66話 好きな子のモテっぷり、お気持ち表明、鈍さに呆れるクール美人、浴衣姿の綺麗なお姉さん
長平さんは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、僕に言葉の嵐を浴びせて来た。
「積木君の鈍さには、見てるだけでかなり頭を抱えたわ!」
「す、すみません……」
「でも、林間学校で自覚してくれたから、多少はマシになったわ!」
「な、なら良かったです?」
「何も良くないわ! 大体、積木君の優しさと鈍さで、愛実ちゃんや周りの女の子達がどれだけ惑わさせられた事か!」
「も、申し訳ないです……」
「そもそも! いつまでも悠長にしてたら、他の男に愛実ちゃんを取られるわよ!」
「え!? ほ、本当ですか!?」」
「状況的に嘘付かないわよ!」
長平さん曰く、別クラスの愛実さんの友人、純さんと理沙さんに、中学時代の話を聞いたそうだ。
告白された回数は、優に2桁越え。
他校の生徒からも何度も告白されるモテっぷりは序の口。
全員がリア充、人望有り、人気者の3点セット持ちだったらしい。
ただ、当時の愛実さんは陸上一筋で、誰ともお付き合いはしなかったそう。
「変わらず狙ってる男子も多いけど、陸上部を辞めてからは更に増え続けてるそうよ」
「い、一体どれぐらいいるんですか?」
「タメなら数十人、年上年下合わせれば100は超えるわ」
「ひゃ、100超え……」
想像以上のライバルの多さに挫けそうでも、僕が出来るのは決まってるんだ。
「積木君。とんでもないライバルの多さに、もし怖気付いてる様なら、私が背中を」
「ありがとうございます長平さん、でも大丈夫です。どんなライバルが現れようとも、正々堂々と僕は僕だけの思いを伝え続けますから」
ライバルもライバルなりに思いを伝えてる。
だから僕も変わらずに少しずつ、思いを伝えればいい。
返答が正解だったのか分からないけど、長平さんの圧がスゥーっと消えてた。
「なら安心ね。でも、猫恋さんはキッチリ探すわよ!」
「はい! ……はっ!」
「? 急にどうしたの?」
「め、愛実さんってそもそも、恋愛をしたくないかも……です」
愛実さんは陸上人生で背負って来た期待から、やっと解放されて、思う存分自由に羽を伸ばしてる真っ最中だ。
仮に恋愛に興味があっても、愛実さん自身が経験したいとは限らないんだ。
長平さんは眉間にシワ寄せて、僕を睨みつけてた。
「……積木君……私がもし柔道を習っていたら、容赦無く投げ飛ばしてるわよ」
「な、何でですか!?」
「……何でって……いいわね、積木君……愛実ちゃんは」
言葉を遮るように、長平さんの足元からブツんと切れる音が聞こえ、脚がようやく止まった。
足元に視線を向けると、草履の鼻緒が切れた音だった。
「……草履は走るのに不向きね」
「で、ですね……と、とりあえず安全な場所に行きましょう」
「……そうね」
肩を貸しながらベンチまでゆっくりと移動した。
♢♢♢♢
ベンチに腰下す長平さんも、流石に鼻緒の切れた草履を直すのは無理そうで、心成しか顔が暗くなってる。
元を辿れば僕が鈍感だったのが原因なんだ。
可能な範囲で長平さんを安心させないと。
「あ、あの、長平さん。鼻緒直すんで草履いいですか?」
「……え? 出来るの?」
「はい。近所の呉服屋さんで昔、色々と教えて貰ったんで」
呉服屋さんの中山さんのところで、色んな体験教室とかを開かれて、よく姉さんと空と混ざって参加してたんだ。
勿論、やれるのは対処法ぐらいだから、まずはどの程度の具合なのか見極めないと。
草履を丁寧に受け取り、そもそも直せる草履かどうかを確認すると、僕でも直せる具合だった。
袖からガサゴソと、もしも用草履直しセットを出し、早速取り掛かった。
直す手順を思い出しながら、せっせと作業すること数分。
草履が大丈夫かどうか、一度履いて貰った。
「どうですか? きつくないですか?」
「丁度良いわ。ありがとう」
「いえいえ、どういたし」
「いたた……」
背後から女性の軽く痛がってる声が聞こえ、視線が自然と声の方へ向いてた。
浴衣姿の綺麗なお姉さんが隣ベンチに座り、草履を脱いで肩をガックリ落としてた。
恐らく草履問題だと思い、僕はお姉さんに声を掛けてた。
「あの……いきなりですけど、すみません」
「へ? は、はい? 何でしょう?」
「もしかしてなんですけど……草履がきつい感じですか?」
「は、はい……買った時にサイズ間違えたみたいで……」
サイズ違いのまま無理して歩き続けてたのか、親指の間が痛々しく赤くなってる。
「えっと……はい、絆創膏使って下さい」
「あ、ありがとうございます……いつつ……」
「お姉さんさえ良かったらなんですけど、草履の調整を任せて貰えませんか?」
「え?」
いきなりな事で一瞬戸惑うも、背に腹は代えられない思いが勝ったのか、任せて貰えた。
鼻緒は一度伸ばしたら戻らないそうだから、慎重に加減しないといけない。
お姉さんが心配そうに見つめる中、鼻緒の微調整と確認を数回繰り返すと、お姉さんの顔がパァっと明るくなった。
「あ! これぐらいが滅茶苦茶フィットします!」
「ほっ……では、もう片方も引き続きやりますね」
「お願いします!」
あくまでも直しは素人だ。
プロと同じく最後までやり遂げる心持ち様を忘れず、もう片方も直すんだ。
身の引き締まる思いを引っ提げた甲斐あり、もう片方も無事に直せた。
「ありがとう! このご恩は忘れないよ!」
「うぉうぉ! お、大袈裟ですよ! うぉうぉ!」
両手を包む握手を元気にブンブンし、感謝してくれたお姉さんは、夏祭りで使える食事券5千円分を握らせ、人混みに消えてった。
遠慮する暇さえなかったものの、皆と合流した時に奢れそうだ。
「ジー……」
「な、長平さん? な、なんですか?」」
「……赤鳥君と違って、鼻の下は伸びてないわね」
「ま、まぁ……そ、そういえば、さっき何を言い掛けたんですか?」
絶妙なタイミングで鼻緒が切れて、聞けずじまいだったんだ。
長平さんが覗き込む体勢を戻し、顔を僕から背けて、一言だけこう言ってきた。
「何も言ってないわ」
「え。いやいや、愛実ちゃんは……の後ですよ?」
「……」
「む、無言は卑怯ですって!?」
反対側に回っても顔を背けられ、何をやっても無駄だと分かり、早急に諦めがついた。
長平さんが知っている愛実さんの何かを、知れる日は来るのか。
全く分からないまま猫恋さん探しを再々開する僕らだった。




