8話 誘惑された姉妹、フランクな美少女、飲ませたい令嬢、好きな人の変わったところ
一度姉さんと空に事情説明するのに、天宮寺さん達と家に戻った。
「お兄ちゃんを1週間も独占するなんて、普通に許せない、です。どんなに偉い人でもね」
「私も洋が1週間いないと寂しいわ……」
家族の了承が得られない以上、1週間のお泊まりは無効。
お泊まり以外なら、勿論力になるつもりだ。
「タダとは一言も言ってませんよ?」
パンパンと手を鳴らすと、縣さんがチケットらしき紙を取り出した。
「こちら帝王ホテルの数量限定高級モンブラン無料券になります。ご協力頂ければ、あと30枚差し上げます」
「も、もんぶりゃん!」
「そ、空?」
モンブランは空のスイーツランキングで不動の一位。
幸せそうな顔が心揺らいでる証拠だ。
「こちらは、ぬいぐるみ職人アーデリアンの会員限定展覧会と、ぬいぐるみ講座の招待券です」
「にゅ、にゅいぐりゅみ……」
「ね、姉さん!?」
ぬいぐるみ大好きな姉さんは、度々アーデリアンの展覧会に行きたいと寝言で言うぐらい、大ファンなんだ。
ピンポイントの交渉材料を用意するなんて、天宮寺財閥の力があれば、一個人の込みを調べ上げるのも、手に入れることも容易なんだ。
「お兄ちゃん……私、帝王ホテルのモンブランを飽きるまで食べるのが、1つの夢だったの……」
「洋……私は……その……」
そもそも僕が素直に首を縦に振れば、すんなり済む話だ。
たったそれだけで姉さんと空、天宮寺さんも幸せになるんだ。
詰み体質による細心の注意を払って、1週間過ごせばいい。
たったそれだけなんだ。
ようやく決心が付き、緊張で渇き切った口を開いた。
「い、1週間。よろしくお願いします」
「わぁー♪ 心の底から嬉しいです♪」
「お嬢様がこんなにもお喜びになる日が来るとは……うぅっ……」
縣さんも天宮寺さんの傍にいたからこそ、不幸ではない嬉しい姿を見られて、込み上げて来るものがあるんだ。
1週間のお泊まり、無事に乗り切ろう。
♢♢♢♢
「それでは洋様を丁重にお預かりしますね♪」
「お兄ちゃんをよろしくお願いします!」
「洋、何時でも連絡して頂戴。私も連絡するから」
「うん。僕もそうするよ」
1週間分の寂しさを埋めるように、ヒシっと抱き合った。
2人が幸せならそれでいいんだ。
名残惜しみつつ離れ、荷物と一緒にリムジンに乗り込もうとした時、不意に名前を呼ばれた。
「おーい、積木ーどうなってんだこりゃー?」
「あ、霞さん」
「貴方が伊鼠中霞さん! どうですか? 一緒に登校しませんか?」
「お、イイんっすかー? じゃ、お言葉に甘えてーっと」
霞さんみたいにフランクで気軽になれたら、どれだけ心持ちようが楽か。
姉さんと空に見届けられ、遠ざかる自宅が見えなくなるまで見続けた。
「すげぇー! めっちゃ座り心地良いし、快適だし、いい匂いー! リムジン、最高っすね!」
「うふふ♪ 飲み物もありますよ♪ お好みは?」
「甘々のココアで!」
テンションがずっと高い霞さんに、ニコニコ楽しそうにおもてなし。
仲睦まじい2人に挟まれた状態で座ってる。
霞さんが動けば、ムニムニ柔らかな感触が触れ、天宮寺さんには常に腕を組まれ、ずーっとむにゅんと挟み込まれてる。
「どうぞ♪ ココアです♪」
「アザッス!」
「洋様は何になさいますか?」
「へ? か、カルピソで!」
「承りました♪」
片手でテキパキと準備して、プレミアムカルピソがグラスに注がれる。
グラスを受け取ろうと、手を差し伸ばすも、天宮寺さんはそのまま飲ませようとしていた。
「お口、開けてくださーい♪ あーん♪」
「飲め飲め積木ー! ひゅー!」
「わ、分かりましたから、冷やかさないで下さい」
恥ずかしさを飲み込み、適切なペースで飲ませてくれるカルピソは、大変に美味しかった。
「はい♪ 上手に飲めましたね♪」
「い、いえ……」
霞さんもニヤニヤと動画を撮らないで欲しい。
平常心を装ってても、結構精神的には疲れてるんだ。
「ところでなんっすけど、先輩って何者なんっすかー?」
転校してきて日も浅いなら、知らないのも無理ないんだ。
直々に自分自身が何者かを、手短に口頭で説明していた。
「へぇーヤバいっすね! あ、ココアのおかわりいいっすかー?」
「勿論いいですよ♪」
正体を知っても尚、全くものともしない不屈の精神。
何でも受け入れられる寛大な心は、本当に尊敬の一言に尽きる。
「てか積木ー愛実達に伝えてあんのかー?」
「あ!」
時間的にはもう、愛実さんと合流してる頃合いだ。
大慌てでスマホを出し、愛実さんに謝罪と経緯を送った。
すぐ既読がつき、返事こそ少し遅れて来た。
《ふーん……千佳さん達に甘えてやる》
ぷくっと頬を膨らませて不機嫌な、可愛らしいスタンプが後付けされた。
へそを曲げられた反応の、ちょっと可愛らしい一面が見られ、思わず嬉しくなる。
今日から1週間、愛実さん達と一緒に通学出来なくなると考えたら、ぽっかりと寂しい穴が開く感じがした。
高校で会えるにしても、やっぱり一緒にいる時間が減るのは、少しだけ残念だった。
♢♢♢♢
北高に着くなり生徒達には驚かれ、2日連続登校する天宮寺さんはもっと驚かれてた。
呉橋会長や生徒会役員の皆さんからも、驚きを隠せない連絡が来て、朝から本当に忙しなかった。
「では洋様♪ お昼休みにまた来ますね♪」
「は、はい」
「うふふ♪」
教室まで付き添ってくれ、生命力の溢れるハミングスキップ姿を見送った。
教室内の視線がビシビシ刺さる中、赤鳥君も妬ましい視線を送ってるけど、何でか頬が赤く腫れてた。
赤鳥君の事情はさておき、自分の席に視線を向け、一筋の汗が額から流れる。
愛実さんが僕の席に座り、ジト目で見てきてるんだ。
峰子さんや来亥さん達も視線で、早く謝罪を、って訴えてるから、挨拶前に謝罪をしないと。
「あの……愛実さん。連絡が遅れてすみま」
「汝に問う」
「え?」
「今日の私は昨日と違う。それを具体的に答えよ」
どこか悟った顔になったと思えば、スフィンクスみたいなクイズを出してきた。
今日の愛実さんは昨日と違う。
シンプルながらも、かなり難しい問いだ。
「峰子師匠や竹つん達は見事正解してる。ちなみにクソドリにも聞いたら、あのザマになりました」
これで赤鳥君の頬が赤く腫れてる理由が判明。
答え様によっては、同じ目に遭うのかもしれない。
いくら好きな人でも、ビンタは食らいたくない。
必ず正解しないと。
まず愛実さんの頭の天辺から脚のつま先まで観察だ。
ショートの黒髪は艶があってサラサラ。
美形の日焼け肌小顔も愛らしくて可愛い。
主張しないスレンダー体型も、しっかり女の子らしくて良い。
陸上で叩き上げられた美脚は言わずとも。
特に変わった様子は無いのに、さっきよりも顔が赤らんで、もじもじしてる。
いつまでも見てられるけど、そろそろ答えを出さないと。
ヒントは昨日今日で変われる、限定された条件。
考えられる限り照らし合わせてると、ハッと違いに気付いた。
「あ、薄くメイクしてますか?」
「……うん。当たり……」
ナチュラルメイクに違和感がなくて、危うく気付かないところだった。
峰子さん達からは、うんうんと頷いて貰い、赤鳥君は机に頭突きを繰り返してた。
「てか、見過ぎ……」
「す、すみません」
「別に嫌じゃなかったからいいけど……えへへ」
機嫌は良くなったみたいで良かった。