95話 筒抜け生徒会、美人の非常勤講師、球技大会前年度MVP、担任という心強い味方
体育館で全校生徒が集まる中、館内スピーカーからマイクの入る音が聞こえた。
『あぁー芽白ちゃん? これ聞こえてる?』
『うん。あとは音量調整かな』
『あれ? 進行原稿どこっすか?』
『おやおや~佐良さんやい。そのつるつるな腋に挟んでる物は何かね?』
『はっ! 星先輩! 助かったっす!』
『いいって事さ! ところで誰かお口スッキリするもん持ってへん?』
『もう……どうしてお菓子食べちゃったんですか』
『お、サンキュー芽白きゅん♪ そこにお菓子があるから食べないとじゃん!』
『あ! 星さんのポケットにもお菓子の音がする!』
『バレちまったもんは仕方がねぇ……始業式終わったら特別に上げましょう』
『わーい!』
マイクテストを忘れてる生徒会のやり取りが、スピーカー越しに筒抜け。
風紀に厳しい今倉先生が、直々に注意した事で、ようやく始業式が始まった。
『た、只今より、後期始業式を始めます』
芽白さんが進行を務め、手順通り着々に進んで行く。
『校長先生ありがとうございました。次は本日から後期末まで赴任なさる、非常勤講師の方の挨拶です』
体育担当の足軽先生が産休に入り、その埋め合わせなのかもしれない。
一体どんな人が赴任してきたのか。
生徒達の視線は登壇する1人の女性に集中した。
しっかりと堂々した足取り、体幹の良さそうな姿勢、可憐に着こなすスーツ、そして僕らよりも数歳しか違わないだろう若々しい美人。
誰しも見惚れる中、僕や一部の生徒達は何度も目を擦り、非常勤講師の美人を何度も再確認してた。
『皆さん! おはようございます! 本日から後期末までお世話になる、非常勤講師の宮内宇津音です! 担当科目は体育です! よろしくお願いします!』
夢か幻か、あの宇津姉が登壇して挨拶してる。
夏休み気分が抜けず、勘違いしてるんだ。
もう一度耳と目を研ぎ澄ませ、非常勤講師の美人に意識を向けた。
耳に馴染んでる快活な声、メリハリのあるシルエット、元気の貰える明るい顔。
どこからどう見ても間違いなく、昔馴染みの宇津姉だった。
『ので、皆さんと一緒に歩めるよう精進していきます! 以上で私の挨拶に代えさせて頂きます! ありがとうございました!』
歓迎の拍手に、宇津姉は照れながら降壇。
早くも生徒達に受け入れられ、如何に人から愛される人物なのか一目瞭然だ。
それに、宇津姉が最近徹夜続きだった理由が、これで不意に落ちた。
ただ北高に赴任して来たのは、未だに信じられない。
『宮内先生ありがとうございました。最後に生徒会長の挨拶です』
見るだけなら絶世の美女の呉橋会長が登壇し、生徒会長らしい風格で、マイクに声を発した。
『おはようございます皆さん。夏休みが明け、新学期が始まりました。未だに夏休み気分が抜けないでしょうが、そんな時間はもうありません! 何故なら今月末に球技大会が待ち受けてるからです!』
強めな語気を合図に、ノリの良いBGMが流れてきた。
マイク片手に演台前へ移動する呉橋会長は、プレゼンターの如く語り始めた。
『上級生はご存知でしょうが、本校の球技大会は総理事長の粋な計らいにより、様々な豪華賞が用意されてます!』
『まず総合優勝は、本場ハリウット旅行! ハリウット俳優にも会え、撮影現場の見学、星付きホテルでの宿泊、有名シェフによる食事などなど、濃密な1週間になる事間違いなし!』
『準優勝は国内旅行! 場所はクラス内で決める自由制! 移動手段はファストクラスを採用! 思い出になること間違いなしな2泊3日!』
『3位はディゾニーワンダーランドのプレミアファストパス! どんなアトラクションも並ぶ必要なし! ランド内の飲食店半額! プレミアシートでのパレード観覧! 夢のひと時を過ごせること間違いなし!』
『そしてMVPに輝いた唯一無二の生徒は、来年度の学費無償化! さぁ! 前回MVPである3-B壱良木京泉さんに登壇して貰おう!』
舞台袖で待機してた、中世的な顔立ちの生徒が現れ、呉橋会長に歩み寄り隣に並んだ。
ズボン姿なのもあって、イケメンにも美人にも見える、何とも不思議な3年生だ。
『ご紹介に上がりました壱良木です。前年度MVPに選ばれ、学費無償化が一つの親孝行になれて幸運でした』
男女どちらにも聞こえる声色は、人を惹きつけ、すっかり生徒達の注目の的だ。
『この場にはいませんが、総理事長に改めて感謝させて頂きます。ありがとうございました』
『説得力は無いかもしれませんが、自分は至って平均的な人間です。突出したものもなければ、特別に劣ったものもありません。だからこそ皆さんにもMVPに選ばれる可能性があるんだと、声を大にして言いたいです』
『最後になりますが、球技大会は全力で挑みますのでよろしくお願いします』
惜しみない拍手を浴び降壇する2人。
生徒達の闘争心を掻き立てるには充分過ぎる挨拶だった。
『呉橋会長、壱良木さんありがとうございました。以上で後期始業式を終わります』
こうして始業式が終わり、並々ならぬやる気に満ちた後期がスタートした。
♢♢♢♢
教室に戻ってきた僕らもまた、球技大会の事で頭いっぱいで、夏休みロスは微塵もない。
中でも赤鳥君のやる気が行動に現れ、教壇で奮起を促してた。
「壱良木パイセンにあれだけ焚き付けられたら、俺達1-Bも優勝を目指して、夢のハリウットに行こうぜ!」
「賛成♪ 一致団結の時だね♪」
「初の海外旅行か! めっちゃ楽しみだぜ!」
「その勢いのまま頑張るわよ、ありすちゃん」
瑠衣さん達から伝染するように、続々と前向きな声が上がり、教室のボルテージが沸きに沸いてる。
他のクラスでも負けじと団結する声が上がり、新学期早々球技大会一色に染まりそうだ。
興奮冷めやらぬ中、手を鳴らす音が響き、一瞬落ち着きを取り戻した。
手を鳴らした天羽先生は、場が再熱する前に口を開いてた。
「いいですか皆さん、学生の本分は勉強です。球技大会ばかりに集中しては本末転倒、そこは忘れないように」
真っ当なド正論に、浮足立つ教室内が冷静さを取り戻してた。
「け、けど天羽先生。他のクラスも考えてる事は同じっすよ? ほら、やる気満々な声が聞こえて来るじゃないっすか。だから、俺らだけ出遅れたら元も子もないっすよ」
「それなら心配無用です、赤鳥君」
「へ?」
「何故なら前年度優勝したクラスの担任は、この天羽絵麻なのですから!」
渾身の決め顔とポーズの合わせ技に、僕らはポカーンと開いた口が塞がらなかった。
普段主張しない天羽先生は、カァーっと顔を赤らめ、わざとらしく咳払いし、合わせ技を誤魔化してた。
「こ、コホン……つ、つまり! 私が担任になった以上、勉強と球技大会の両立が可能という訳です」
「おぉ! ま、マジで優勝も夢じゃないんっすね!」
「皆の頑張り次第ですけどね」
天羽先生という心強い味方のお陰で、1-Bの結束力がより強固なものになりつつある。
教室内の空気が一つになる中、峰子さんがスッと手を上げていた。
「どうしました義刃さん?」
「実は非常勤講師の宮内先生と昔からの仲でして、指導者としての才覚に溢れてる宮内先生を、是非とも1-Bに引き入れるべきかと」
峰子さんの言う通り、宇津姉の指導者としての実力は、宮内道場で確認済みだ。
あとは宇津姉が賛同してくれるかだ。
話題が宇津姉になろうとした時、教室の扉が開かれ、元気いっぱいの声が教室に響いた。
「こんにちは1-Bの皆さん! 改めまして非常勤講師の宮内宇津音です! 下校前の挨拶回りしに来ました!」
噂をすればなんとやら、宇津姉がグッドタイミングで来てくれた。




