87話 プレゼント渡し、鬼畜難易度お料理教室、間違えた女性もの下着、ギュッとハグ
お腹ぺこぺこな花音は見学兼味見役として、キッチンを挟んだ向かい側で待機中だ。
「ねぇ花音。料理が苦手なら、尚更一緒に作ればよくない?」
「み、未熟な姿を晒せないっす!」
昔から知ってる仲だからこそ、努力を怠らない努力家なのは分かってる。
だからいつの日か花音が、しっかりと料理を作れて、誰かの為に振舞うんだと考えたら、とても感慨深くなる。
「よし! 材料もバッチリだし、早速作るぞー!」
「あ、愛実さん。ちょっといいかな」
「んぉ?」
プレゼントを渡すタイミングはここしかない。
軽く震える手で、プレゼントをようやく手渡した。
「た、誕生日プレゼントです!」
「お! 待ってました! 見ていいか?」
「ど、どうぞ」
「何かな何かな……! エプロン! え、着るのもったいな! ど、どうしよどうしよう!」
思ったよりも喜び方が慌ただしい。
ただ、愛実さんはお手製エプロンを身に着けて、正直プレゼントのエプロンは不要だ。
「はっ! せ、折角だしさ……積っちに着けて欲しいかな?」
「……ん? ぼ、僕が……愛実さんに……プレゼントしたエプロンを?」
「ん! 着けて♪」
エプロンを外して、着けられる気満々な愛実さん。
早く早くと言わんばかりに僕に背を向けてる。
やってあげるのにも勇気がいるのに、花音にも見られてるんだ。
もはや正気の沙汰とは思えない。
僕に残されたのが一本道なら、細心の注意を払って実行するしかない。
「じゃ、じゃあ失礼します」
恐ろしくも魅力的なエプロン着させ終え、心身共に色々と削られた気がした。
「あんがと♪ 大事に使うからな♪」
「きょ、恐縮です」
ご満悦な感想を聞けただけで、大満足だ。
これで無駄な心配もなく、しっかりとお料理教室と向き合える。
「いいなー……」
「ふっふっふ~♪ 最強のエプロンパワーで美味いもん作るから待ってな♪」
「エプロンパワーいいなー……」
指を咥えてエプロンを羨ましがってる花音。
また別の機会にでも、愛実さんとお揃いのをプレゼントするのもありだ。
「ほんじゃ、やりますか!」
「はい! お願いします愛実先生!」
主菜はサバの味噌煮。
副菜は茶碗蒸しとほうれん草の胡麻和え。
汁物は白菜の味噌汁。
主食は手羽先炊き込みご飯。
以上が今回教えて貰える和食三昧だ。
調理時間は全部込々でなんと1時間。
猫の手を借りても間に合わなそうだ。
「どれも10分か15分で作れるから、同時並行でやれば余裕余裕♪」
「しょ、精進します!」
余裕綽々な愛実さんがそう言うなら、きっと大丈夫に違いない。
それに待ちに待った愛実さんとのお料理タイムだ。
楽しむのを忘れずに、美味しい和食三昧を完成させよう。
♢♢♢♢
「よ、洋しぇんぱい……い、生きてるっすか?」
「……た、多分……」
花音に心配されながら、テーブルに突っ伏して動けずにいる。
理由は簡潔、楽しいお料理教室が、想像を遥かに超える鬼畜難易度だったんだ。
下拵え、調理、洗い物、ゴミ出し、掃除。
2人でも大変な作業を、愛実さんは涼し気に楽し気にやってのけ、汗1つ流してない。
対する僕は、無駄な動きが荒目立ちし、ご覧の有様。
料理は上手くいったのに、僕がダメに終わった以上、しっかりと反省だ。
「あはは! 沢山食って回復してくれ!」
「だ、だね……よいしょ……」
「あわわ……げっそりしてるっす!」
自他共に認める疲労姿ほど、情けない姿はない。
出来立ての和食三昧を頂いて、お言葉通り心身共に早く回復だ。
「じゃ、いただきます!」
「「いただきます!」」
「ん~♪ サバの味噌煮も絶品っす♪ 何杯でもご飯いけちゃうっす!」
「良い食いっぷりだな! 積っちの腕前が確かって事だな!」
「愛実さんが教え上手だからだよ。ん! ご飯が進む!」
家庭の味とも店の味とも違う、完全愛実さんオリジナルの味付けに、胃は鷲掴みされてる。
止まらない箸と食欲は、綺麗に完食するまで止む事は無かった。
♢♢♢♢
あれだけ豪勢だった和食三昧は、めでた完食し、満腹幸福な時間が流れてる。
「ふぅー……お腹いっぱい……ご馳走様でした……」
「お粗末様! お茶でも飲んでゆっくり休んでな!」
「ふぁい~」
ソファーでくつろぐ花音はウトウト状態。
一番美味しそうに嬉しそうに食べてくれたんだ。
料理手冥利に尽きる。
「ほい、お疲れ!」
「ありがとう。愛実さんもお疲れ様」
「おぅ! 食後のデザートもあるけど、食うか?」
「もう少しお腹を休めてからかな?」
「おけー!」
まだまだ元気そうな愛実さんが隣に座り、静かにお茶を啜って一息。
片付けも洗い物も済ませてあるし、気兼ねなく時間を過ごせる。
「ふぅー! 今更だけどさ、私のペースでごめんな?」
「い、いやいや。大変に勉強させて貰いました!」
愛実さんの料理スキルの高さは、一般人の僕から見ても、お料理界隈に引く手あまたの実力だ。
1人で数人分の動き、同時並行の効率性。
なにより料理と向き合う姿勢がプロの料理人そのもの。
だから愛実さんはそのままで、僕が精進すれば少しは近付ける気がするんだ。
「愛実さんのペースに合わせられるように、これからも頑張るよ」
「ふっふふーん♪ 気長に待ってるわ! あ、そだそだ!」
足元からしっかり目の紙袋を出し、バッと向けてきた。
「渡し忘れない内にこれ! 誕プレ!」
「わ! ありがとう!」
何時貰えるんだろうかと、内心ソワソワ気味で、お料理教室を受けてたのは内緒だ。
中を早く見てと言わんばかりに、前のめりな愛実さんに感謝し、プレゼントを刮目した。
青空の様に爽快な色と、可愛らしいデザインの女性もの下着だ。
「え」
「ん? どうし……にょわっ!? 袋間違えた!? 見ないで見ないで!?」
間違えにホッとしてる場合じゃない。
即時返却だ。
極力見ないようにしたものの、Bという文字が確実に記憶に刻まれた。
「こ、こっちが本命です……」
「う、うん」
改めてワクワク気分で中身を取り出すした。
軽くて通気性の良さそうな黒のランニングシューズだった。
「前に一緒に走るとか言ったのに、中々機会がなかったじゃん? だから形だけでもって思ってさ、それにした」
愛実さんが陸上を辞める時に、一緒に走りたいって言ってくれた。
でも、お互い都合が合わず、いざって日にも天気がダメ。
夏休みに入っても全然機会が無いままだったんだ。
シューズまでプレゼントして貰った今日こそ、絶好のチャンスだ。
帰り道の駅まで一緒に走らないか、ダメ元で提案しよう。
「あと、ちゃんと予算内だかんな?」
「信用してるから平気だよ。それと……愛実さんが良ければだけど、帰りに一緒に駅まで走らない?」
「っ! めっちゃ行く! 準備すっから待ってて!」
ドタバタ慌ただしく、家内を行ったり来たりと、全然目が追い付かない。
お料理教室が無事に終わった以上、ダラダラと長居するのも悪いし、帰るなら丁度良いタイミングだ。
本音としては、もう少しだけ一緒に過ごしたい。
けど、一緒に走る事が叶うなら、そのぐらい我慢だ。
「……ねぇ愛実ちゃん。何だか雲行き怪しくなって来たよ?」
「へ? ま、マジ?」
花音の言う通り、外が曇天模様に様変わりしてる。
天気予報は晴れのち曇りだったけど、雨が降って来そうな感じだ。
「なにぃい!? 空気読めない天気め! 今すぐ晴れろー! この野郎ー!」
思いの丈を叫んだのがマズかったのか、水滴がぽたぽた窓に張り付き始めた。
またしてもチャンスを奪われるなんて、ことごとく運が味方してくれない。
「今日も……ダメっぽいね」
「いや諦めん! いざって時はカッパを着」
愛実さんの言葉を遮るように、窓から眩い光が射し込み、数秒遅れて雷鳴が轟いた。
「うぉ……結構近……」
雷に気を取られた僅かな時間で、僕は前面背面がハグ拘束された。
前面の愛実さん、背面の花音。
異なる女の子の感触が押し付けられ、正気を保つので精一杯だ。
「ふ、2人ともどうしたの?!」
「か、雷……む、無理なんだ……あばばば……」
「み、右に同じくっす……ひぃいい……」
「え。ぼ、僕はどうすれば?」
「「止むまで傍に居て下さい!」」
密着が増し震える2人を、正気のまま守れるか不安で仕方がない。




