。召喚対象は“我らが必要とし、同時に我らを必要とする者”。軍備ではなく文化、国威の象徴を求めます」
「文化いいねぇ」と玉座で頬杖をつくのは、気の良さそうなおっさん――魔王だ。
「おじさん、文化だいすき。ところで“ゆうしゃ”って文化なんだ?」
秘書官の白手袋がわずかに強張る。
「……黙っていてください、陛下」
光が立ち昇り、空気が鉄の匂いを帯びた。
魔法陣の中心に、ひとつの影がふっと現れる。
「ひ、ひいい……! 食べないで……!」
小さな声。
現れたのは、華奢な人間の少女だった。黒髪の内側だけが深い赤に染まり、ぱっつんの前髪が眠たげなグレーの瞳に影を落とす。
耳にはシルバーのピアスがいくつも並び、首元には黒いサークルリングのチョーカー。
だぼっとした黒いパーカーに、赤と黒のチェックのプリーツスカート、マットな黒タイツ。指には細い黒のリングが光る。
ただひとつ、場違いなほどいかついギターケースだけをぎゅっと抱いている。
魔王は目を丸くし、次の瞬間ぱぁっと顔を輝かせた。
「すごいじゃないか〜! 可愛い! ……ところで、君は何ができるの?」
「こ、こはどこ⁉。わ、私……メタルしか、できません……」
「すごい! おじさんなんか、なにもできないよ〜。……で、メタルって何?」
ドゴン、と乾いた轟音。
秘書官の拳骨が魔王のテッペンに落ち、床に小さなクレーターができた。
「ぐえっ」
「陛下は黙って」
「ひぃぃぃ! こ、殺されるぅ……! あ、ああ全部、私がメタルしかできないばっかりに……」
「違います、勇者様。――落ち着いてください」
秘書官は少女と正対し、低く優しい声に切り替える。
「“メタル”とは、何でしょう。あなたの言葉で説明を」
少女は喉を上下させ、視線を泳がせた。震える指先でギターケースを撫でる。
「……重くて、速くて、歪んでて。ギターを強く歪ませて、低い音でリフ――繰り返す旋律――を刻んで、ドラムはダブルで、心臓の鼓動より速いビートで走って。メロディは短調が多くて、でもただ暗いんじゃなくて、抑えてた怒りとか、悲しさとか、叫びみたいな、言葉にならない気持ちを――音で、出す音楽、です」
一息。
「ライブだと、みんな頭を振って、拳を上げて、同じリズムで、同じ場所に、同じタイミングで――ぶつかり合ったり、でも誰かが転んだら、すぐに手を伸ばして起こしたり。暴れてるのに、ちゃんと“守る”ルールがあるんです。速いけど、ずっと一定の刻みがあって、だから――バラバラの人が、同じふうに動ける。……それが、私の知ってるメタル、です」
玉座の間が、静かになった。
秘書官の瞳孔が、すっと細くなる。思考の歯車が一気に噛み合った音が、周囲に聞こえた気がした。
「――音楽」
彼女は呟き、片手で胸の前に指揮棒の形を作る。
「規律と熱。統率のための一定刻、士気のための咆哮。行進に転用できる。隊列の歩幅を揃え、恐怖を打ち消し、全体をひとつの塊にする」
白手袋の指が、空中にテンポを打った。
「素晴らしい……まさに我々が欲した“象徴”であり“戦術”だ。あなたは適任です、勇者様」
「えっ……」
少女の睫毛が、はらりと揺れる。
魔王は頭をさすりながら身を乗り出した。
「つまり、メタルって“みんなで仲良く楽しくね”ってことだね!いいじゃないかー最高だよ!」
「極端にまとめないでください」
「ごめんね」
「でも、要点は外していません」
秘書官はふっと口角だけで笑った。滅多に見せない柔らかさだ。
「――勇者様。あなたの音で、国を揃え、前に進ませてください」
「わ、私の……音で……?」
少女は自分の装いを、いま更のように見下ろした。赤いインナーカラー、重たいアイライン、耳に並ぶ銀。可愛いと言われたことはある。でも、役に立つなんて、言われたことはない。
胸の奥で、何かが小さく灯る。
「と、とにかく!」と魔王が両手を叩く。「勇者召喚成功のセレモニーをやろう! お祝いだよ! 出てくれるよね? メタル、やったてよ!お願い!」
「ひぃいいい! セレモニーでメタルやったあと殺されるんだぁ!」
再び、ドゴン。新しいクレーター。
「……この城、ほんと頑丈だね」
◇
準備は怒濤だった。王都の中央広場に仮設の観覧席、目抜き通りには虹の旗。
舞台袖、秘書官はいつもの黒軍装に加えて白の指揮棒を携え、艶のない唇にだけ薄桃の色を差していた。大ぶりの宝飾は一切なく、光るのは銀簪と指揮棒の先端だけ。氷のような美しさは遠さではなく、無駄のなさで人心を掴むタイプだ。
彼女は段取りを手短に告げる。
「行進は《黎明のコラール》から。二曲目《鋼鉄のマーチ》。合図で勇者様のソロへ。――いいですね?」
「い、いい、です……」
少女は大きめ黒のパーカーをダボっといつもの格好のまま、ピアスの位置を無意識に確かめ、チョーカーの留め具をくいっと直した。厚底の靴底が舞台の床をコトンと鳴らす。
秘書官が、ほんの少しだけ声を柔らげる。
「怖ければ、私の打つテンポだけを見て。一定の刻みは、あなたの味方です。――メタルの理屈、忘れていません」
「……はい」
少女は息を吸い、赤黒いシャドウの奥から、ゆっくりと世界を見据えた。
「開式五分前!」
号笛。
魔王が焼き菓子の紙袋を抱えて顔を出し、場違いに明るく手を振る。
「おやつタイム〜! 緊張するとお腹空くよね〜」
「陛下、控えて」
「は〜い」
太鼓のロールが遠くに響く。
秘書官は白手袋の指で、空に四分を刻む。
少女の耳飾りが、微かな音で鳴った。
――統率のための一定刻。士気のための咆哮。
説明した自分の言葉が、今度は自分を支えていた。
「行進、開始」
指揮棒が一閃。隊列が動き、金管がきらめく。
少女は舞台へ一歩踏み出し、ギターを構えた。
ダウナーに伏せていた睫毛が持ち上がり、赤のインナーが陽にきらりと光る。
そして――低く笑う。
「オーディエンス。虜にしてやる」
黒いピックが、弦を裂いた。
重く、速く、歪んだ――でも、規律正しい刻み。
観客のざわめきが、歓声に変わる。
秘書官の口元が、また少しだけ緩んだ。
「――音楽。やはり、我らが欲した人材だ」
魔王は子供みたいに目を輝かせ、手をぱちぱち叩いた。
行進は加速する。拳が上がる。歩幅が揃う。
音が、国をひとつにしはじめていた。
――その音は、王城の石壁を越え、風と地脈に乗って城下の隅々へ落ちていった。
◇
訓練場の片隅。模擬戦の掛け声が途切れ、重装の兵たちが同じ方角に耳をそばだてる。
百手の令嬢は楯を脇に立て、胸の前で拳を握った。遠くの一定刻が、胸板を内側から叩く。鼓動が、その拍に寄り添っていく。
(これは――斬るための合図ではない。揃うための刻みだ)
思わず空気を打つ。見間違いではない、自分の腕が増えたかのような残像が、連打の線を描いた。
彼女ははじめて、「戦い」ではなく「鳴らす」という行為を、言葉にならないまま理解した気がした。
◇
裏通りの陰。朽ちた門柱にもたれて、フードを目深にかぶった骨の娘がいる。
遠いうねりが、骨の指を勝手に踊らせる。石の角を擦るたび、粉がこぼれる。それでも止められない。
(あの声に――いつか並んで、同じ叫びを重ねたい)
彼女はまだ「何で」鳴らすのか知らない。ただ、胸腔の空洞が音の器を欲しがっていることだけは、はっきりしていた。
◇
酒場の表口。夕暮れの風が看板を鳴らし、路地に笑い声がこぼれる。
客あしらいのサキュバスの娘は、いつもの調子で肩をすくめ、からかうように微笑んだ。
旅装の若い男が頬を赤くして言う。
「このあと、どこかで一杯どう?」
「ふふ、どうしよっかな。わたし、すぐ飽きられるよ?」
「飽きないよ、だって――」
そのとき、遠い叫びと一定の刻みが風に乗って届いた。
路地の空気が一拍だけ揃い、石畳の下に低い流れが通る。
男の瞳がぱっと明るくなった。
「――あれ、城のやつだ! 近くで聴きたい、行ってくる!」
「えっ、わたしは?」
「あとで絶対戻るから!」
軽い足音が、音のほうへ吸い寄せられていく。
彼女は指先を宙で止めたまま、取り残された熱だけを手のひらに感じた。
「……そっか。うん、行けばいいよ」
カウンターに戻り、残っていた果実酒をひと息に煽る。喉を流れる甘さの下、足裏から伝わる底の支えが、まだ崩れないでいる。
悔しさと、ちょっとした可笑しさが同時に胸に湧いた。グラスを置き、腰でひと拍、刻む。
「……わたしだって、やってやるんだからー」
誰かを引っぱる笑い方も、場の空気をまとめるコツも知っている。
なら、あの底を自分で鳴らせばいい。
彼女はもう一度だけ小さく飲み、路地の方角を見上げた。遠いうねりは、まだ続いている。
◇
官庁街の一室。小柄な官吏――如月コヨミは、窓越しに入る音の位相に眉を上げた。
街区に古くから立つ音導塔が、自然と共鳴している。遅延が、いつもより小さい。
「芯が通ってる……配り方を変えれば、もっと届く」
彼女は机上の紙に走り書きをした。塔の角度、結晶の数、配線の長さ。
そして欄外に、勢いで一行。
――鍛冶組合へ:音を受ける“器”が要る。相談したい。
◇
鍛冶場。炉の赤に照らされたドワーフの親方が、槌を止めた。
**鉄床**が、遠い拍に合わせてわずかに鳴っている。
親方は鼻を鳴らし、積んだ材を見回した。乾いた良木、薄く叩ける鋼、鳴きのいい鉱石。
「……歌う気か。なら、器を用意してやらにゃな」
丸い器か、長い管か、張る線か――名前はまだ要らない。
鳴るための形が、頭の中で次々に組み上がっていく。
「おい、小僧。木を選べ。節の目が揃ったやつだ。次に鳴るまでに間に合わせる」
「へい、親方!」
◇
音は、橋の上でも、路地の奥でも、石段の踊り場でも、同じ拍で人々の足を揃えた。
誰もが一拍の間だけ、同じ方向を向く。まだ名もない器を、それぞれの胸の内に探しながら。
――この日、彼女たちはまだ互いを知らない。
けれど確かに、同じ拍で、同じ方向に一歩を踏み出していた。
そしてまもなく、その一歩のための道具が、鍛冶場で火を噴く。
読了ありがとうございます!
プロローグは「メタル=一定刻と咆哮」という戦術への翻訳、そしてその音に各ヒロインが遠くで反応する“点火”の回でした。
ヘカトンケイル:斬る合図ではなく揃う刻みとして受け取り、空気太鼓で初めて「鳴らす」自分を想像。
骨の娘:胸腔が音の器を欲しがる感覚。背中合わせソロの種。
サキュバス:去っていく客にへこみつつ、底を支える流れ=自分の役割に気づく一歩。
コヨミ:音導塔の位相から“配り方”の再設計へ。次話で**鍛冶組合**に繋がります。
次は 「器(楽器)をどう作るか」と固定ステージ《万雷》の設計、そして最初の合わせへ。
「ここ好き」「この子推せる」など一言でも感想をもらえると、物語の熱量が上がります。
引き続きよろしくお願いします。