86話 女子達の詰みの一手、お揃い伊達眼鏡、食べ盛りな後輩
時間制限数分前、集合場所に愛実さんと呉橋さんの姿はなかった。
「およよ? 一番乗りだったみたいだね♪」
「座って待ちましょう」
「だな!」
3人掛けベンチに、3人座れば埋まるのは当たり前。
のに、不自然に瑠衣さんと長平さんの間に、1人分のスペースが空いてる。
自ら詰むなんて真似はしない。
「積木君、ここ空いてるよ?」
「座って頂戴」
「休憩も大事だぞ?」
曇りなき善意のお誘いこそ、詰みへの一手。
断わり辛い状況にさえすれば、思い通りに行くと踏んでるんだ。
しかし、今回に限っては回避可能な詰みだ。
確実に回避するには謙遜からの遠慮が必須だ。
「僕なら大丈夫だよ。ありがとう」
そして忘れてはいけない感謝。
スマート且つ穏便に詰みを逃れる、詰みエスケープだ。
「座ってくれないの? えーん、グスングスン」
「心なしか冷え込んできたわ」
「急にどした?」
ありすさんはさておき、嘘泣き嘘演技で更なる追い込みとは、やはり手強い相手だ。
ここで根負けすれば2人の思う壺。
詰みエスケープが無駄になるのは回避したい。
「積っち何してんだ?」
「だぁっふる?! め、愛実さん!?」
「ぷっ! リアクションでか! あはは!」
目の前に集中し過ぎて、背後に現れた愛実さんに笑われてしまった。
「てか、竹つん帰って来てたのかい!」
「にょほほ~♪ これ、愛実ちゃんに誕生日プレゼント♪」
「やったー!」
空きスペースに座った愛実さんのお陰で、詰まずに済んだ。
それよりも何をプレゼントしたんだろうか。
ラッピングされた小包み中は、スプレー式の小瓶だった。
「旅行先で見つけた香水です♪ お土産でごめんね♪」
「ううん! めちゃ嬉しい! 使ってもいい?」
「どぞどぞ♪」
手首に1プッシュ拭きかけ、軽くトントン馴染ませると、ふんわりと柔らかな甘い香りがしてきた。
柑橘系の香りの愛実さんが、こうも印象が変わるなんて、香水の力は凄い。
「オーデコロンだから1-2時間しか効かないけど、お風呂上がりとか寝る前とかに使うと、リラックス効果があるらしいよ♪」
「じゃ、そん時に使ってみる! あんがと竹つん!」
「愛実ちゃん。私からもプレゼントがあるわ」
「え! マジ! 開けていい?」
「えぇ」
「……お! 伊達眼鏡! いいじゃん!」
眼鏡1つでこんなにも胸が高鳴るのだから、単純な生き物だ。
「積っち! どう? 似合ってるか?」
「う、うん。い、良いと思うよ」
「ふふーん♪ 今日一日着けてよっと♪」
新鮮さも慣れれば平気になる。
ただし今日だけは無理っぽい。
「ラストは私だな! 愛実! 貰ってくれ!」
「あんがと!」
ありすさんが素渡したのは、リアル魚スリッパ。
チョイスが完全に面白系でも、良し悪しはある。
ありすさんのは後者だと思う。
「めっちゃ魚じゃん! しかも履ける! あはは! おもろ過ぎない?」
百点満点のリアクションに、ありすさんもご満悦だ。
好感触の流れに乗じて、僕もプレゼントを渡すなら今しかない。
「め、愛実さ」
「どぉおおおおりりゃぁあああ! セーーーーーフ!」
時間制限ギリギリに現れた呉橋さん。
決して悪いとは言わないけど、渡してから現れて欲しかった。
「あ、会長。髪めっちゃ凄いですよ?」
「ギリギリまで猫ちゃんと戯れてたもんで! へっへっへ!」
乱れ髪を雑な手櫛だけで、元通りのサラサラヘアーに戻った。
猫と戯れてた割に、誕プレは忘れてなかったようだ。
「てか、竹塔ちゃん達もいんじゃん。やほ」
「こんにちは♪ 会長のプレゼントは何にしたんですか?」
「お、そだそだ! ほい、愛実ちゃん! 数日遅れだけどハピバ!」
ガサツに手渡したのはピンクのハートネックレス。
チラッと見えた値札もキッチリ予算内。
愛実さんも驚きを隠せないバッチリな反応だ。
「え、あ、こ、これって今大人気で入荷待ちのヤツじゃ……」
「ぬっふっふ……可愛い後輩ちゃんの為ならば、安いもんさ……キリッ!」
「か、会長ぉおお!」
渡すタイミングを失った上、大感激なリアクション。
僕のプレゼントなんか霞んで見える。
正直、僕のはありふれたプレゼントだ。
気持ちに押し潰される前に、今すぐにでも買い直したい。
「愛実ちゃんの次は……積木君へのプレゼント♪」
「きっと気に入る筈よ」
「受け取れい!」
「わっ!?」
3人から一気に手渡されたプレゼントで、申し訳なさが緩和された気がする。
瑠衣さんはハンカチ、長平さんは愛実さんと色違いの伊達眼鏡、ありすさんは抹茶お菓子の詰め合わせ。
伊達眼鏡に至ってはすぐ装着せよと、眼力の訴えもあって着けた。
「お揃じゃん♪ ふふふ~♪」
「だ、だね」
愛実さんのニヨニヨ嬉しそうな顔を見たら、何となく僕のプレゼントも自信を取り戻せる。
「ところで♪ 愛実ちゃん達はこの後どうするの?」
「お昼の買い出しだな! 積っちと家でお料理教室なんだわ!」
「あらあら……まぁまぁ……」
「へぇー! おもろそうじゃん! なぁなぁ! 一緒に行ってもいむぶぅ!?」
「息抜きは終わりよ、ありすちゃん」
「だね♪ それじゃ私達はこれで♪ またねー♪」
口塞がれたありすさんを引き摺り、颯爽と去って行った。
3人に翻弄こそされたけど、最終的には結果オーライだった。
「で、何作るん? ワクワク♪」
「え、呉橋さんも来るんですか?」
「愛実ちゃんの手料理! ゴチになりまーす!」
呉橋さんと出会ったのが運の尽き。
初めから愛実さんと2人っきりになるなんて、無理だったんだ。
詰み体質の運命は、もう誰にも止められない。
「ごめんなさい! 今日は積っちと2人だけって約束してるんです!」
「え、私無理ぽ?」
「今日だけは!」
快く受け入れるかと思えば、頭を下げてまで丁重にお断りしてる。
呉橋さんもバツ悪そうな顔で、頬をポリポリ掻いてる。
「あー……なんかすんまへん。今すぐ撤収します!」
「く、呉橋さ」
「あ、最後に洋君のプレ渡さんと。ほい!」
「ちょわ!?」
「んじゃ、バイビー!」
雑に投げ渡されたプレゼントは、サバブラのアサシンスタイルのラバーストラップ。
顔を上げた時には、呉橋さんの姿はなく、お礼の一言も言えなかった。
「会長のフォーム綺麗だったなー」
「そ、そこ?」
着眼点が愛実さんらしくて、自然と頬が緩んだ。
気を遣ってくれた呉橋さん達には、お礼の言葉と一緒に、料理写真を撮って送ろう。
♢♢♢♢
買い出しも無事終わり、エコバックを1ずつ持って愛実さんの家に向かってる。
料理教室で教えて貰えるのは和食三昧。
和食好きなのもあって、今から楽しみで仕方がない。
「でさ! 姉貴が間違って食べたの!」
「え、平気だったの?」
「ダメダメ! 姉貴のあんなやせ我慢した顔、初めて見たもん! 本当ワサビってヤバいわ!」
お互いのお盆話に花咲かせる内に、愛実さんの自宅が見えてきた。
好きな人との時間はあっという間だ。
「まぁ、主犯格の花音達はすぐに、こっぴどく説教されてたけどな!」
「ワサビ寿司だもんね、花音の自業自得」
「だよなー! お、もう家じゃん! 早! ……ん?」
インターフォン前で茶髪の女の子が、オロオロと家の中を窺ってる。
Tシャツ短パンのラフな女の子は、すぐに誰か分かった。
「花音? なした?」
「あ、愛実ちゃ……よ、よよよ洋先輩?!」
「え、そんなに驚く?」
パッパッと慌ただしく身形を整える花音は、どうやら忘れ物を取りに来たそうだ。
「連絡したのに音沙汰なしだから、何かあったかと思ったよ」
「ごめんごめん、普通にスマホ見てなかったわ!」
「もう……」
ホッとする花音を撫でる愛実さんが並ぶと、従姉妹なだけあって似ている。
「と、ところで……よ、洋先輩は遊びに?」
「ううん。今日は愛実さんとお料理教室なんだ」
「え、ふ、2人っきりで?」
「うん」
あからさまに動揺する花音から、可愛らしいお腹の音が聞こえた。
真っ赤になった花音が、必死にお腹を叩いて誤魔化すも、身体は正直に音を奏で続けてる。
「お? 花音、もう腹減ったのか?」
「あ、いや、しょの……ぺ、ペコペコでございます!」
「そっか! なら一緒に作って食うか! 積っちもそれでいいか?」
「勿論、花音は今食べ盛りだからね」
「は、恥ずかしぃっす……」
花音なら呉橋さんと違って、茶々入れする真似はない。
僕らは言葉を交わさずとも、そう解釈し合ってたに違いない。




