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遭難

飛行機は嫌いだ。

狭い機内の中に人が大勢いる閉塞感、あのふわりと浮く感覚。

なぜあんな奇怪な鉄の塊が浮けるのか、不思議でならないし、

顔も知らない人間に命を預けるというのが、到底理解できない。

それでも、小さい頃は別段嫌いでもなかった。飛行機なんて見たこともなかったし、

嫌いになる理由がなかった。好きでも嫌いでもないなんだかよくわからない乗り物。

それがあの頃の私にとっての飛行機だった。


飛行機が大嫌いになったのは今から19年前。

小学二年生の五月頃。父は野球が大好きで、よく野球観戦に連れて行ってくれた。

休みの日に父とするキャッチボールが、私は大好きだった。

いつしか私の方から野球観戦に行くことをせがむようになり、

地元の野球チームが久しぶりに優勝した時は、球場で応援歌を父と一緒に歌ったりもした。

そんな父が海外に単身赴任に行くことになり、しばらく会えなくなった。

一か月に一回する衛星電話のために、日記をつけるようになった。

電話では、父と学校や野球の話で盛り上がった。友達と喧嘩した話、勉強がうまくいかない話、

野球クラブに入った話、クラブの先生が怖い話・・・。今思えば自分しか話していなかったが、

それでも父は相槌をうちながら話を聞いてくれ、

アドバイスを求めると、完璧ではなかったが、真剣に答えてくれた。

父にならだれにも話せない話も何でも話せた。父と話す時が一番気が楽だった・・・。


そんな日々を二年続けた後、父が帰ってくることになった。

「来週空港まで一緒に迎えに行こっか」と母に言われたとき、どんなに嬉しかったことか。

また大好きな父に会える、野球の話を毎日できる、二人でハラハラしながら野球を見れると思うと、

ワクワクしてたまらなかった。

いよいよ次の日の朝迎えに行くというとき、私は自分の部屋で日記を見返していた。

「この二年は長かった。父には電話で伝えきれなかったことを、たっぷり話してやろう」

と思いながら・・・。


ふと気が付くと、リビングから話し声が聞こえてきた。母が誰かと電話しているようだった。

父と電話しているかと思ったので、リビングに出て行って、

「お父さんから?」と聞いてみた。母は黙ってじっと考えていた。何かに悩んでいる様子だった。

母は知らせるか迷ったのだろう。どちらが私にとって最善か。しばらく考えると母が、

「パパ、帰ってくるの延期になったんだって。」と言った。

私はがっかりしたが、延期ならまたすぐかもしれないと思い、母に、

「いつになったって?」

と聞いてみたが、母は、

「わからない。もう遅いから寝なさい。」

と言った。

その時、私は特に何も考えず、母の言葉に従った。


三日後、母に電話がかかってきた。帰ってくる予定が決まったのか聞くと母は、

「・・・実はパパは事故に遭ったの。」と言った。

母がまだ何か言っていたが、そこから先の言葉は聞こえなかった。聞かなくてもわかった。

あの時真実を言わなかったのがすべてを物語っている。耳鳴りがして、暑くもないのに汗が出た。

いつもは穏やかな母が、深刻な顔をしているのを見て、私は怖くなった。

いつもは素晴らしく温かく思える家も、その時は冷たく暗い霧に包まれているようだった。


数十分車に揺られた後着いたのは、

それまで平凡な生活を続けてきた私にとっては縁のなかった建物だった。

建物の中に入り、母が誰かと話してしばらく歩いた後、母と私は個室に案内された。

個室の中には台があり、その上には顔に布をかぶせられた肉でできた人形があった。

私にとってそれは人ではなく、人の形をした肉の塊だった。

目の前にあるのが人で、ましてや父であるとは、幼かった私には受け入れがたかった。

受け入れたくなかった。しかし、頭で受け入れるのを拒否しても、心はごまかせなかった。

私は、肉の塊を見て涙を流した。しがみついて、声を上げて、何時間も・・・。

その時から、私は飛行機を嫌う・・・いや、憎むようになった。そんな私は今、飛行機に乗っている。


そこまで回想を終えて、野田一久のだかずひさはため息をついた。

あと五時間は機内に缶詰だからだ。彼の仕事はリポーター。

いまから海外の現地取材に行くところだ。現地の言語を扱えるのが彼だけだったので、

彼の上司が渋る彼を何とか説得して送り込んだ。

野田は少しでもこの退屈で嫌な時間を減らすべく、目を閉じて眠りに入った。


野田は妙な夢を見た。映像は父とキャッチボールをしているのに、人々の叫び声が聞こえ、

落ちる感覚、続いて水に叩きつけられる音、波の音が聞こえた。

そしてしばらく何も聞こえなくなり・・・。大きな鳥の羽ばたく音、サルなどの動物の鳴き声・・・。

映像は依然キャッチボールのままだ。そして再び落ちる感覚・・・。

そして、全身に激痛が走り、野田は目を覚ました。あたりは真っ暗で、何も見えない。

痛みで全身が動かない。そして、野田は今度は眠るのではなく、痛みのあまり気を失った。


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