☆76話 赤らむ女優、女優達とお昼、妬く従姉
※2023/10/10文末に出雲此方のイラストを追加しました!
※イラストが苦手な方はスルーで!
なんで君がここにいるのか。
空達と神対応挨拶を交わす渚さんが、圧で語りかけて来てる。
だから真摯な態度で真っ直ぐ見つめて、分かりませんと目で伝えるしか、僕には出来ないんだ。
結果、お気に召さなかったのか、顔色が仄かに赤らみ、握手越しの体温が上がり、怒り心頭だった。
場が場でなければ鉄拳制裁の嵐だ。
「てか、撮影やんじゃねぇのか?」
「っ!? そ、そうでした! い、行きましょう此方さん!」
「わぉ! あ、皆、見学してってね♪」
貴重な映画撮影見学に赴く一方、僕だけは心ここに在らずなのも無理なかった。
♢♢♢♢
《待って! あなたは誰なの?》
《っ……》
現在の自分を此方さん、過去の自分を渚さんが演じ、自分の未来を変える物語だそうだ。
応接室での和気藹々と違い、没入不可避な演技力に、現場の誰しもが息を呑んでる。
画面越しじゃ伝わらない、生でこその演技はきっと、いつまでも忘れないと思う。
そんな女優と一般人の住む世界が違っても、詰み体質には通用しないんだから、我ながら恐ろしい。
「……ハイ、カット。文句なしの一発オッケーっス!」
監督さんの一声で、現実に引き戻されても、余韻が残り続けてる。
一番に飽きそうな蜜葉ですら、静かに釘付けになるぐらいだ。
「み、蜜葉ちゃん? お、おーい?」
「彦人お兄ちゃん。今の蜜っちゃん、物凄く集中してて、何も聞こえないよ……」
「そ、そうなの? 初めて見たかも……」
興味あるものなら、とことん興味を示し続けるのが蜜葉だ。
もしかすると女優の道を、自分なりにあれやこれや考え中なのかもしれない。
身体を動かすのが大好きな蜜葉だから、アクション女優なんかピッタリだ。
いつどんな時、誰がどんな影響を与えるか、本当にわからない事ばかりだ。
順調に進む撮影も一区切りつき、しばしの休憩に。
「どうぞ♪ ゆっくり休んでくださいね♪」
「まだまだ続きますが、お互いに頑張りましょう!」
見守ってたスタッフ陣に、冷たい飲み物を手渡す此方さんと渚さんは、神対応女優そのもの。
芸能関係話で噂される、芸能人の裏の黒い部分は、2人にとって無縁だ。
「はい♪ 雀子さん♪」
「あんがとさん。此方、昼飯はウチで食ってけよ」
「まぁ♪ 嬉しいわ♪」
「てか、来れる奴ら全員来い」
今朝方、台所でお婆ちゃんが頭を悩ませてたのは、この事だったんだ。
「凪景さんと一緒にご飯……ほわわ……ゆ、夢みたい……」
「空お姉ちゃん、しっかりして……」
「ふふふ。私も楽しみだよ♪」
お世辞抜きに楽しみにしてる渚さんは、僕が飲み物を受け取った際そっぽを向き、未だ消えないお怒りを鉄拳発散されないか心配になった。
♢♢♢♢
撮影再開を機に、撮影場から去った僕らは、帰りに買い出しの寄り道をしてる。
此方さん達を含めたら積木家に約60人が集まるんだ。
此方さん達が持ち寄ってくれても、もしもに備えておかないとなんだ。
「蜜葉ぁ。菓子ばっか入れるな」
「みんなで食うからいいじゃん! あとこれも、これと……」
「虫歯になっちゃうよ……蜜っちゃん」
「……きょ、今日はこれぐらいでいいかなー?」
虫歯=歯医者が根付いてるのか、効果的面。
アシスト吉穂自身もこっそり好きなお菓子を追加してる。
僕も渚さんのご機嫌取りお菓子選抜を始めないと。
同じ甘党だからこそ、お菓子選抜が試されるんだ。
「お兄ちゃん、今日は随分と悩むね」
「うーん……死活問題でもあるからね……」
「?」
渚さんは凪景、その大ファンの空。
灯台下暗しとはこの事だ、是非ともアドバイスを聞こう。
「あ、そう言えばお兄ちゃん」
「あ、え? な、何?」
「凪景さん達の前で、全然緊張してなかったね」
「え。あ、いや……し、してたよ?」
大ファンの女優と実兄が交友関係持ち、なんて口が裂けても言えない。
「そうなの? あ、甘盛りスフレクッキー! 凪景さんが今ハマってるやつ♪ これにしよっと♪」
「あ」
今一番手に入れたい情報と物品が、カゴに吸い込まれた。
ハマってるものなら間違いない安全策を、空にやられたのは痛恨の極みだ。
許される道がほぼほぼ無くなった以上、僕のお気に入りの抹茶チョコを選ぶしかなかった。
♢♢♢♢
「大事な可愛い可愛い甥っ子の誕生日だ! 一発景気良く、祝い歌をやるぜぇ!」
総勢60名によるバースデイソングは圧巻そのもの。
主役の僕も緊張を通り越して、軽くハイになってる。
バースデーソング後、各々が誕生日会を和気藹々と過ごし始めた。
それにしてもスタッフさん達の8割が女性で、四方八方どこを見渡しても詰み場が発生してる。
「洋、誕生日おめでとう」
「へ? あ、ありがとう姉さん」
「弟が洋で幸せ者よ」
「うん、僕も姉さんが姉さんで良かったよ」
普段言えない照れ臭い言葉と、プレゼントをくれた姉さんは今、ビキニ姿だ。
しかも姉さんだけに留まらず、従姉妹の皆がだ。
発案者は文乃ちゃんと莉緒奈ちゃんだ。
「人の多さと暑がりもあって、2人はプールにいるわ」
「だね……凄い目力……」
姉さんと入れ替わりで、女性スタッフさん達の会話ラッシュが炸裂。
男子高校生の流行り、食べ物、恋愛事情はどうなってるのか、簡潔な返事で精一杯だ。
「サバプレね! 弟がやってるよ!」
「シークレットスターは誰推し? 私は千鶴ちゃん!」
「やっぱ今の子って、SNSで告る感じ?」
そして何より、距離間が滅茶苦茶に近い。
当たり前に肌が触れ合い、薄着姿が大人の色気と一緒に、思考を鈍らせてくる。
「日頃お仕事疲れのお姉さん達に、現役青春エピ頂戴♪」
「聞きたい聞きたい!」
「ちょ、ちょっと待っおゎ!?」
「はい、休憩タイム~こっちでゆっくりしようね~」
背後からスポッと抜き出してくれた日和ちゃんに救出された。
お姉さん達の残念がる声を背に、仏間まで運ばれた。
「あ、ありがとう日和ちゃ」
「休憩にピッタリな膝枕~」
強制膝枕は勿論、生足ビキニ仕様だ。
ひんやりすべ肌の極上感触は、癒し効果抜群。
ただし場が場だ。
突き刺さる無数の視線の前じゃ、癒しもなにもない。
だから膝枕じゃなく、普通に座り直そう。
「ありがとう日和ちゃん。もう大丈」
「まだお休みしとこうね~」
おでこに指を一本置かれただけで、全く起き上がれない。
「大人のお姉さん達に囲まれて楽しかった~?」
「へ? ま、まぁ……」
「へぇ~妬けちゃうな~」
立派な双子山で顔が見えずとも、日和ちゃんの心境が伝わってくる。
普段温厚だろうと、いざって時には怖くなる。
日和ちゃんはそれだ。
「身内なら許せるけど~他所様に取られちゃうのは、やっぱり嫌かな~」
「あ、あの……起きたんぐっ!?」
「洋君と会えるのって、大体年に数回でしょ~? だったら尚更だよね~」
膝枕から太ももサンドで、頭部が完全に拘束。
このままだと日和ちゃんが満足するまで、一切身動きが取れない。
堅牢な太ももサンド牢獄から脱出する方法は、確かにある。
ただ同じ弱点を持つ身としては、やりたくはない。
「もっと甘えて~構ってくれて~昔みたいに一緒に眠ってもいいんだよ~?」
「み、みんなに見られ」
「日和お姉ちゃんの言うことを聞けない悪い子は、抱き枕にしちゃおうかな~?」
ビキニ抱き枕をされれば脱出不可能だ。
やられる前に心を鬼にするしかない。
日和ちゃんの脇腹に手を伸ばし、弱点の擽りを炸裂した。
「みゃふん!?」
「おわっ?!」
軽く吹き飛ばされる超敏感反応で、脱出成功。
不意な弱点攻撃に日和ちゃんは、一瞬で骨抜き状態だ。
逃げ出すなら今しかない。
「ご、ごめんね!」
次なる詰み要素までに、一度クールタイムを設けないと身が持たない。
安置の2階寝室なら、いくらかは時間を稼げる筈。
忘れ物を取りに行くふりで、玄関方面の廊下へと出た。
視線こそ向けられるも、誰かが追ってくる気配はなかった。
あとは階段を駆け上がれば大丈夫。
そう高を括ったのが運の尽き。
死角から現れた女性と軽くぶつかった。
「キャ! ご、ごめんなさ……」
「こちらこそ、ご……」
よりにもよって相手が渚さんだった。
目が合うなり顔を赤くし、プイッと顔を背けられた。
そんな危機的状況下、渚さんから仄かな抹茶チョコの香りが、僕の鼻を擽った。




