67話 回避先の豊満な胸、もしも揉んでいたら、感謝の底無し胸埋め、追いかける後ろ姿、幸福の花火、浴衣お姉さんの正体
猫恋さん探し再々開から早数十分。
虚しくも時間だけが過ぎ、一度皆と集合する事に。
一足先に集合場所へ着き、屋台飯を食べつつ長平さんと待ってる。
「お盆から海外で過ごすんですか」
「あくまで勉強の為よ」
長平さん曰く、有名若手ファッションデザイナーのお姉さんの下で、短期留学するそうだ。
ありふれた情報より実経験を得てこそ意味があると、お姉さんに昔から言われてるらしい。
限られた時間の中で、進むべき道を歩く長平さんは、本当に尊敬できる。
僕も夏休みという時間で、愛実さんとの距離を一歩でも多く縮めるんだ。
「積木君はどうなのかし……口横にまたソース付いてるわよ」
「あれ? 気を付けてるんですけ」
「ペロッと頂きますわ♪」
「ひょわっ!?」
眞燈ロさんの不意打ちペロ舐めに、咄嗟に回避行動を取ってしまった。
回避先にいた長平さんの豊満な胸に、不覚にも両手が着地。
それだけにとどまらず、反射的に数回指を動かし、まるで安全確認をするように揉んでいた。
「……積木君」
「す、すみません!?」
「あらあら洋様ったら♪ 長平さんには劣りますが、私のは好きなだけお揉みになって構いませんわ♪」
浴衣がスルリと緩み、鎖骨から肩まで肌が露出。
谷間もどんどん露わになり、本気で揉ませる気満々。
長平さんと眞燈ロさんの別々のプレッシャーに押し潰されそうな中、僕の前に人影が現れた。
「デカ乳誘惑の取締りじゃい!」
「あん♪」
はだけた眞燈ロさんを着直させた救世主は、紛れもなく愛実さんその人だった。
「大丈夫か! 積っち!」
「め、愛実さん!」
脅威から守ってくれた愛実さんは、ニカっと可愛らしく振り返り、僕の手を見て小首を傾げてた。
「ん? 積っち……手の平のそれ、何だ?」
見覚えのないピンク色のハート型肉球模様が、手の平あった。
偶然にしてはくっきりハッキリ付いてる模様に、思い当たる節が一つだけあった。
草履を直した浴衣のお姉さんに、ブンブン握手された時だと。
「もしかしてこれって……猫恋さんの……」
もしこの模様が肉球ラブスタンプなら、あのお姉さんが猫恋さんって事になる。
偶然の産物か、詰み体質によるものなのか。
どちらにせよ、草履直しを教えてくれた中山さんに感謝だ。
「てか、長ちゃんの胸にも同じの付いてる……」
「あら♪ ホントですわね♪」
「そうね。揉まれてしまったから、付いたのよ、きっと」
「ちょ!?」
「にゃ、にゃんだって!? 積っち!? 何で揉み揉みしたんだ!?」
肩を掴んで激しく揺する愛実さんに、必死に経緯を説明。
長平さんも否定せず、愛実さんは納得したご様子で、肩にポンと手を乗せて来た。
「揉んでたら、どうなってたことやら♪」
グッと力の込められる手が、もしもを物語り、静かに僕は頷いた。
スッカリ機嫌の戻った愛実さんが、僕の隣に座ろうとするも、眞燈ロさんが先に腕を絡めて来てた。
「うふふ♪ 洋様の隣が一番落ち着きますわ♪」
「なななな!? で、デカ乳押し当て禁止ですって!?」
「腕を絡めたら勝手に当たってしまうんです♪ ですよね? 洋様♪」
「い、いや……あ、当ててると思います」
「言質取りました! 愛実レスキュー出動! てりゃぁあああ!」
可憐な手刀で接着面を剥がし、僕をベンチから抜き取り、腕を絡めた愛実さん。
またしても守られてしまった中、峰子さんが瑠衣さんを担いでやって来た。
「待たせたな」
「あらあら、瑠衣さんはどうしたのでしょう?」
事情を聞くと、チームごとに別れてすぐ、峰子さん目当ての女性達が集まり始め、瑠衣さんがせっせと守りに徹した結果だそう。
自ら盾となり守り抜いた瑠衣さんを、異性ながら見習うべきものがあると感心した。
「って事だ。瑠衣はこのまま担ぐことにする」
「流石に師匠の負担が大きくないか?」
「浴衣もシワになっちゃうわよ」
「平気だ。元を辿れば私が原因な」
「おい峰子。とっておき思い付いた」
ヌッと峰子さんの背後に現れた六華さんは、沢山の屋台飯を両手に抱え、一度瑠衣さんをベンチに寝かせるように指示。
「で、何するんだ六華?」
「いいから見とけ」
もきゅもきゅイカ焼きを咥え、ニヤニヤ顔で何をするかと思えば、瑠衣さんの鼻と口をキュッと摘まみ始めた。
みるみる顔が赤くなり、ぷくーっと両頬も膨れ、そして目をかっぴらき上体を起こした。
「んっぱぁぁああああ?! り、六華ちゃん?! て、天に召されるところだったよ?!」
「嘘演技で峰子に担がれてた、お前が悪い」
図星だったのか、開いた口が塞がらないまま、ぎこちない動きで峰子さんを見上げ、一言すみませんでしたと謝ってた。
「瑠衣」
「は、はい……」
「私を守ってくれた事には変わりない。だから、ありがとう」
「み、峰子ちゃみゅ?!」
ギュッと優しい底無し胸埋めに、体をビクビク動かす瑠衣さんは、幸せオーラを溢れ出してた。
これこそイケメン姉御肌美女峰子さんの、懐深い性格を知らしめる素晴らしい光景だった。
和やかな雰囲気に包まれてると、遅れて里夜さん達もやって来て、1時間弱振りの全員集合になった。
「皆さん。集合早々ですが、10分後には花火が始まります」
「うぉおおお! 特等席を確保しに行くぞぉお!」
「走ると危ないわよ」
激走しかけるありすさんを、慣れた手付きで止めた長平さんは、穴場の特等席を知ってるらしく、案内してくれるそうだ。
「花火目当てにぞろぞろ大量移動を始めてるわ。間に合うかどうか、かなりの瀬戸際だけど、慌てず急ぐわよ」
「なら先陣切ってやるぜ! うぉおおおうげぇ!?」
「貴方は私の後ろよ、ありすちゃん」
帯掴みの強制ストップで、お腹が締め付けられ、ありすさんが大人しくなった。
すぐに霞さんがチョコバナナを食べさせて、ケロリと元に戻ってた。
「道筋は人混みの大河を突っ切れば、ギリギリ間に合うわ。けど、決して無理強いはしないわ」
お留守番は眞燈ロさん瑠衣さん、峰子さんと六華さんになり、特等席を目指す僕らを見送ってくれた。
♢♢♢♢
時間が刻々と迫る中、人混みの大河の流れに乗じ、対岸まで移動するのが、長平さんの作戦だ。
「一つ間違えれば戻れないわ。いいわね?」
僕の頷きを合図に、いよいよ人混みの大河へと踏み込んだ。
最後尾の僕の前は愛実さんだ。
絶対に見失わない自信がある。
ただ、思った以上に人波が早く、物理的に後ろ姿がじわじわ遠ざかってる現状だ。
加えて詰み体質の弊害で、行く先々に女性が現れ、強引に進めないんだ。
早く愛実さんの後ろ姿が見えて欲しい。
そんな願いが通じたのか、タイミング良く人波が途切れてくれた。
無事対岸に着くもタイミングが急で、結構派手目にコケた。
「いたた……愛実さんや皆は……」
どうやら着いた場所がズレて、屋台と屋台の隙間に着いたみたいだった。
両脇の屋台主さん達に、大丈夫?と心配され、返事し掛けた時。
視界先の屋台裏で、2人の人影が颯爽と過ぎてくのが見えた。
あれは間違いなく女の人に手を引かれる、愛実さんだった。
ただ、相手の女の人が長平さん達でなく、明らかに見知らぬ人だった。
心配してくれた屋台主さん達にペコペコ頭を下げ、慌ただしく屋台裏へと駆け足で向かった。
2人が過ぎた方へと視線を移すと、茂みに入っていく愛実さんの後ろ姿が見え、すぐに追いかけた。
かろうじて会場の明かりがチラつく茂みは、浴衣姿じゃ上手く走れない。
でも、もしもの事をがある以上は、この足を緩める訳にいかない。
走り続けて数分、視界の開けた場所に出ると、愛実さんが1人でポツンと立ち尽くすのが見え、傍まで駆け寄った。
「大丈夫?! 愛実さん!?」
「あ、積っち……って……か、顔近っ……」
「怪我は?!」
「にゃ、にゃい……ふにゅ……」
幸いにもモジモジが忙しないだけで、無傷だったのが何よりもホッとした。
モジモジの止まない愛実さんによると、人混みの大河を移動中、狐のお面を被った女性が僕の事を知ってると、耳打ちしてきたそうだ。
そのまま秘密の観覧スポットに案内すると、半ば強引に手を引き、到着するや否や姿を晦ましたらしい。
どうして見ず知らずの女性が僕を知ってるか一切分からずとも、もう安心しても大丈夫そうだ。
「ふぅ……とりあえず長平さん達に連絡しておかないと」
「だ、だな!」
お互いスマホを出そうとした時、ドンと花火が空に満開に咲き誇った。
まるで僕らが花火を独り占めしてるように、綺麗に僕らを照らしてくれてる。
狐お面の女性の案内通り、秘密の観覧スポットに嘘はなかったみたいだ。
「めちゃ綺麗じゃん! なぁ!」
花火の色鮮やかな光が、キラキラと愛実さんの瞳をより彩り、心臓がいつもより高鳴ってる。
ずっとこのまま隣で見ていたい。
そんな気持ちにさせてくれる愛実さんから目が離せない。
だからいつも言えないような言葉が、自然と零れてた。
「うん。愛実さんの方が綺麗だよ」
「だよなー! ……ふぇ?!」
「……え?! あ! い、今のは違う……わないで……そ、その……」
迷わず素直な言葉を伝えればいいだけ。
吸い込まれそうな愛実さんの瞳を見つめ、もう一度綺麗だと口に出そうとした時、毛色の違う花火が空を彩った。
「ピンクのハート花火……」
「綺麗……って、あれ! 幸運の花火じゃん! やったぁー!」
ぴょんぴょん飛び無邪気に喜ぶ姿に、伝えたい言葉もすっかり気が抜けて、今は一緒に喜びを分かち合いたくなった。
「今でも充分幸せなのに、もっと幸せになれるんだな!」
「そうだね、僕も同じ気持ちだよ」
「えへへ~♪ めちゃ嬉しいわ!」
願わくばこれから先も、愛実さんと色んな景色を分かち合いたい。
日に日に強まっていく想いは必ず愛実さんに伝えるんだ。
「あ! 見て見て積っち! 積っちのアレ、私の手にもうつってた!」
「え? あ、ほんとだ……いつの間に……」
愛実さんの手に触れる機会なんて無かったのに、どうして同じ模様があるのか。
疑問を浮かべる僕に対し、愛実さんがハッとガサゴソ袖を漁っていた。
「そういやさ? 狐お面のお姉さんが去り際に、こんなもん渡してきたんだよな」
「渡された?」
「うん。積っちに見せれば分かるらしいぞ?」
手渡された名刺らしきものを見て、狐お面の女性の正体が分かった。
名刺は猫耳メイドカフェにゃんだふるのメイドさん、もるにゃーさんのものだった。
ガラッと雰囲気も容姿も変わってて、全然分からなかったけど、声色が時折もるにゃーさんと重なってたんだ。
「猫耳メイドカフェのもるにゃー?さん? と知り合いなんか?」
「うん、一回お店行っただけだけど」
「ふーん……積っちにそんな趣味があったとはね……」
「ま、まぁ……そ、それより、今度こそ連絡しないと!」
「あ、分かり易ぅー」
悪戯っぽくツンツンくすぐられつつ、長平さんに電話を掛けると、すぐ近くで呼び出し音が聞こえて来た。
愛実さんがスマホのライト照らし、恐る恐る音の方へと接近すると、地面から急にヌッと人間の頭部が現れた。
「「ひょわっす!?」」
「お! 愛実に洋! ここに居たのか!」
「あ、ありすさん!?」
「ど、どうしてそこ……に……」
どうやら僕らがいたのは、長平さんの特等席から2m高い場所だった。
位置的に会話を聞かれてたんじゃないかと、僕らは込み上げる恥ずかしさに顔を伏せ、もはや花火どころじゃなかった。




