94話 積極性の密着面積、委員長のお世話焼き、好ましいイメチェン、令嬢のお土産
濃密な夏休みが終わり、高校生活が戻って来た。
身支度を済ませ玄関を出れば、霞さんの待ち姿が見え、挨拶するのがいつもの流れだ。
「おはようございます霞さん」
「おぉーはよーさんーまた焼けたんじゃねー?」
「そうですか? 自分じゃ分かんないもんですね」
「かもなーんじゃ行くかー」
何気ない会話と、通学車両からの景色で、高校日常に戻ったんだと実感してる。
「おはろー! 積っち! カスミン!」
「おはよう愛実さん」
「はろはろー登校初日なのに元気だなー」
「だって皆に会えるじゃん! うりゃー!」
「なぁー暑いってのー」
元気一杯な愛実さんのハグに、霞さんも満更でも無さそうだ。
「おはよ皆」
「おひさ~♪ 夏休みはエンジョイした感じ~?」
千佳さんと真里さんとも合流し、通学車両メンバーが久し振りに揃った。
恒例の席変えじゃんけんは、右が千佳さんに、左が霞さんの挟まれる形になった。
「てか千佳先輩、肌艶前よりバチバチに上がってません?」
「最近いい事があったからね。多分それの影響だよ」
「千佳の場合~これから毎日がいい事になるもんね~♪」
「え! めっちゃ気になるじゃないですか!」
「確かに気になるわー積木もそう思わねー?」
「え。ま、まぁ……かもしれないです」
恐れ多くも千佳さんのいい事は、僕の事だ。
いつもの腕絡めもグイッと引き寄せられ、密着が増えてるんだ。
視線も常に僕に向け、目に焼き付けていたい思いが伝わって来てる。
愛実さんと霞さんからすれば、スキンシップにか見えてなさそうだ。
「にしても、新学期初日って午前中で帰れるから、マジ楽ですよね!」
「うんうん~西女は昨日からだったし~帰りは別になっちゃうね」
「確かにそっかーお疲れ様ですパイセン達ー」
登下校がいつも一緒だから、ついつい高校が別々なのを忘れがちになる。
そのぐらいお馴染みな光景は、実際詰み場ではあるけど、他の詰み要素を寄せ付けない。
「午前中で終わるなら、今日だけ早退しちゃおうかな? どうかな洋くん?」
「え? さ、流石にダメですよ」
「1日ぐらい大丈夫だよ。今週はオリエンテーションばっかりだもん」
千佳さんの積極性が、目に見えて上がってる。
一緒に過ごしたい気持ちは分かるけど、冷静になって考え直して欲しい。
「あれ? 千佳先輩、積っちを名前呼びに変えたんですね」
「うん。いい機会だったからね」
「ほーんーじゃあ、あーしも真似ようっとーって事で、洋って呼ぶわー」
「私も~よーくんって呼んじゃおう~♪」
「あ、え?」
「あはは! 良かったな積っち!」
名前呼びが大層お気に召したのか、女性陣に何度も何度も名前を呼ばれ、千佳さんが不満気に頬を膨らませていた。
♢♢♢♢
久し振りの教室に入ると、峰子さんが珍しく先に席に着いてた。
「ん。おはよう洋、愛実、霞」
「おはようございます峰子さん」
「はろーっす!」
「へーい。てか六華のヤツ、突っ伏してるけど、なしたんだー?」
「あぁ、ペン入れで昨日まで徹夜だったらしい」
かろうじて起きてるのか、手を上げての挨拶だ。
睨まれてた最初に比べれば、とても大きな進歩だ。
席に着き、ザっと教室内を見渡し、クラスメイトの様子を確認してみた。
若干テンションが高いだけで、特別に変わった感じはなかった。
「ほっ……」
「どうした、洋? 何かあったのか?」
「あ、いえ。道中に夏休みデビューしてる生徒を見かけたんで、1-Bはどうなのかなーって」
「あぁー確かに垢抜けた生徒はいたな」
「イメチェンで心機一転って、随分と思い切った決断ですよね」
「ただし校内の風紀には悪影響です」
「そう言うな夕季」
歩み寄って来た委員長の神流崎さんも、相変わらずお堅い。
「お堅いぞ委員長ー連中は校則違反じゃないんだろー」
「校則の一括りで納まる話じゃないんです。伊鼠中さんも制服を正して下さい」
「お手本見せてくれたらなー」
「ぐににに……わ、分かりました! ちゃんと覚えて下さいね!」
ボタンを全部閉め、スカート丈を戻し、シャツの裾をスカートに入れ、埃取りのコロコロを掛け、髪も丁寧に梳かし、グレードアップした霞さんが爆誕。
やんちゃ系着崩し美人から正統系清楚美人に変わり、なんだかソワソワしてしまう。
「おぉー」
「ふぅ……どうです! 覚えましたか?」
「一回じゃ無理ー明日も頼むわー」
「あ、貴方って人は! 私は母親じゃないんですよ!?」
「夕季ママー」
「か、からかうんじゃありません!」
2人のやり取りも相変わらず健全だ。
心がほっこりする中、チョンチョンと左袖を摘まむ峰子さんが、何か言いたそうだった。
「洋。私がイメチェンするとしたら、どんなのが好ましいだろうか」
「し、したいんですか?」
「洋がして欲しいならする」
峰子さんの目は至って真剣そのもの。
僕の一言で有言実行する気満々だ。
もし峰子さんがイメチェンすれば、義刃峰子親衛隊を始めとした多くの方々から矛先を向けられそうだ。
だからこそ簡単に、して欲しいと言えない。
かと言って、して欲しくないの一言じゃ、多分納得してくれない。
責任重大な決断に言えるのは、濁した答えは言いたくはない、だ。
「し、しなくても大丈夫です」
「む。今の私じゃ、物足りなくないか?」
「ぼ、僕なりに峰子さんの魅力をもっと見つけたいから、今のままがいいんです」
どんなに親しい仲でも、まだまだ知らない魅力がある。
見つける努力は必要だけど、その人をより深く知る事が出来れば、イメチェンがなくてもいいんだ。
そんな返事に対し、峰子さんは両手を広げて接近。
「洋……今すぐ抱き締めさせてくれ」
「むぷぅ?!」
もはや強制胸埋めは時と場所を選ばない。
豊満故の深々とした埋め具合に、窒息も時間の問題だ。
「洋様♪ 皆さん♪ おはようございます♪」
教室の入り口から聞こえた、眞燈ロさんの陽気な挨拶で、胸埋めからゆっくり解放された。
「お、おはようございます、眞燈ロさ……」
眞燈ロさんの後に現れた里夜さんが、大量の荷物を乗せた台車を押してきてた。
1台に止まらずに、同量の台車10台が教室に入って来た。
「ま、眞燈ロさん? こ、これは一体?」
「今まで行けなかった海外巡りのお土産です♪」
「半分はつみき君ので、もう半分はご友人用です」
包装された多国のお土産は、1台車に数十箱。
その半分となれば膨大な量だ。
「それと蓮兄様と弐夏姉様、それにお父様からのお土産は後日、洋様のご自宅に届きますので♪」
「え。わ、わざわざありがとうございます」
リビングの半分がお土産で埋め尽くされるのが、容易に想像出来る。
「あのー眞燈ロ先輩。この量は流石に持って帰れなくないですか?」
「心配ご無用ですよ愛実さん♪ 洋様に一目見て欲しかっただけですので、この後しっかりと送り届けます♪」
「勿論、ご自宅送迎付きでも構いませんよ。むしろウェルカムです。どんとこいです」
「え、えーっと……」
「皆さんおはようござい……あら、天宮寺さん。そろそろ予鈴が鳴りますよ」
「まぁ♪ もうそんな時間でしたか♪」
担任の天羽先生の言葉で、眞燈ロさん達は台車と一緒に、僕に手を振り去って行った。
副担の里夜さんは残り、ホームルーム後、始業式の為に体育館へと移動した。




