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【恋愛 異世界】

悪魔の失態、永遠の愛

作者: 小雨川蛙
掲載日:2024/08/27

 

 その日、世界が終わった。

 いや、より正確に言うのであれば世界が終ろうとしていた。

 僕は既に抱きしめている君の体をさらに強く抱きしめる。

「痛いよ」

 そう呟いた君の目は赤くなっていて、目の下には共に流した涙のあとが今も残っている。

「ごめん」

「ううん。大丈夫」

 怖かった。

 戦争が。

 自分の死が。

 誰かの死が。

 母の死が。

 父の死が。

 友の死が。

 そして、何よりも君の死が。

 世界を巻き込む大きな戦争だった。

 使われる武器は過去最大にして最強のもので、世界そのものに安全な場所など存在しなかったのだ。

 君はこんなにも僕にしがみ付いてくれるけれど、僕は君を抱きしめることしか出来ない。

 無意味な抱擁だ。

 恐ろしい兵器の前では誰であっても無力なのだ。

「ミサイル。そろそろ来るかな」

 君の言葉を否定しようとしたけれど僕はそれを止めた。

 数分前。ラジオが僕らの国にミサイルが発射されたと言っていた。

「分からないよ。僕だって」

 だからこそ、僕達は必死にしがみ付き抱き合っている。

 いつ、それが来ても良いように。

 そんな絶望の淵に居る僕らの下に闖入者が現れた。

「ごきげんよう。哀れなる人間達」

 タキシードを着た女性。

「私は君達が悪魔と呼ぶ存在です」

 突如現れたその姿に目を白黒させる僕に彼女は言った。

「いきなりですが、君達の寿命は残り3分です。実に哀れですね」

 ぞっとする言葉と共に彼女は裂けそうなほどに大きな笑みを浮かべる。

「3分。たった3分ですよ? あぁ、私が話している間にも減っていきますが」

 悪魔はケラケラと笑いながら抱き合う僕らの周りをくるくると歩き回りながら言う。

「あなたはもっと彼女に愛を囁きたいですね」

 図星だ。

「お嬢様、あなたはもっと彼に抱きしめられていたいですね」

 君の顔を見るに君の心も言い当てられたらしい。

 それのことに細やかな幸せを感じたのも束の間、悪魔は大げさな様で両手で顔を抱えて叫ぶ。

「けれど残念! あなたがたはもう死んでしまうのです! 生きていたいのにミサイルで一瞬で! なんとも哀れなことでしょうか!」

 数十秒、これ見よがしな嘆き声を出していた彼女は「そこで!」と急に顔を上げて言う。

「素敵なスイッチをあげましょう。あなた達のどちらかがこれを押せば時間が3分だけ巻き戻ります」

 言うと同時に僕らの前に子供が遊びで使うようなボタンが落ちて来た。

「私は悪魔。本来なら人間を救うなどご法度なのです! ですが、私は優しいのであなた達を見捨てられません!」

 言い切ると同時に大げさな様子で自分の右腕についていた腕時計を見て叫ぶ。

「あと十数秒しかありません! 早く! 早く! 押すんです!」

 直後。

 君はボタンを押した。

 それと同時に悪魔が僕らを嘲笑う。

「馬鹿な奴らめ」

 それと同時に悪魔が消える。

 ちらりと二人で見た時計は確かにきっかり3分間戻っていた。

 そして、僕たちは悪魔が僕らを嘲笑った意味を悟る。

 このボタンは押せばきっかり3分間時間が戻る。

 僕らのどちらかがボタンを押し続ける限り、僕らの下にミサイルは届かない。

 それが意味することは……。


 地獄に戻った悪魔は自らの長である大悪魔に土下座をして許しを乞うていた。

「申し訳ありません。まさかこんなことになるとは……」

 大悪魔は冷ややかな視線で彼女を見下していた。

 その周りでは数多くの悪魔がひそひそ声で話し合う。

「いや、あいつは悪くないはずだ」

「そうだとも。人間達は何よりも死を恐れるはずだろう?」

 そう。

 あのボタンは押せばきっかり3分間、時間が戻る。

 だが、死を恐れるあまりボタンを押しても状況は一切変わらないままに時間が巻き戻るだけだ。

 かと言って、ボタンを押さなければ確実に死に至る。

 どちらを選ぼうとも絶望的な結果になる……まさに悪魔の囁きなのだ。

 しかし。

 大悪魔が大きくため息をついて伏せ続ける彼女に告げた。

「人間を侮るからこうなるのだ」

 震えながら悪魔は泣き続けた。


 悪魔が何を目的としていたかをどこかのタイミングで僕らは二人で気づいた。

 しかし、不思議と悲壮感はなかった。

「次は僕が押すよ」

「うん。お願い」

 時間が3分戻り、僕らは笑顔で互いを強く抱きしめる。

「悪魔って本当に馬鹿だよね」

 君の言葉に僕は頷いた。

 その通りだ。

 愛し合う者達にとって離れ離れになることは死とは比較にならないほどに恐ろしいのだから。

「今度は私が押すね」

「うん。頼むよ」

 永遠に終わらない時間。

 生きるのが嫌になったら、僕たちは自然とボタンを押すのを止めるだろう。

 だけど、きっと。

 そんな日は訪れないだろう。

 何せ、君と共に安全な場所で永遠に愛し合うこと以上に幸せなことはないのだから。

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