後悔
「勇者・ルリア死す」
そんな号外が街中に嫌というほど溢れたのは、兄で勇者のルリアの死から五日ほど経ったときだった。
街ではどこを通っても、ルリアの噂ばかり聞こえ、わたしは耳を塞ぎたくても、塞げなかった。
ルリアの死の全責任はわたしにあるから。そんなわたしが現実から目をそむけていいわけがない。
「ねぇ、勇者さま、お亡くなりになられてしまったんですって。どうしましょう、このままでは、世界が危ないのでは?」
「近頃、魔物の動きも活発になっていると聞きますし。世界はこんなにあっけなく終わってしまうのかしら。だって、次の勇者がすぐに見つかる可能性は低いんでしょう?」
ほら、ここでも。やはり、ルリアの噂だ。
世界は終わってしまう。一見、冗談のように聞こえるが、残念ながら本当のことである。
この世界では魔王が生まれるときがある。これは魔物の特別変異のようなもので、生まれてはならない、存在してはならないモノである。
魔王の力は人間では到底及ばないほど、強い。だからといって、そんな魔王を人間もほおっておくわけにはいかない。
なぜなら、魔王がいることによって、天変地異が起こるから。
まだ、理由は解明されてはいないが、昔の文献や、専門家の研究から明らかになってきた。専門家の見解では、世界が魔王を拒絶するために、天変地異が起こると予想されている。
魔王は”普通の”剣では倒すことができない。しかし、世界で一つだけ、魔王を倒すことができる剣がある。
王剣___。
そう呼ばれるその剣は自ら主を選ぶ。そのため、剣に選ばれし者、すなわち勇者しか剣を抜くことができない。
剣を一度抜き、勇者と称えられた者たちの話を聞く限り、ある日突然、剣と一つになったような、なにかに呼ばれているような、そんな感覚に陥るらしい。もちろん、わたしを含め、一般人には到底理解できない感覚ではあるが。
剣を抜くことができる人はいつ見つかるかわからない。魔王が生まれ、すぐに見つかることもあるし、何年もかかることもある。
勇者・ルリアが亡くなった今、すぐに選ばれし者が見つかれば良いが、なかなか世の中うまくいかないものだ。
これも、全部、わたしのせいだ。兄が亡くなってしまうきっかけさえ、作らなければ___。
そんな後悔と悲しみがわたしを襲う。ふいに、目頭が熱くなって、わたしはうつむいた。
それと同時に、あの日のことを無意識に回想していた。
■■■
ルリアが亡くなった日は、雨の降る冷たい日だった。
わたしは、その日、ルリアが魔物討伐に行くという話を風の噂で聞いた。
ルリアは王剣にはすでに勇者として認められていたが、実力が足りないと言って、まだ魔王の被害が少ない今のうちに経験を積もうと努力している最中だった。
いくつもの依頼を受け、それをいとも簡単に解決してしまうルリアにわたしは尊敬をずっと抱いていたものだ。
そして、その日の魔物討伐も依頼の一つだった。
わたしは、ルリアに一人前として認められたいという、承認欲求があった。
兄だからか、わたしのことをルリアはよく、子供扱いした。ルリアのことは自慢で、大好きな兄だったが、子供扱いするところだけは不満に思っていた。
そのため、わたしはその日の魔物討伐についていくとルリアに伝えた。
魔物討伐でわたしが戦えることをルリアに見せれば、一人前として見てくれるかもしれない。そんな必要のない願いを持ちながら。
ルリアは最初、ついていくことに渋っていた。それでも、どうしても行きたいわたしは、「現場で経験を積みたいから」という思ってもいないことを言うと、「まあ、そこまでいうなら」と頷いてくれた。
___これでルリアに認めてもらえる。なぜか、そう確信したわたしはとんでもないバカだった。
魔物討伐が依頼されている街に到着すると、早速魔物が現れた。
「ルリカ、慎重にやるんだよ。小さな傷が、致命傷になることもあるからね」
わたしはルリアのいうことがわからなかった。小さな傷なのに致命傷?なにを言っているんだろう、と。
___だけど、わたしは後ほど、ルリアの言葉を思い知ることになる。
魔物は強いほうではあるが、ルリアはもちろん、わたしも倒せないほどではなかった。
だからこそ、かもしれない。わたしは完全に油断してしまっていたのだ。
「痛っ.......!」
不注意で、腹の方が切られてしまった。
どうやら、幸い深い傷ではないようで、よかったのだが。
「ルリカ、気をつけてって言ったのはそういうことだよ。わかった?」
「ご、ごめんなさいっ......!でも、大丈夫だから!動けるよ、まだ!」
「休んでいたほうが......」
ルリアが少し眉を潜めたのが見えて、わたしは慌てた。
この程度でへばっていたら、きっと認めてもらうなんて、夢のまた夢だ。
「ううん!大丈夫だから、本当に!ごめんね、油断して!」
「そう......?」
まだ、怪訝そうにしているルリアから逃げるようにわたしは、また魔物を倒し始めた。
少し経ち、魔物を二人でほとんど倒し終えた。安心したためか、わたしは思わず座り込んでしまった。
さっきの腹の傷が尾を引いているのか、身体の動きが全体的に鈍っているような感じがする。
「はぁ、はぁ、はっ.......」
息も荒いし、なんとなくだるい。熱があるような気もする。
これは、もしかしたらやばいかもしれない......。はやく帰って、休もう。
そう思い、ルリアを探そうとしたときだった。
「ルリカ!」
ルリアの焦った悲鳴が響いた。
わたしが上を見上げるのと、魔物が剣を振り下ろすのが同時だった。
どうすればいい......!?そんな自問自答の答えは一瞬で出た。
___わたし、死ぬんだ。
振り下ろされていく剣から目をつぶり、死を覚悟したその時だった。
___目の前に誰かが覆いかぶさる気配がした。
そして、温かいものがわたしに降りかかる。おそるおそる目を開けたわたしは、たまらずに叫んだ。
「お兄ちゃん!!!」
大好きな兄が今、血を流してスローモーションのように、倒れていく。
ゆっくりゆっくり、倒れていく。
魔物はどうやらルリアが倒したようで、もう死んでいた。だが、わたしにはそんなことはどうでもよかった。
「ねぇ、お兄ちゃん!嘘でしょ......?なんでかばったの」
わたしからこぼれ落ちた涙が、ルリアの服を濡らす。視界はにじんで何も見えない。
だけど兄が、ルリアが、死んでしまったことはなぜか手に取るようにわかった。
「そんな.......ねぇっ......ルリカって呼んでよ、もう一度......ねぇ、一回でいいから......」
ああああああっと声を上げて、わたしは泣いた。




