それでは、あの日を思い出にしよう
待ち合わせは1年前のここだった
丘の上からの景色を眺めながら私ことセラティアは想いを馳せる。
1年前のあの日、貴族という立場から学園以外であまり会えていなかった婚約者のバチルスから呼び出され何も知らずに普段より気合いを入れてお洒落をしわくわくとした気持ちでここを訪れた私の前に現れたのは愛しの婚約者だけでなく最近学園で平民出ながら優秀で可愛いと持て囃されているリステリアで。まるで恋人のように寄り添って立っている彼から告げられたのは
「本当の愛を見つけた。婚約を破棄してほしい。」
という言葉だった。
そのあまりの衝撃に私は言葉を失い、立ち去る2人を止めることも理由を聞くこともできずに立ち尽くした。後ろに控えていた従者の気遣うような困惑するような気配に構う余裕もなく、私の頭の中には嵐のように情報が渦巻いていた。
乙女ゲーム「ブルーローズ」
孤児院で生まれ育ったリステリアは、ある日孤児院の庭の手入れをしている最中、偶然白い薔薇を魔法で青く染め上げた。貴族にしか使えないはずの魔法の能力を見出され、とある男爵家の養子となったリステリアは貴族の世界を学ぶため、また遅咲きの魔法について扱いを学ぶため学園に入学するのだ。そこで生徒会をはじめとするお貴族様たちとすったもんだして、学園卒業時にエンディングを迎える。
そこに出てくる攻略対象の一人が私の婚約者のバチルス・スブティリス。貴族の次男に生まれ、長男と比べられて生きてきた彼は劣等感の塊で。そんな彼に「家名?もともと私は持ってなくても私だったわよ?あなたはバチルス、それ以外にあるの?」と無邪気に答えるリステリアに次第に心惹かれていき、彼は家同士で定められた婚約者と婚約破棄し、彼女と愛を育むのだ。彼女に自己肯定感を高めてもらった彼は次第に才覚を現し、将来的には国の最年少宰相にまで成り上がる。なぜ先がわかるって?そりゃ
「(まさかの乙女ゲー転生とは…)」
前世?であろう何処かの世界線で「私」がやり込んでいた乙女ゲームだからだ。
30代彼氏なし都内零細会社のO Lであった私の趣味といえば、とある制作会社様の作る乙女ゲーをひたすらひたすらやりこむことだった。その制作会社様の作るゲームはシナリオは基本的に王道で、細かい設定や分岐が多彩に作り込まれておりやりこみ厨垂涎のものばかりであった。隠しキャラは当たり前、単独ルート・ハーレムルートだけでなく薔薇ルート(何故別ゲームにしなかった)や百合ルート(攻略対象の婚約者からはたまた自分の侍女とまで)まで用意されている可能性があるため、どこまで自力で見つけられるのか、どこかに穴がないかと必死に探したものだった。そこで問題になるのが
「(どのエンドだ…!!?)」
まさか制作会社様の分岐の細かさが仇になるとは…。おそらくここに他のメンバーがいないということは単独かハーレムの二択。単独ルートの場合は、私セラティアが婚約破棄された腹いせに学園でリステリアに嫌がらせをすることで生徒会メンバーに目をつけられて逆に学園からはじきものにされる(私にとっては)断罪エンド。ハーレムルートであれば、各々攻略者の婚約者と主人公との友好度でさらにエンディングが分かれていく。友好?的なエンディングで終わることもあるが、友好度があげられていなければ婚約者達で結託して主人公を陥れようとして暴かれて(私にとっては)追放エンドもある。
「セラティア様…?」
従者の声にようやく我に返る。そうだ、こうはしていられない。私はやれることをやらねば。従者のルテアはいつも通りの顔で、でもそのポーカーフェイスに少し心配を忍ばせて私を見る。高い身長に整った顔立ち。声も良いし、頭のキレも悪くないどころか根回しや情報収集は得意分野だ。そんな彼もまた隠しキャラのひとりで。幼き頃から付けられていた従者だったためあまり疑問に思うこともなかったが、攻略対象と分かれば顔面の理由も無駄なハイスペックさも納得がいくものだ。
「ねぇ」
「はい、なんでしょう」
卒業まであと1年。やらなければならないことはたくさんある。
少なくとも私セラティアはバチルスのことを愛していたし、良き婚約者であろうと努力していた。美容は好きだったからまだしも、お稽古や勉強だって頑張っていた。バチルスのためだと思えばこそ頑張れていたのだ。それがなんだこの様は。どこの馬の骨ともわからない主人公に持っていかれて、16歳のうら若きセラティアの心はボロボロである。それに対して、前世の「私」は今猛烈に怒り狂っている。
「私、ひと暴れしてみたい気分なの。付き合ってくれる?」
「…御心のままに」
それでは、あの日を思い出にしよう
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お題
「待ち合わせは1年前のここだった」で始まって、「あの日を思い出にしよう 」で終わる物語を書いて欲しいです。
作成:酒
命名力が欲しい