89話 躾けて欲しい女子、異国の姉弟子、着崩れ昔馴染みお姉さん、お風呂掃除と肌色景色
夏休み最終週の午前6時前。
静かな近所の道で、自転車を漕いでる。
ただし僕1人ではなく、前を走る女の子を追ってる感じだ。
「もうすぐゴールだよ! 時貞さん!」
「はぁはぁ……はひぃ!」
ジャージ姿の女の子、時貞さんを励ましつつサポートするのが僕の役目だ。
どうしてこうなってるのか遡ること数日前。
新学期にある球技大会に向け、最後の追い込みをしたいと、連絡を貰ったんだ。
元々球技大会までに運動音痴を、人並みまで改善したいとお願いされ、夏休み中も時折サポートをしてきた仲だ。
追い込みも少々悩んだ末、僕らが知り合った宮内道場に協力して貰う事にしたんだ。
宇津姉と宮内のお婆さんも快諾してくれ、今に至るって訳だ。
そして僕は早朝ジョギングやストレッチなどなど、出来る範囲のサポートを率先してる。
そんなこんなを思い返す内に宮内道場が目前だ。
ラストスパートをかけゴールに着くと、道場前でオリヴィアさんが出迎えてくれた。
「お疲れ様です! ようくん! かなめちゃん! タオルと飲み物です!」
「ありがとうございます、オリヴィアさん」
「あ、姉弟子さん……た、助かりましゅ………はぁはぁ……」
オリヴィアさんは短期間で日本語が板につき、拙かった頃が懐かしく思える。
「さぁさぁ! ジョギング後は美味しい朝ごはんの時間です!」
「ですって時貞さん」
「……引き摺っていいので、連れてって下さい」
「物欲しそうな目が隠しきれてないですよ。オリヴィアさんお願いします」
「任されました!」
お姫様だっこで運び込まれる時貞さんに、不服な顔を向けられるも、見て見ぬ振りをした。
ドM体質なのは悪くないけど、躾というご褒美目当てなら相手しないと決めてる。
「ようくんも早く早く! ご飯が冷めちゃいますよー!」
「あ、今行きます」
ご厚意に甘えて、数日前から朝ご飯をご馳走になってる。
姉さん達も誘われてるものの、僕だけお邪魔してる次第だ。
流石にタダで頂くのも悪いので、台所で宮内のお婆さんのお手伝いをしてる。
「おはようございます。もう運んでも?」
「ありがとさん、助かるよ」
オリヴィアさんと一緒に運んでると、寝起きの宇津姉がやっと姿を見せた。
「はろ~……にゃむにゃむ……」
「また寝坊かい、宇津音」
「だって~やることが多いんだもん~……ふぁ~……」
この前大学に戻ってから夜更かし続きで、着崩れた寝間着から素肌がチラホラ顔を覗かせてる。
晩酌ではない夜更かしだそうで、理由を聞いても内緒の一点張り。
宇津姉なりに頑張ってるなら、陰ながら応援する方がいいと思い、それからは詮索せずに見守ってる。
朝食を運び終え、全員が座り、オリヴィアさんがパチンと手を鳴らした。
「それではみなさん! いただきます!」
「「「「いただきます」」」」
本日のラインナップは焼き鮭に味噌汁、漬物と卵焼き、納豆や海苔などなど、理想の和朝食だ。
運動後と皆で食べるのもあって、色々と満たされるのを実感できる。
「ん~♪ 納豆と卵の合わせ技は最高です!」
「毎日食べるぐらいだもんね! オリヴィアは日本の食文化とも相性抜群! 日本語も凄く上手になったし、日本人よりも日本人らしくてなんだか嬉しいよ!」
「えへへ~お世辞が上手です~うずねさん♪」
オリヴィアさんの天真爛漫さに、空気も自然と和やかさに包まれる、そんな朝食だ。
♢♢♢♢
朝食後、オリヴィアさんと時貞さんは、宮内のお婆さんと道場で早速鍛錬。
僕と宇津姉は洗い物をしながら世間話だ。
「でね! オーバーリアクションの連発! あれはもう傑作過ぎてお腹がよじれちゃったよ! あははは! い、今思い出しただけでも笑っちゃう! あははは!」
「そんなに良かったの? 結構気になるかも」
「なら配信がお勧めだよ! シーズン1は無料だし、導入にはピッタリ……あれ、洋? 向日葵が来るのって今日だよね? 一応スケジュール帳にも書いたはずなんだけど、自分でも何書いてるか分かんなくってさ! いや~慣れない事ってするもんじゃないね!」
今日はひーちゃんがオリヴィアさんと会う為、宮内道場に来る日だ。
目的はひーちゃんの両親に託された重要任務、オリヴィアさんの映画オファーの直接依頼。
僕は仲介役兼、宇津姉からひーちゃんを守る役割だ。
「今日で合ってるよ。確か……8時ぐらいだったかな?」
「良かった~! お客さんが来るなら掃除しておきなさいって、お祖母ちゃんに言われてたからさセーフセーフ! でも家の中ってかなり綺麗なのに、私が掃除する必要あるのかな? どう思う?」
「念には念をって事じゃ?」
「あ! 確かに! でも、今整理整頓するとどこに何があるか分からなくなりそうだし、掃除すると逆に汚れちゃうかもしれないし、むしろやらなくていいかも! うん! そうしよう! いいよねきっと!」
宇津姉に任せるのは少々危ない気がする。
朝食のお礼も兼ねて、代わりに掃除をすれば問題解決だ。
「うーん……掃除なら僕がやるから、宇津姉は自分の事やってていいよ」
「本当!? 洋って本当に頼り甲斐もあって優しさが溢れまくりだよ! このままお婿さんになって、ずーっと支えて欲しいぐらいだよ!」
「も、もう……いちいち大袈裟だよ。そ、それよりも掃除道具の場所は?」
「お風呂場前の納戸に一式しまってあるよ! あるものを好きなだけ使っていいから!」
「うん分かった」
残りの洗い物を済ませ、早速納戸に向かった。
「お、ここだ」
使い込まれた道具一式を取り出し、掃き掃除から始めようとした時、ふと思い立った。
目と先にあるお風呂場も、ついでに掃除してもいいんじゃないかと。
仮に掃除済みならその時はその時だ。
そうと決めれば行動だ。
ジャージの袖と足を捲り、お風呂場の扉を開いた。
そして脱衣所には湯上り姿の女性達による、肌色景色が広がっていた。
「……へ?」
「よ、洋?!」
「洋くん!?」
「つ、積木さん?!」
「ほぅ、誰かと思えば洋君だったか。どうだ、自他共に体には自信があ」
「失礼しましたぁああああ!」
衝撃的な光景で思考が数秒止まり、扉を閉めるタイミングが遅れた。
肌色景色が焼き付いて、心臓のバクバクが止まらない。
しかも相手が峰子さんに千佳さん、暗堂さんに宵絵さんの入れ替わりっ子の4人。
ちゃんとした機会に4人と会いたかったのに、最悪な鉢合わせを作り出す詰み体質を、今度こそ決別したくなった。




