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異世界転生したワケですが

作者: ふうこ

 目覚めたのは、生後3ヶ月くらいの頃だったろう。俺は気付いたね、『あ、これ異世界転生だ』『やったぜチート持ちじゃん』と。

 切っ掛けは魔獣に襲われたことだった。母親は他の兄弟を抱えてさっさと逃げだし、兄弟で一番生育の遅かった俺が取り残された。親からしたら生き残れそうな個体を優先するのはある意味当然の選別だ。別に恨みはない。恨みとかなんとかの前に、目の前に迫った圧倒的な死の予感に、頭の中は真っ白だった。真っ白い中に、前世の光景が浮かんで、全てを思い出したのだ。


 結論から言えば、俺は生き残った。前世を思い出したことでチートな力にも目覚めたので、目の前の魔獣を撃退した。

 しかし母はすでに遠くに逃げており、戻ってくることはなかった。俺はひとりぼっちになった。


 魔法がある。知識がある。3ヶ月とは言え、母に連れられて暮らした経験がある。だから森の中でもさほど苦労はせずに生きていられた。乳離れが終わっていたのも幸いした。獲物は魔法で仕留めて捌けたから、食べ物には苦労しなかった。


 ただ、ひとりぼっちというのが、心にきた。とぼとぼと雑多な匂いを辿って歩いて、たどり着いた先には大きな街が広がっていた。俺は迷うことなくそこに入り込んで――追われた。

 俺的には友好的に近づいたつもりだったのだ。森で仕留めた獲物を土産に、これからよろしくおねがいしまーっす、って感じで。そしたら獲物だけ奪われて追い立てられた。それも大人複数でよってたかって。

 逃げたさ。勿論逃げた。怪我させられたら堪ったもんじゃないし、怪我させたいわけでもなかったし。でも地の利はあっちにあって、俺はまだ幼い子供だった。大人の足には勝てなかった。魔法が使えるって言ったって、その時はまだ力に目覚めて間もなかったし、威力だってそこまで強くもなかったし便利にも使えなかった。


 絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、黒髪ののほほんとした雰囲気の男だった。あっさりとしたデザインの、けれどそれなりに上質だと分かる服を着て、腰には短剣を佩いていた。


「小さい子いじめたらダメだよ~」


 男がのんびりした口調でそう言うと、俺を追っていたヤツらは「やだな~、そんなことしてないっすよ旦那ぁ!」「ちょっと軽くしめてやろうとしてただけですよぉ、兄貴ィ!」などと適当なことを言いながら男に擦り寄っていった。

 男も男で、なんだか妙に嬉しそうにそいつらの頭を撫でながら「よーしよし、良い子だな~」などとのたまっていた。

 男に撫でられると気持ちが良いのか、そいつらはあっさり男の前に寝転がり、腹を晒した。男も慣れた調子でそいつらの腹をもみくちゃに撫でていた。そいつらの喉がごろんごろん鳴っていた。


 そう、俺は人間に転生したワケじゃなかった。俺が転生したのは猫だったのだ。


 俺は男に救われて、ついでにまるっと拾われた。つまみ上げられ抱き運ばれて男の家――部屋へ。宿屋に住んでいるらしき男は宿の主人からは微妙な顔をされていたけれど、きちんとトイレはしつけること、宿の備品を傷つけたら弁償すること、厨房をうろつかせないこと、を条件に俺を飼う許可を取り付けていた。ああ、あと身ぎれいにさせることも、だな。

 部屋に入ると男は俺にたっぷりと温かくて甘いミルクをくれた。いやいや。確かに俺って体は小さいけど、もう離乳済みだからな? ……――と思いはしたものの、匂いの魔力には抗えなかった。美味かった。めっちゃごくごくした。腹が膨れて眠くなった俺を、男は温かい湯で優しく洗った。体に付いていたノミもそれで綺麗に取り除かれた。魔法である程度は退治してたけど、完璧じゃなかったから助かった。

 宿の寝台は清潔で良い匂いがして温かかった。野宿って辛かったんだなと改めて実感した。そんなところで男から撫でられたらもうダメだった。体が芯からふにゃふにゃに溶けたみたいな錯覚を覚えながら、俺はすとんと眠りに付いた。



 以来、俺は男に飼われている。立派な家猫様ってヤツだな!

 ただ、飼われているとは言え、家にこもっているわけじゃない。

 男は所謂冒険者?というヤツだった。ここでは探索者というらしい。ギルドってとこに登録してて、ダンジョンに潜り、いろんなものを持ち帰ってはそこで売って金に換えていた。このあたりは、こっそりあとを付けて知ったことだ。俺は優秀なので、魔法で気配と姿を消して男のあとをつけ回したのだ。だってほら、飼い主の動向を把握しとくのって大事だろ? 別にひとりぼっちで宿に置いてかれるのが寂しかったからとかじゃないからな!

 男は良い成果があると俺にごちそうを買って帰ってきた。俺は喜んでそれを食べる。俺が喜ぶと男も喜ぶ。実に良い循環だ。なので、それは加速されてしかるべきものだと判断した。俺は頭が良いので、そんなことも分かってしまうんだな。


 男には仲間が居た。男が2人の女が2人。戦士らしく鎧を着てごついメイスを握った若い男と、ローブを纏い眼鏡をかけて長い杖を持った壮年の男と、ぴっちりと体を覆う動きやすそうな服にポケットが山ほどあるジャケットを羽織りナイフを何本も装備した若い女と、ローブを羽織り背の高い帽子を身につけて本を抱えた娘の4人だ。

 5人で組んでダンジョンに潜り、魔物を倒して宝を得る。この世界、魔物はダンジョンにしか現れない、らしい。

 ダンジョンで倒した魔物は魔石となり、それ以外は残らない。逆にダンジョン以外では普通の動物しかいないから、倒すと体が残るので解体だのなんだのが面倒臭い、らしい。確かに魔法で殺した動物はそのまま形が残ったから、


「最近ついてるよね、行く先々に魔石が落ちてるし」

「だな。ちょっとギルドに疑われてる気もするけど、拾ってるのは本当だしなぁ」

「お金も貯まったし余裕も出来たしね」


 和やかな会話だった。俺はこっそり酒場の樽の影に隠れてそれを聞いてた。

 魔石をこいつらの先々に放っているのは俺だった。男の収入が増えれば、俺のご飯がグレードアップするならば、増やすしかないじゃん! と思ったので増やすべく努力したのだ。予想していたのと違い、男は拾った魔石を全部チームでの収入にした為、あんまり男の収入は増えなかった。予想よりご飯はグレードアップしなかった。それでも、全くしないとかマイナスよりはマシだろうと、俺はせっせと男に魔石を貢いでいた。


「そういうわけだから、お前は首な」

「…………え?」


 唐突に、男が仲間から解雇された。


「前から思ってたんだよ。お前の力って、めちゃくちゃ中途半端じゃないか。剣の腕は微妙、魔法もろくに使えない、シーフ的な技能があるわけでもないし、力も弱いし持久力もそんなにないから探索の役に立つわけでもない」

「おまけに飼い猫の事情で探索お休みとか困るのよね……まだその猫飼ってるんでしょ? 今後も同じようなことされると足並み揃わないだけじゃなく、チャンスを逃すことにもなるもの」

「少し前までは皆の懐具合も寒かったし、その状況で独り立ちは厳しいだろうからとここまで待ったが、余裕が出た今ならお互い気持ち良く別れられるだろう?」

「……実はもう、次の方も決まってて、加入を待って貰っているんです。私達もこれ以上足踏みしているわけにもいきませんし……」


 男は、ぽかんと口を開けて仲間の顔を順に見て、それから泣きそうな顔で笑って、「……そっか……」と呟いた。


「……迷惑掛けてしまってたんだな。申し訳なかった」

「迷惑とまで言い切るつもりはないし、元々このチームはギルドのマッチングで組まされたものだから、敢えて悪いのは誰かと言うなら、実力や能力をきちんと見定められてなかったギルド職員が悪かったってなるんじゃないかな」

「同期登録からのチーム分けなんて運もありますし、お互いに運と相性が悪かったってだけでしょう。次はきっと良いチームメイトと出会えますよ、たぶん」

「病気の飼い猫を放っておけない、というのは、一般人なら別に責められるようなことでもないだろうからな。いっそ探索者を止めて普通に就職するのも良いかもしれないぞ。体力がなかろうと、それなら問題ないのだし」

「……そもそも、探索者向いてないですよね……」


 …………うわぁ。

 確かにこいつはあんまり強くない。体力もそんなにある方じゃない。それでも女連中よりはあるし、女連中が歩きやすいように道の草刈りしてたのはこいつなんだけどな。他のヤツはそんなことしないし、それがあるから女2人も体力消耗なく先へ進めてたと思うんだけど。技能はないけど知識はあるから、結構細々したこととかもやってたしな。マッピングとか、荷物の調整とか、書類関連の事務手続きとか。


 まぁでも、分かれてくれるんなら、別れてもらった方がこちらとしては好都合だ。

 俺は影からするりと抜け出して、こいつの足下に近寄った。すぐに俺に気付いて、「あれ、なんでクロがここに?」と目を丸くして俺を抱え上げる。にぃ、と可愛く鳴いて鼻の頭をペロリとなめた。


「こんなところにまで連れてきてるのか? 非常識だな……」

「いや、連れてきたわけじゃ……どうしたんだよ、お前」


 帰ろ。俺達の家へさ。嫌なヤツらと一緒に居ることないない。んで、美味しいもの食べよ!

 帰りのお誘いを掛けたら、「腹減ってるのか?」なんて言いながら頭を撫でた。うーん、このマジカルハンドよ! 溶ける!

 共有品は、と男は問えば、『チームの財産だ、と言えば分かるだろ』と答えが返った。つまり、チームから抜けるヤツに分けるつもりはない、ということか。……え? それ整理したり管理したりしてたの、こいつだったんだけど?


「えーっと、じゃ、脱退手続きは」

「それはそっちで頼む。最後の仕事ってヤツだな」


 そこまでやらせるのか。まぁでも、中途半端に他のヤツがやるとしくじりそうだし、それが一番、安心確実だな。

 俺は男の手から抜け出すと、真っ直ぐ立てた尻尾を振りつつ、男を先導するようにカウンターに向かって歩いた。

 男は少しだけ躊躇うように仲間を見てから、深く彼らに頭を下げた。


「どうしましたか、ルインさん」

「ああ、えっと、その……チーム変更の手続きをお願いしたくて」


 カウンターで待っていたのは、毎度おなじみのカウンター女だ。愛想は良いし仕事も出来るが八方美人だ。


「チーム変更? どなたか新しい方が加入されるんですか? でも今、星の砂は5人チームですから、上限いっぱいだと思うんですが――」

「えっと、俺が抜ける手続き、です。新しい人を入れるから、入替で」

「は?」


 カウンター女が低い声で応対した。珍しい。


「なんですか、それ。……え? 本気で言ってます? 他の方は? ルインさんが勝手に判断して入れ変えようとしてるってことですか? それは――」

「いえ、……俺が、皆から首を言い渡されたんで、チームから自分を抜きに来たんです。新しい人は後から他の人が加入手続きしに来ると思います」

「ちょ、ちょっと待って下さい、なんですかそれ!? めちゃくちゃ過ぎませんか? そんなの、ルインさん納得されたんですか?」

「納得も何も、全員から宣告されて、それでもチームに居座るなんて出来ませんよ。したところで、どちらにも害しかないでしょう?」

「でもそんな――理由、理由はなんですか? それによっては――」

「相性の不一致です。よくあることじゃないんですか?」

「ありませんよ、よくなんて!」


 そだね。あんまり、ありそうでないよね。少なくとも、脱退させるヤツをハブって脱退させる相談した上、一方的に宣言した後そいつ本人に自分の脱退手続きさせるってのが、なんかないわー、って感じする。


「……あの、まさかと思いますけど、ルインさんのご実家のこととか、チームメイトにお話になりました?」

「話していませんよ。縁は切っていますし、チームとしての活動には関係ありませんし」

「……………………ああ………………話してらっしゃらなかったんですね。良かったのか悪かったのか…………」


 話してたらこんなのあるわけないものね……とカウンター女が小さく口の中だけで呟くのが聞こえた。…………ん? こいつって身分ある身だったりしたのか? 確かに所作は綺麗だけど。っていうか、この女はルインのこと、結構知ってるんだな。ただのカウンター女じゃなかったのか。……だからこいつは、手続き類全部この女のところに来てたのか? チームの担当とかそういうのだと思ってたけど――


「取りあえず、了解しました。ご自身のことを話されなかったのはルインさんのご事情もおありでしょうし、深くは追求しません。脱退手続き書類はこちらになります」

「ありがとう」


 書類を受け取るとサラサラよどみなく書き込んで、あっさり終えた。受理されればこいつは自由の身だ。

 確かに承りました。とカウンター女が苦い表情で書類を受け取り、終了。全員の承認とか要らないんだ?

 ちらりと書類を覗き込めば、特にそういう欄はなかった。加入の際は承認が必要でも、脱退は個々の意思で出来るらしい。まぁ、脱退を許可されないと脱退出来ない、とかだと、状況によっては逃げられなくて詰むもんな。


「これからどうされるんですか? ソロ活動は危険ですよ」

「懐には少し余裕があるんで、のんびり考えます。あと、暫くは入り口近くの低層でソロしようかなって。浅いところならこの2年でだいぶん慣れたし」

「……まぁ、低層なら……ルインさんの実力なら……でも、くれぐれも、無理はなさらないでくださいね!」

「にゃん!」


 任せろ! 俺が無理なんてさせねぇから! と思いつつ、カウンターの上に飛び乗った。ついでに、カウンターの上にあったギルド加入書類を一枚抜き出し、カウンターに乗せた。名前の欄に、ぽんと肉球をスタンプした。


「わぁ、いたずらしちゃダメだよ、クロ」

「可愛いですねぇ、クロちゃん? っていうの?」

「にゃー!」


 可愛いのは分かってるからいいんだよ! 良いから俺を加入させろ! んでもって、こいつのチームに入れやがれ!

 ……と言ったけれど、当然の様に言葉は通じず、俺は男の手でカウンターから降ろされてしまうのだった。

 理不尽!!!




   ◇◇◇




「ダメだぞ、クロ。俺はお仕事に行くんだからな」

「にゃー!」


 知ってる! と返事をしたのに、首根っこ掴まれて部屋の隅に置かれた寝床の上へ連れて行かれた。ついて来ちゃだめだからな! と何度も念を押されて、最後に厳重に戸を閉められた。戸の前には猫の飛び出しを防止する柵が拵えられている。

 …………まぁ、俺には効果ないんだけどな!


 というわけで魔法を使って柵を止めていた留め具を外し、外に出た。部屋の鍵? 魔法を使えば一発ですけど何か? 勿論開けた後はちゃんと閉めたぞ! 開けっぱなしは不用心だからな!


 男は首になる前と同じ道を同じ時間に同じように歩いていった。行き先も同じ。ギルドの奥に置かれたダンジョンへの転移門――ゲートの前だ。難儀なヤツだな、と思いつつ、俺は姿を消して男の足下に身を寄せた。


「はい、ルインさん、入場手続き完了しました。おかえりの予定は19時、と。……今日はお一人なんですか?」

「ええ、まぁ」

「お気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


 ゲートってのは不思議物体だ。虹色にぼんやり輝くモノリス――でっかい板みたいなナニか、だ。通過には「条件」が必要で、それさえ満たせれば誰でも通過出来る。ここのモノリスの通過条件は「生者とそれに付随するもの」。最も、モノリスの表面に浮かんでる文字は今使われている文字とはちょっと違う古い時代のものらしいから――少なくとも、こいつは読めてないな、ということは分かる。文字を見る目が絵か模様でも見てるみたいだからな。


 俺は男の足、ブーツのかかとに尻尾の先でそっと触れつつ、同じタイミングでゲートをくぐった。

 こうすることで、間違いなく同じ場所に転移出来るからだ。

 ゲートは割と気まぐれなので、同じチームに属しているか、こうして触れあって転移しないと、同型位相空間に転移させられることがあるのだ。一見すると同じなのに、別の空間、ってヤツだ。同時刻に同一位相に存在出来る人数を制限しているらしいんだよな。


 足を踏み入れた先は草原だった。ここの低層はずっとこんな感じ。草原と、少しの森と。出現する魔物も低層に相応しい個体で、大ネズミや大兎、リス、鳥など。大型の獣が存在しない分、狩りがしやすい良い場所だ。


 男は小さく溜息をついてから、真っ白なノートを取り出した。

 そう言えば、チームを追い出されたことで、マップ類は全部手放したもんな。共有財産は全部置いてきたんだよ、こいつ律儀だから。

 慣れた調子で地形情報を書き込んで行く男の前に、俺は姿を現した。


「えっ!? クロ!? ど、どうして!? ついて来ちゃったの?」

「にゃん!」

「ダメじゃないか、こんなところまで……どうやってゲート通ったんだよもう……危ないんだぞ、ここ。しょうがないなぁ、ほら、帰ろう?」


 差し出される手をぺろりと嘗めてから、にゃん、と鳴いて首を振った。首元に首輪代わりに男が結んでくれたスカーフから魔石が零れた。割と大粒のが、いくつも。


「……え?」

「にゃー!」


 ふりふり。ぼろぼろ。

 男が固まっているのを良いことに、俺は在庫を吐き出した。

 こいつさぁ、自分が拾った分をチームメイトにも分けちゃうから、良いヤツはぜーんぶ、取っておいてたんだよな!

 首のスカーフのひだを依代にして、俺は自分の魔法収納を使っている。なにもない場所に収納口を作るのは、実は結構難しいのだ。ポケットがあればそれが一番だったけど、猫だけに服着てないからな。苦肉の策だ。

 魔法収納は容量無制限の時間停止機能付き素敵収納! 入れてるのほぼ魔石だからそんなに意味ないけど!


「ひょっとして、ここのところ拾ってた魔石って、……お前?」

「にゃーん! にゃにゃ!」


 そだぜー! と元気よく返事をしたら、男は俺の頭を撫でながら、「無茶なことして……怪我とかしてないか? 体、平気か?」とあちらこちらを撫で始めた。止めて! 気持ち良くて溶けちゃうから! やるのなら家の中で!

 男の手からするりと抜けだし、背後に魔法を放った。魔法の軌跡を辿った男の目に、大ネズミ3匹が魔石に変わる所が映った。


「……え?」

「にゃーん!」


 ダメだぜ、警戒を怠っちゃ! と言いつつ、男の足に体をこすりつけた。背後にいるヤツらにも牽制しとかないとな。こいつは俺のだから、誰にもやんねーよ?


「あ、ありがとな。……今日はもう帰ろっか。美味しいものたくさん買ってさ」

「にゃん!」


 待ってました! 抱き上げられて、甘えるように頭を男の胸にこすりつけた。



「……これ、どうしたんですか」

「あー、拾ったっていうか、こいつが取ってきたっていうか」

「にゃ!」

「クロちゃんじゃないですか。……猫ちゃんですよね?」

「たぶん? 実は拾ってから1ヶ月で倍くらいに育ってますけど」

「ちょっと待って下さいそれ本当に猫ちゃんなんですか!?」


「なので、一応鑑定を。あと、従魔登録も」

「……ほぼ確信してらっしゃるってわけですか」

「だってウィンドカッター放つ普通の猫なんていないでしょ」

「……え」


 カウンター女は絶句しながらも、ささっとカウンターの上に乗っていた魔石を仕舞い、書類を出した。こちら記入をお願いします、と言って立ち去る。去り際、なんだか男の後ろの方に視線を向けていたからそれを追えば、元のチームのヤツらがいた。

 どうやら今から潜るらしい、見慣れないヤツも一人いたから、そいつが新しいチームメイトとやらだろう。

 ま、関係ないか。と思って顔を背けた。もうあいつら他人だしな。


 実は魔石を落としていたのは、こいつの前だけじゃなかった。他のヤツらの前にも時々落としてたんだ。でないと、こいつだけが魔石を拾うって不自然だろ? 結果的に、正直に拾った魔石をチームの財産にしたのはこいつだけで、他のヤツらは全員自分の懐に入れていた。賢いと思うよ。不誠実だけど。

 そして俺は、こいつのそういうバカ正直な誠実さが大好きなので、あいつらが自分の懐に石を入れる度に軽蔑して、こいつへの評価と信頼を上げていた。今じゃ天元突破だよ。


「あれ、ルインじゃない?」

「一人で潜ってたのかな? それにしちゃ早い戻りみたいだけど」

「新しいチームメイト募集か、加入できるチーム探しでもしてたんじゃないの? 難しいと思うけど」

「病気の飼い猫看病するって探索お休みしちゃうんじゃね……」

「え、加入の時にも聞いたけど、それ本当の話だったんですか? 冗談とか笑い話とかじゃなくて?」

「そうなの。明日から次階層にチャレンジしようって言ってた矢先にね。すごい困ったんだから」

「その後も子猫を長時間放置出来ないからって低層固定よ? だから皆で話し合って外れて貰ったの」

「それは、皆さん災難でしたね。っていうか、だったらさっさと自分から抜ければ良かったのに。自分の都合を押しつけてチームに居座り続けるとか、最低ですね」

「空気読んで自分から出て行ってくれたら私達だって苦しい思いしないで済んだんだけどね」


 ……。取りあえず、空気の膜で音を遮断して、こいつには絶対聞こえないように、と。

 こいつのいるカウンターではよっぽど聞き耳立ててないと聞こえないくらいの、でももう少し近い場所の――ゲート付近に集まっている人間にはそれなりに聞こえるくらいの、絶妙なボリュームの声だった。今が入場ラッシュなんだろう、結構人が並んでいるから、今の話が聞こえたのだろう。顔を潜めてこいつの方を見てなにかひそひそ言ってるヤツらがちらほら見えた。


 ……ってか、原因、俺かよ!? 確かに引き取られてすぐの頃熱出したけど!!!

 でも、しばらく低層にってのはちゃんとこいつも相談してたぞ。無理そうならチーム抜けると言ったのを引き留めたのはお前等だろ? 期限だってちゃんと決めて、それももうすぐ終わろうってところだったじゃないか。……なのに、影でそんなこと言うのかよ。納得出来なかったのなら、嫌だったのなら、ちゃんとそう言えば良かったじゃないか。外すことだけ、こいつを除いた全員で話し合いって、ひどいのはどっちだよ!


 …………。うん。やっぱりこいつ、ソロになって正解だな。あいつらとは縁が切れてラッキーハッピー! これからは俺がちゃんと守ってやるし、獲物も狩るし、収入増えるから俺も美味しいものたくさん食べさせて貰えるし、全部丸く収まったな!


 と思っていたらカウンター女が戻ってきた。しかし後ろのヤツらはまだゲートをくぐっていない。

 この時間、込むんだよな……。だからこいつはいつもスムーズに入場出来る早めの時間にゲートをくぐってたし、仲間にもその時間を勧めていた。

 それも不満だったみたいだな。まだあいつら愚痴ってる。

 女は差し出された書類を丁寧にチェックして、――それでもあいつらまだ出発してないな。


「どうしましょう、種が分からないようでしたら、鑑定するという手もありますが」

「おそらく魔描だとは思うんで、それで登録しようかなと」


 鑑定してもらえよ。いい感じに時間かかるだろ。にゃーん、と女に愛想を振りまいた。


「ほら、なんか鑑定して欲しそうですよ、クロちゃん」

「うーん、クロ、お前鑑定して欲しいのか? 自分の種族知りたいとか?」

「にゃ!」


 応! と答えれば、ちゃんと通じてくれたらしい。ほら、クロちゃんもこう言ってることですし! と女はいそいそとカウンターの上を片づけ始めた。ルインに渡す金はこっそりスカートのひだに隠している。後ろのやつらに見られると、難癖付けられるかもしれないもんな。


 じゃあ鑑定お願いします、と言う話になって、カウンターの内側に案内された。勝手にどっか行くなよ、と声を掛けられて「にゃ!」と答えた。……ちょっとそこの籠の影に虫が見えたから引かれただけだよ!




   ◇◇◇




「魔描ですね」

「ですよね」

「まぁそうですよね」

「ただ、魔描の中でも多分特殊個体ですよ、この子。魔力値がすごく高いですし、他の能力値も高いです」

「それじゃ、魔描ってことで手続き進めますね」

「はい、魔描なら特殊な手続きも要らないから良かった良かった」

「少しは私の話聞いてくださいよ、特殊個体だって言ってんじゃないですか!」


 しかし特殊だろうがなんだろうが、種族は魔描だ。平凡だ。割といるらしくてカウンター女の反応もルインの反応も割と淡泊だった。ちょっと残念。


「毛並みとかもすごく良いし! 肉付きも理想的ですし!」

「にゃふん!」

「ああ、その子お風呂大好きなんですよね。爪切りも嫌がらないし」

「それは素晴らしいですね!」

「並外れて食いしん坊で美味しいもの大好きですけどね」

「それはちょっと困りますね!」


 困らないよ。美味しいものは正義だよ!


 手続きは順当に終わった。あっさり終わったけど、流石に場所を変えて鑑定して手続きして――と時間を掛ければ、あいつらはゲートをくぐった後だった。良かった良かった。

 換金された報酬を受け取り、揃ってギルドを後にした。

 登録した従魔だから、スカーフには従魔としてのタグを付けて貰った。きんぴかでルインとお揃いなのがちょっと嬉しい。

 にゃんにゃん話しかければ、そうだなー、良かったなーとルインも笑顔で返してくれた。分かってなさそうだった。


 その日の夕飯はちょっとだけ豪勢だった。帰りの買い物が割と多かった割りには量はそこまで多くなかった。

 少しだけ探索をお休みしようと思うんだよ、とルインは言った。寂しそうな横顔だった。


「幸いというかなんというか、今日お前がたくさん魔物を狩ってくれたから、懐は結構余裕あるしな。里帰りでもしようと思うんだ」

「にゃー……」

「あ、大丈夫だぞ。ちゃんとお前も連れてくからな。お祖父様もお祖母様も猫好きだから、きっと喜んで美味しいものたくさん食べさせてくれるよ」

「にゃ! にゃぅ!」

「うんうん、一週間くらいかかるからちょっと大変かもだけど、良い子でついてきてくれよ」


 任せろよ! 俺は頭が良いので、それくらいは昼飯前なんだぞ! あ、夜飯だっけ? ご飯はいつ食べても美味しいからいつでもいいか!




 その後、実はルインが貴族――男爵家の子息であったこと、もろもろの事情から家を出ていること、祖父母家から支援を受けていたこと、カウンター女はその辺の事情を全部知ってて色々調整してくれてたこと、ルインの祖父母はほんっとに猫大好きまっしぐらで俺のことを正に言葉通りの猫っかわいがりしてくれたこと、でも結局、俺はルインと一緒に、この街へ戻ってきて一緒に探索者をすることになって、ソロだとやっぱり危ないからって新しい仲間も出来たりして――



「良いだろ、少しくらい撫でさせてくれたって!」

「家に帰ってからな。外であんまりこいつに絡まないでくれよ」


 ……その新しい面子が、やたらとデカくてごつい男で、俺だけじゃなくてルインにもやたらベタベタと絡んで来る絡み上戸なヤツで……。……でもまぁ、猫好きに悪い奴はいないしなぁ。ん? どこの話かって? 俺の持論だな! 俺は賢いので、そこんとこちゃんと分かってんだぞ!


 元の仲間たちはしばらくしてからどうやら街を出て行ったらしい。探索がうまくいかなくて、怪我もしたとかなんとか。ルインの祖父母、この街を含むこの地方の領主だからな。知ってる人は知ってるし、その孫を冷遇して悪い噂を流したとなれば、表立って何かされることはなかったとしても……な。

 ルインが加入していたときは、何もしなくても他より少ーしだけ優遇されて、色んなことがやりやすくなってたはずだから、外したら当然それは全部なくなる。自分から外れクジ引きに行ったようなもんだよな。実際、ルインの同期の中では頭1つ抜けた実力がある面子を揃えて、ギルドが組んだチームだったらしいし。これはカウンター女がギルドの中で長らしきおっさんとこそっと話していたのを風の力で聞いた話なんだけどな。


 あいつらも言ってたとおり、「運と相性が悪かった」んだろうし、気性や相性まで含めたマッチングが甘かったギルドのせいとも言えるかもしれない。

 ……言っちゃ悪いけど、ルイン含めて全員、実力なんてどいつも大差なかったからな。俺がずっと、全員まとめて守ってやってたんだ。実力に見合わなそうなヤツは先んじてやっつけたり、間引いてちょうど良くしておいたり。


「んな~ぉ」


 あくびを1つ。ルインの肩の上で揺られているのは、気持ちが良い。

 チームの面子は減ったけど、雑務や細々したことが得意なルインに、腕っ節だけは強いゴツ男、それに魔法使いで万能な俺と、バランスは割と悪くないと思ってる。


「クロ? ……あれ? クロ、寝ちゃった?」

「んな~……」

「寝てないって言いながら寝てるな」


 お日様ぽかぽか、ゲートをくぐった先でもぽかぽか。はー、……眠い。


 これから先がどうなるかはまだ分からないけど、まぁどうにかなるでしょ!

 なんたって、最強かわい賢い猫な俺がついてんだからな!


クロ:黒猫、首には首輪代わりの黄色いスカーフ

子猫の時に主人に拾われ育てられた、不運な主人をいつもこっそり助けている

異世界転生者で生前記憶有り、生前は人間の男で成人済みのオタクな会社員だが記憶は曖昧

魔法の素質があり、各種魔法も使える、せっかくチートなのに猫

ルイン・ダーネス:男、176㎝、容姿は平凡だが上品な顔立ち、茶色の髪と目

不運な鈍感男、猫撫でテクニシャン、猫好きで猫最優先、お人好し

ダーネス男爵家の妾の末っ子として生まれる、上は姉が2人で2人とも嫁入り済み

妾の子だが、本妻と妾の仲が良好であったため、本家へ引き取られて実子扱いで養育されていた

学園在学時に上位領地の恋愛トラブルに巻き込まれたことで家からは縁切りされたが、家族仲は良好

居住地の領主である祖父母からも可愛がられている

現在は鉄級探索者としてクロを連れて冒険している、猫事情が最優先のためあまり稼げてはいない

ガス・ルイ:男、185㎝、厳つい顔立ち、黒髪黒目、作中では「ゴツ男」

ルインとクロに一目惚れした銅級探索者で前衛タイプ、猫が大好き、得物は長剣と短槍

動体視力が優れており敵の攻撃を武器でパリィし、隙を作って突く戦闘スタイル

ライラ・ウォーレン:女、160㎝、作中では「カウンター女」

ギルド職員でギルド長の妻

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