9話 料理も出来る令嬢、おもてなししたい令嬢、令嬢の家族は今
午前授業が終わる直前、天宮寺さんが教室に入って来た。
「洋様♪ 一緒にお昼食べましょう♪」
「天宮寺さーん? 授業終わる前に、教室出てきちゃダメだからねぇ?」
「ハッ! そうですよね? 失礼しました♪」
英語担当の原先生に従って、一度教室から出た天宮寺さんは、数秒後に全く同じ入り方をしてきた。
「わぁ♪ 皆さんのお弁当、美味しそうですね♪」
嬉しそうにお弁当を眺め、僕の隣に座ってる天宮寺さん。
左半身に触れる柔らかな心地良い感触に、意識が向いてる。
「むむむ……」
天宮寺さんの胸を睨み付けて、自分の胸をペタペタ確かめてる愛実さん。
霞さんはニヤニヤと楽しんでる。
「天宮寺先輩のお弁当も美味しそうだ。お母様が作ってくれたんですか?」
「全てわたくしが作りましたよ♪ 峰子さん♪」
見栄えも香りも、栄養バランスも完璧なお弁当は、てっきり専属シェフ作だと思ってた。
「皆様がよろしければ、オカズ交換をしませんか?」
「ほんじゃ、私はハムエッグサンドを」
「ありがとうございます♪ 六華さん♪ お好きなオカズを取って下さい♪」
「んじゃ、このうまそーな肉で」
ローストビーフ的なモノを、ひょいっと一口で食らい、モニモニほっぺたを動かし、大変素晴らしい笑顔になってた。
「とろけりゅ……しあわせぇ……」
「すげぇー六華のトロ顔初見じゃんー。あーしもいいっすか?」
「どうぞどうぞ♪」
唐揚げと交換した伊達巻きを頬張り、大きな目を更に開き、緩み切った笑みを溢した。
こんなに穏やかな顔は初めて見た。
「あーし……パイセンのお嫁になる」
「まぁ♪」
「お小遣い3ヶ月分の指輪を用意するっす!」
「お、落ち着いて下さい霞さん」
同性すらも虜にする、魔性の料理スキル。
異性が食べた暁には、どうなってしまうんだ。
「天宮寺先輩、瓦子家自慢の角煮を食べて下さい」
「角煮は好物ですので、ありがたく頂きます♪」
ピリピリ空気な愛実さんが角煮を食べさせ、ゆっくりと味わい、静かに飲み込んだ。
「ん〜♪ しっかり染み込んだ甘辛な味付けが、より食欲を掻き立ててくれますね♪ 赤身と脂身のバランスも素晴らしいですし、口に入れた途端にホロホロ柔らかく崩れる、至高の柔さは最高に尽きますね♪ 生姜の風味も仄かに効いて、肉類のくどさを軽減してくれて、いくらでも食べられちゃいそうです♪」
丁寧なベタ褒めコメントに、普通に照れてる愛実さん。
どんな姿でも可愛いけど、確かにトロトロな角煮は食べてみたい。
「最後は私から、スズキのムニエルを」
「随分と本格的な料理ですね♪」
「あ、いえ……作ったのは双子の妹でして、私は料理はまだまだです」
ムニエルと焼き魚を交換し、綺麗な箸使いでパクっと食べる峰子さん。
うんうんと舌鼓打って、ご満悦気味にニッコリ。
「身がふっくらで、魚の旨みも感じられる絶妙な塩加減……とても美味しいです」
「うふふ♪ 和食は特に得意なので♪」
容姿的には洋風と相性が良さそうな天宮寺さんは、和風でも似合いそうだ。
「あ、そうです♪ 今夜の食事、洋様のお好きなものを作りたかったんです♪ お好きな料理、教えて下さいませんか?」
温かくて楽しげな空気が、冷えて静まり返った。
登下校の件は話してるも、1週間のお泊まりの件は、勇気が出ず言えてなかったんだ。
頬っぺたをネジり抓る笑顔の愛実さん。
全然お弁当が口に運べてない峰子さん。
NTRと謎の英語を零す来亥さん。
笑い堪えるあまり咽せてる霞さん。
天宮寺さんには申し訳ないんだけど、時と場所はもう少し考えて欲しかった。
♢♢♢♢
「洋様♪ 一緒に帰りましょう♪」
放課後、天宮寺さんが直々にお迎えに来た。
襲来に慣れて来てる一方、愛実さん達の視線がビシビシ突き刺さってくる。
「そ、それでは皆さん、また明日です」
「ん」
「な、何かあったら連絡してくれ……そ、その……い、いや何でもない……」
「感想聞かせろよな。楽しみにしてんぞ」
「どんなことがあっても、あーしは味方だか……っぷ」
釈然としない見送りは、そっと心にしまい込み、天宮寺さんと教室を後にした。
正門前に停まるリムジンと縣さんのお迎えに、下校する生徒に必ず注目されていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様、積木洋様」
「ただいま縣♪ さぁ洋様♪ 今日から1週間、たっぷりおもてなしさせて頂きますね♪」
「は、はい、お、お世話になります!」
たったの1週間だ。
天宮寺さんの思いのまま、できる限り協力するのが役目。
ただただそれだけ。
リムジンに乗った途端、当たり前に腕組み密着。
朝の送迎とは比べものにならない、けしからん感触が広面積で触れてる。
匂いもスンスン嗅がれ、髪も優しく触れられ、ドキドキが爆発しそうだ。
「時間を共にする度、洋様がこんなにも可愛らしいと思えます♪ 不思議ですね♪」
「ど、どうもです?」
「うふふ♪ もっと知れたら、もっと違う洋様が見れるんですかね?」
「そ、そうかもです」
好奇心で満ち溢れる優しい目は、詰み体質の経験上、詰みを更にもたらす危険なものだ。
1週間乗り切れるか、とても心配になって来た。
♢♢♢♢
「「「「「 お帰りなさいませ、眞燈ロお嬢様、積木洋様」」」」」
「ただいま♪」
フィクションみたいな豪邸での、メイドさん達によるお出迎えが現実に起きた。
大型のドーム会場も収まる圧巻の豪邸も然り、門先から豪邸までに噴水と花畑がある庭園が200mも続く光景は、空いた口が塞がらなかった。
戦々恐々な余韻に浸る間も無く、活き活きする天宮寺さんに手を取られ、豪邸の奥へ奥へと連れられる。
「こちらが洋様のお部屋になります♪ わたくしのお隣です♪」
「お荷物はテーブルの上にございます」
「は、はい」
「ではお着替えしますので、また後程♪」
自室の扉が閉まるまで、胸元辺りで手を振ってくれた天宮寺さん。
ご丁寧に縣さんが扉を開け、怖じ怖じと一週間お世話になる部屋にお邪魔した。
ホームパーティーを開そうな広々した部屋には、高級家具が至る箇所に配置され、別世界に来た気分だった。
天宮寺家でなるべく浮かない軽装に着替え、廊下に出ると天宮寺さんが待っていた。
膝丈のグレーワンピース姿は、制服姿と違い、より高貴さを感じられる。
スタイルの良さも明確になり、若干体が強張る僕に、嬉しそうに腕を組んでくる。
「素敵な私服ですね♪」
「て、天宮寺さんも魅力的です」
「ありがとうございます♪ さぁ♪ 行きましょうか♪」
行く先が分からぬまま、天宮寺さんの歩幅を合わせ、腕に挟まる柔らかな感触で、もっと身体が強張る。
気を紛らわすのに考えた末、気になっていた事を聞いてみた。
「あ、あの……他のご家族の方は?」
「皆海外での仕事で不在です♪ ただ週に1度必ず、家族団欒を過ごしてますよ♪」
「お嬢様の不幸体質改善の件を、大旦那様方にご連絡したので、現在自家用チャーター機でトンボ帰り中で御座います」
自家用チャーター機でトンボ帰り。
とんでもないパワーワードの規模が大き過ぎて、いちいち気にしてたら胃がもたない。