88話 大人の色気プラスα、バスタオル姿で両手に花、素肌視界封じ、好きな人と隣
雷雨が止まないまま数十分。
スマホで天気予報チェックするも、夜まで止まないらしい。
「雷さえ止めばいいんだけど……」
「あばばば……」
「ひぃいい……」
愛実さんと花音は会話も無理なままだ。
一応身動きが出来るように、左腕と足上に移動して貰ってる。
左腕に抱き着く愛実さんを優しく擦ったり、猫のように蹲る花音の頭を撫でたりと、安心させて傍にいるのが役目だ。
ただ、そろそろトイレに行きたくなってきたんだ。
「あのー……トイレ行ってもいい?」
「置いてかないで!」
「一緒じゃないと無理っす!」
「え、えぇ……」
ギュッと力を込め、離れるのを頑なに許してくれない。
ここで選ぶ選択肢は3つ。
強行突破でトイレに駆け込む。
限界寸前まで我慢する。
トイレ前で待って貰う。
選ぶとすれば我慢だろうけど、もって1時間が限界だ。
トイレの事を考えないよう、深呼吸で集中を高めてる時、玄関扉の開く音が聞こえた。
瓦子家の誰かが帰って来たんだ。
1人分の足音がリビングに近付き、扉を開いた。
「愛実。誰か遊びに来……花音と少年だったか」
「お、お邪魔してます! 小乃美さん!」
愛実さんの実姉小乃美さんが、濡れた姿で帰って来た。
シンプルな服装が抜群のスタイルにピッタリ張り付き、大人の色気がプラスαしてる。
そんな小乃美さんは一目で状況把握したのか、僕に視線を合わせた。
「少年、そのまま2人を連れて風呂場までこい」
「え、小乃美さんが連れてけばいいのでは……」
「どうせ暇だろ。任せたからな」
そう言い残し、リビングを出て行った小乃美さん。
兎にも角にも、2人がどうにかなるなら連れて行くしかない。
聞く耳は立てていた2人は僕にしがみ付き、チビチビ足取りでお風呂場まで着いて来てくれ、トイレにも余裕で間に合った。
♢♢♢♢
2人を託して30分程。
リビングソファーでポツンと座ってると、今日一の特大級雷が鳴った。
停電程じゃないけど、雷が苦手な人なら腰を抜かしそうだ。
「少年! 2人がそっちに向かった!」
「へ?」
お風呂場からの小乃美さんの声と、ドタバタ慌ただしい足音に、何が起きてるのか時間差で気付いた。
さっきの特大級雷で、2人が怖さのあまり逃げたんだと。
リビング扉が開き、脇目も振らずにやってくる2人が、バスタオルを一枚体に巻き付けた、無防備同然の恰好で、思考が止まった。
「無理無理無理無理!」
「怖い怖い怖い怖いっすぅううう!」
「その恰好で来ちゃダメダメダメぶふぇ?!」
決死の声にも止まらず、2人のロケットタックルを真っ正面から食らった。
お風呂上がりの良い香り、血色の良い綺麗で艶やかな素肌、バスタオル一枚越しの女の子の柔らかな体。
1つの要素でもお腹いっぱいなのに、ドキドキを通り越して意識が吹っ飛びそうになる。
「少年! ……両手に花で事なきを得たか」
後を追うように来てくれた小乃美さんも、タオルを首に掛けた真っ赤な下着姿だった。
「さ、3人とも早く着替えて来てください!」
「無理無理無理……」
「怖い怖い怖いっす……」
「私の風呂上がりはいつもこうだ。少年に見られても、なんとも思わんから気にするな」
「僕が気にするんです!」
小乃美さんは聞く耳持たず冷蔵庫の麦茶を注ぎ、腰に手を当てながら美味しそうに飲んでる。
「東庭のプリンがあったな。愛実、食べていいのか?」
「ぷ、プリン……プリン!? だめ! 姉貴の分は無い!」
「ち、ちょ!? め、愛実さん!?」
我に帰った愛実さんが、バッと離れてくれたのは残念ながらも良かった。
でも、離れた勢いでバスタオルが今にも剝がれ落ちそうだった。
当の本人は気付いてないのか、小乃美さんからプリンを取り上げようと、ズンズン向かってる。
「今日はプリンの口だ。金なら払う」
「そういう問題じゃない! てか、常備のアイスあんだろ!」
「頭の固い妹だな。なら、私が少年とプリンを半分こすれば問題ないだろ」
「なんでそうなるんだよ! 半分こすんなら花音とだろ!」
「私が誰と半分こするかは、愛実に関係ない。少年も構わんだろ?」
「どうなんだ積っち!」
振り返る動きでバスタオルが剥がれ、どんどん露わになりかけた瞬間。
目の前が突然何かに覆い尽くされ、とても柔らかな温もりが顔一杯に広がった。
「愛実ちゃん! 全部見えちゃってる!」
「へ? ひゃ?!」
愛実さんの可愛らしい声が、爆速で階段を駆け上がって行った。
全部見えてしまう前に、僕の視界を咄嗟に封じてくれた花音には感謝だ。
それにしても、いつまで視界を封じる気なんだろうか。
「か、花音? も、もう大丈夫なんじゃ?」
「ま、まだ駄目っす……私も取れちゃったんで……」
「え。か、花音が着替えるまで一切目を開けないから、離れていいよ」
「……」
「……か、花音さん? 聞こえてますか?」
視界封じされてる以上、様子が一切分からない。
唯一分かるのは、顔一杯に触れる花音の素肌が、段々と熱くなってる事だ。
「罪な男だな、少年」
「こ、小乃美さん! お願いですからどうにかして下さい!」
「断る。自分が招いた事は自分でどうにかしろ」
「そ、そんな!?」
「だらっしゃぁあああ!」
「にゃぱ?!」
愛実さんの叫びと一緒に、花音が素っ頓狂な声を上げ、僕の視界も晴れた。
着替えてきた愛実さんが、顔の赤い花音にオーバーサイズTシャツを着させたみたいだ。
「少年、プリン半分こするから隣に来い」
「まだ諦めてなかったんか! 姉貴!」
「何をしようが私の自由だ……あ、そうか。私が少年の隣に行けばいい話か」
「え」
プリンとスプーン片手に歩み寄る小乃美さんが、小悪魔を越えた悪魔に見えて仕方がない。
そこを動くなという圧にも、ソファーから離れられない。
このまま小乃美さんの思うがまま、かに思えたのも束の間。
愛実さんが大の字で、僕の前に立ってくれていた。
「積っちの隣は私だ! だから近付くな!」
「! わ、私も洋先輩の隣にいるっす!」
「力づくで行く。覚悟しろ」
雷そっちのけで、プリンを半分こする為、火花を散らすなんて誰が想像出来ただろう。
そんな3人は行く末は、大人しくソファーから見届けるしかなかった。
♢♢♢♢
早めに上がった雨上がりの夕暮れ時。
駅までの帰り道を愛実さんと一緒に歩いてる。
水溜まりに映る夕日色に染まった空が、僕の気持ちを代弁してくれてる気がした。
「なんかあっという間な1日だったなー」
「色々あったけど楽しかったもんね」
「だな! あ、虹!」
無邪気に虹を撮る愛実さんは、満足気に撮った虹を見せてくれた。
好きな人の些細な一面でも心が癒される。
恋ってものは本当に不思議な力がある。
でも、ふと愛実さんがどこか現実に戻されたような顔をしてた。
「どうかした?」
「ん? あ、いや……もうそろそろ夏休みも終わりだなーって……」
「あと1週間ちょっとだもんね」
1か月もの夏休みから、いつもの高校生活に戻れば、寂しくなるのも無理ない。
けど、新学期が始まればクラスメイトの皆とも久し振りに会える。
なによりも行事ごとが目白押しだ。
9月は球技大会、10月は高校祭、11月は紅葉狩り、12月はクリスマス会と冬休み。
他にもまだまだ細かな事はあるけど、新学期になればほぼ毎日愛実さんと会えるんだ。
「また愛実さんと高校に通えるから、今から楽しみだけどね」
「積っち……気持ちは嬉しいけど……そうじゃねぇんだ」
「え?」
「夏休みの課題……まだ残ってるんだ……」
声のトーンも元気も下がったと思えば、全然拍子抜けだった。
勉強が苦手な愛実さんには、夏休みの課題は苦行そのもの。
そんな気持ちを分りたいのに、なんだか笑いが込み上げてくる。
「ぷっ……」
「あ。今笑ったな」
「ご、ごめん……ぷっ。も、もっと深刻なのかと思ったから……っぷ」
「なぁああああ! このこのこの!」
ビシビシと肩を叩く愛実さんも、笑みを零して元気を取り戻してた。
好きな人の隣にいれば、それだけで笑い合ったり元気になれる。
そんな恋心を抱きながら、歩幅を合わせて帰り道を歩いて行った。




