絶対零度の夫婦関係。
溺愛ものを読んでいた時に思いつきたものです。後書きは、たぶんこの夫婦には似合わないとおもいますので、読まなくてもけっこうです。
アレン公爵がついに結婚した。
相手はライナ公爵令嬢。
この吉報が広まると、皆、首をかしげた。
あの二人が結婚するのか? と。
アレン公爵は宰相。仕事や礼儀作法に厳しい。また、端正な顔立ちをしているものの、微笑み一つ浮かべない。その為についた二つ名は氷の宰相、冷血公爵である。
また、女性に対する態度は礼儀正しく、節度がある。しかし、その態度は正確公正かつ隙が全くなく絶対零度の巨大な氷の城壁のよう。
「アレン公爵とお話して、凄く嬉しい、と最初は思ったのよ。すっごくかっこいいし、仕事出来るし。でもなんか反応がすっごく氷のようなのよね。今いち感情が感じられない。いえ、もともと無いのかなって。虫みたいですっごく怖くなったわ」
以上は、ピンク髪の男爵令嬢の談。王子や騎士団長、宮廷魔導士や大商人、隣国の王子や公爵令息を手玉に取る美しさ、可愛さ、あどけなさを持つ、最上の女性の一人だ。しかし、彼女でさえ手が出ないほどアレンは冷酷だ。彼女いわく、永久凍土のほうがまだ温かい。と。
ライナ公爵令嬢はそのプラチナ・ブロンドの髪、碧眼でスレンダー。少し吊り上がった瞳は何の感情も持たない宝石のよう。その姿は美しい彫像か美術品である。
その立ち居振る舞いも、優美と言うにはむしろ無機質。生命を感じさせず、古にあった魔法で動く人形かゴーレムと言った感じ。生き物としての躍動感は存在しない。美術品としての美しさは最高だが。
ついたあだなは絶対零度の令嬢。
「いや、なんにも出来ないよ。反応はしてくれるが凄い硬い。もう、あれは別の生き物だ。いや、動く芸術品と言ったほうがいいかな。恋人にはできないね」
とは、国内で浮名を流す伯爵令息。顔と頭と身体能力を女性をを落とす事に使い切る伊達男。最強のクズで落とした女は数しれず。狙った女性は年齢美醜身分かかわらず彼女以外全て落としたという彼が、最終的に全てを投げ売っても無理だったらしい。
そんなふたりが結婚するとは、周囲のだれもが思っていなかった。しかも出会って翌日には婚約。その後直ぐにに結婚。一応式はあげたが、新郎新婦は人というよりは何か精密機械のような動きでむしろ効率的かつ合理的な動きしかしなかった。と、数少ない出席者は口々に言った。少なくとも良くある幸せそうな素振りは二人ともなかったのである。
そして初夜。
二人は寝室、ではなく執務室にいた。
「ここで一応言っておくべきだろう。私は君を愛さない」
顔色一つ変えずアレンは言った。ライナはそれに答える。
「わかっております。私もあなたを愛しません」
そう、これは契約結婚である。二人とも周囲が結婚しろ、もしくは付き合おうと言って来る連中が多く、いい加減なんとかしなければ、とおもっていたのだ。そこであるパーティーで出会ったとき、話してみてちょうどいいと選択した結果だった。
「しかし、何か勘違いしている連中が多いな、もっと自分を見せて良いですよ、とか、女性が怖いのですか、とか。単純に性格の問題なのだが」
表情一つ変えずに淡々と話す公爵。対する公爵令嬢、ではなく、公爵夫人も淡々と話す。ふたりとも抑揚がなく、人と言うよりは何かの音がしている印象をあたえる。この夫婦のはなしかたは、生涯変わることはなかった。
「そうですね。完全に同意します。まったく、人の長所を褒めたり、短所も可愛いとか言ったり。長所はより良き向上を。短所は改善するか回避する方法を取るかどちらかですよね」
「ああ」
二人とも特に問題があるわけではない、ただ感情の起伏に乏しく、理性的に振る舞っているだけだ。そして、基本的にべたべたくっつくのが嫌いなだけである。
「とにかく細かい条項を設定しましょう」
二人は細かい条項を設定していく。財産は公爵家を主体に各自で財産を持つ。公爵家の財産から二人は公爵家の運営の報酬を貰う。あとは細かな取り決め。情報交換のため必ず1日は会う。無理ならば帰還した当日に情報交換を行う。経費は各自報告し週一程度で監査を行う。趣味、仕事、については口を出さない。一応同衾はする。
「ところで跡継ぎはいかがなさいます?」
ライナの言葉にアレンは考えがあると、言った。
「何人か性格や学力が有望な子供を見つけている。彼らを家族にし、誰かに後を継がせようと思う」
「よろしいのですか?」
表情も変えずアレンは答えた。
「貴族としての能力や気品があれば血縁などどうでも良い」
「いえ、貴方様に子供は」
「不要だ」
とアレンは断言した。
「私の血を継ぐものは居てはならない。私は人に共感出来ない。感情移入能力は人の世に生きる限りは必要だと思う。私はそれを学ぶ為にかなりの時間を費やした。そして未だに本質的な事は理解出来ていない。また、これからもないだろう」
アレンは、自分の中に感情や共感がすこぶる少ないと知っていた。知識はあるので取り繕う事はできるが。そしてその取り繕うことさえ不十分だ。それは先の結婚式で分かりすぎるくらい分かっている。
「正直、私には最初から人として重要な何かが欠けている。それは色々と利益を出すには十分だが、人としての生き方からは外れている。この性格は血筋と関係ないかもしれないが、否定もできない。だから私の子孫はいないほうがいいのだ。冷血は私だけで十分だ」
「その点は理解出来ます。私もそうです。何かが欠落しています。このような冷酷な性格は人としては問題でしょう。いくらかでも性格が子に伝わるならばそれはやめたいです」
彼女は美しいが無機質な声で語りかけた。
「私の場合は義母と異母妹から虐待を受けてました。最初はおとなしくしていましたが、やがて彼女らの弱点を見抜き、反撃しました。容赦なく」
その際に義母と異母妹は極刑。父親は恐れをなして近づかない様になっていった。
「もともと人らしい感情は私にはありません。しかし、それでは周りの方々の協力が取りにくいことが分かりました。利点もありますが欠点のほうが大きい。私の子孫もいないほうがいいでしょう」
絶対零度の令嬢、いや、公爵夫人は表情も変えず淡々と答えた。
「そうか。後は必要な書類を作成し、サインしよう」
そして二人はかなり分厚い契約書を作成し、サインした。それから二人は寝室に行き、同衾した。と、言っても手をつないで寝ていただけなのだが。
後に長く使えたメイドはこう言った。
「公爵夫妻はほんとに動きもせずに就寝なさってました。ほんとに死んだように、と、言うより置物でした。翌日にはベッドにご夫妻の型がついてたくらいです。ええ、 ほぼ毎日同じ型がついてました。あと、普通なのですが?常に手をつないで就寝してましたね」
それから公爵夫妻は夫婦として普通に生活していた。まず、朝早く起きる。朝食は家族全員で取った。因みに前公爵夫妻は、息子夫婦と食卓を囲むのは週一回位だったとされる。彼ら曰く、堅っ苦しくてな。とのこと。
昼は仕事。ふたりとも妥協を許さず、深夜に帰宅することもしばしばであった。宰相は国の運営を巧みに行った。氷の宰相と言われてはいるものの、その政治は情が通っているとの評判だった。本人は、一番効果的な手段を取っただけだとは言っていたが。
公爵夫人もその評判は良いものだった。多少感情的に恐れられていたが、それでも周りに対する気遣いで少しづつ地盤を固めていった。数年すると社交界でも一目置かれるようになった。
公爵夫妻は三年後、七人の子供を養子にした。男の子四人。女の子三人。朝食時にはにぎやかになったものの、公爵夫妻は相変わらず一組の機械のような存在感を放っていた。
それは社交などでふたり連れ添って歩いている姿は確かに美しく優雅ではあったが、機械のようでもあり、感情を表すことはなかった。
ビンク髪の男爵夫人や伊達男の伯爵がいろいろとつきまとい、ちょっかいをかけてきたが、それでも彼らの外見に変化はなかった。むしろ周囲の貴族は面倒な連中をあしらってくれると重宝がって夜会に呼んだりするので社交に問題はなかったとされる。
時はゆっくりと過ぎ、やがて高齢になった公爵が体を壊した。体幹もしっかりした彼であったが、医者に病気のことを聞くと、痛み止め以外の治療を拒否した。
「すでに私の健康がもとに戻ることはない。ならば治療は無駄だ。ただ、苦痛は和らげて欲しい。流石にこたえるから」
そう言って数ヶ月、彼は死ぬまでベッドの上の住人となった。公爵は枕元に夫人と養子たちを呼んだ。養子たちには彼らへの遺産相続と彼らへの仕事や家庭のアドバイスを行った。
やがて公爵夫人が公爵のベッドのそばに来る。彼女は公爵の手を取った。しばらくして彼は一言つぶやくように問うた。
「これまでに不満とかあったか」
夫人は少し考えてから答えた。特に思いつかない、と。しかし、
「もし、こう言ってよいのなら、もしかしたら私たち二人は幸せだったのかもしれないとは思います」
「奇遇だな。、私もだ」
「そうですか」
二人は暫く黙った。そして夫人は侍従に命じて自分の車椅子を押させる。
「では、さようなら」
「さようなら」
最近の2人の挨拶である。
やがて、公爵は亡くなった。家族だけで葬儀は行なってくれ、との要望であり、そのとおりになされた。公爵夫人は置物のようであり、むしろ養子達が嘆き悲しんでいたとは葬儀に関わった者の証言である。
いくばくかして、公爵夫人もこの世を去った。
テーマは絶対零度の愛情。
べたべたするだけが愛情ではないと思う。
あの世とかあれば二人は同じような生活を続けるだろうと思われる。




