64話 異性の理想像、お祭りキラー女子、ミステリーフレン
猫恋さん探しから数十分。
お祭りの催物を楽しむ僕らは、夏祭りにすっかり夢中になってた。
いつも表情を崩さない長平さんも、段々と表情が柔らんで、新鮮な気持ちを同時に感じてた。
高校以外で2人っきりなんて初めてで、コミュニュケーションが取れるか少し不安はあったけど、存分に楽しめてる。
「ん、ベビーカステラ発見よ。食べましょう」
「了解です!」
かれこれ数店で買い食いし、腹半分目まで満たされても、夏祭りの効果でまだまだ入る。
長平さんに至っては、僕の倍以上食べてるのに、まだ腹2分目だそうだから、買い食いはまだまだ終わりそうにない。
買って来てくれたベビーカステラを一緒に食べてると、僕の方を見てクスッと笑みを溢してた。
口横に砂糖が付いてたらしく、拭おうとする前に、指で優しく拭われ、パクっと拭った指を自分の口に咥えてた。
「ふふ、甘いわね」
「ふぁ、ふぁい」
相変わらずな翻弄っぷりを披露する経験豊富そうな長平さんには、前々から恋愛相談を少ししてみたかったんだ。
2人っきりの今の内に、恥を忍んで聞いてみよう。
「そ、その……長平さんが嫌じゃなければなんですけど……」
「? 何かしら」
「な、長平さんの恋事情を聞きたいなーと思いまして……」
「構わないわ。で、何が聞きたいの?」
急な話題にも適応、まさに大人の余裕だ。
とは言え、見切り発車な話題切り出しだ。
まずはジャブ程度の話題だろう、長平さんならではの、異性の理想像を聞いてみたいところだ。
「え、えっと……な、長平さんの中でい、異性の理想像って、どんな感じですか?」
「異性の理想像なら、彼一択ね」
「え」
「見せて上げるわ……はい」
心構えもないまま、目の前に映るスマホ画面を、ハッキリくっきりと刮目。
長平さんの方から腕を組む、八頭身イケメンとのツーショットだった。
と一瞬思ったら、異様に彼氏さんが無機質に見え、すぐに理由が何か分かった。
「……ま、マネキン……ですよね?」
「マネ夫よ」
「ま、マネ夫……さんですか」
顔が触れ合いそうな接近で、僕の手を握りスマホ画面をスライド。
多種多様な服装とポージングをとるマネ夫と、モデル顔負けの美しい長平さんとの、ファッション誌風写真が次々に視界に焼き付く。
「昔からリアル異性にはうんともすんとも、心が靡かないの。だから従順な彼が、異性の理想像になる訳よ」
「な、なるほど……」
「ただ、最近はリアル異性に興味出てきたわ」
「へ?」
僕を見ながらの意味深発言後、パシャリといつの間にか切り替わってたインカメで、ツーショットを撮られた。
スマホ画面に写ったアホ面の僕を、妙に色っぽい指使いでなぞる長平さんは、直接僕の顔に触れ始め、そのまま耳元で囁いた。
「積木君みたいな、可愛げのある異性なら……私は構わないわ」
「そ、それって……」
「ふふ……安心して頂戴。好意的なだけで、恋愛感情は無いわ」
「あ、あふっ……」
手の平の上でコロコロ弄ばれても、長平さんに心許してるから、全然嫌な気持ちにならない。
「身になる恋愛アドバイスは無理でも、積木君達の恋路には協力するわ」
「あ、ありがとうございます! わぷっ!?」
「もう一つ言い忘れてたわ。私、積木君を知る度に、どんどん母性が目覚め始めてるの……ふふ」
生肌も同然な胸埋めの底無し柔さと、包まれる優しい温もりが顔一杯に触れて、息が物凄く辛い。
両肩を掴みギブアップしかけた時、数m先の屋台で歓声が上がり、長平さんも気が逸れ、胸埋めが緩まった。
この一瞬の隙を逃さず、スルリと体を屈め脱出。
「あ。やるわね」
「ど、どうもです? そ、それより、何が起きてるんですかね?」
興味本位で歓声の中心に行くと、和装姿とダークブルーの編み込みサイドアップの見覚えある女性が、屋台景品を掲げるポーズを取ってた。
そして僕は女性の名前を自然に呼んでいた。
「澪さん……ですよね?」
「ん? 君は……北高の1年生、積木洋君……滝長平さん……でしたよね?」
やっぱり西女生徒会の2年生鵜乃浦澪さんだった。
林間学校で明日久さんが、澪さんはお祭り事とか行事ごとが大好きな人だと、言ってた記憶がある。
「立ち話もなんです。移動しましょうか」
根こそぎ掻っ攫った景品を両腕に持ち、澪さんの行くままに僕らは続いた。
♢♢♢♢
飲食スペースの一角で、僕らとテーブル越しに対面する澪さんは、掻っ攫った景品を子供達にプレゼントしていた。
「ありがとー! おねえさん!」
「お祭り楽しんで下さいね」
「うん!」
「どうもありがとうございます。良かったね、まーちゃん」
「うん! たからものにするの! バイバイ! おねえちゃん!」
去って行くお子さん達に、笑顔で手を振り続け、心温まる光景から早数分。
景品を全部プレゼントし終えた澪さんは、ホクホクと満足そうだった。
「……さて、お待たせしましたね」
「いえいえ、大丈夫です」
「鵜乃浦先輩は、子供好きでお祭り好きなんですね」
「えぇ。例年通り今日は東方面を攻めて、明日は西方面を攻めるつもりです」
2日に渡って全屋台網羅する根気は、もはやお祭りキラーだ。
「ただ、お祭りを楽しむのと同時に、私にはやらなければいけない事があるのです」
「それは一体……」
「猫恋さんという、正体不明の女性と会う事です」
思い返せば林間学校でもツチノコ探しをするぐらい、UMAやらミステリー関連にも目が無い人だった。
「あのー僕達も猫恋さんを探してるんですよ」
「なら話は早いです! 同志は多い程有利! 是非是非ご協力を!」
「は、はい」
「よ、よろしくお願いします」
「そうと決まればミステリーフレンドにも連絡ですね」
「ミステリーフレンド?」
「そのままの意味です。今回は彼女と2人ですが、まず連絡に気付いてくれるかどうかですね」
会場内のどこかにいるフレンドの女性は、澪さん以上にミステリー好きで、何かに夢中だと音沙汰無しが当たり前だそう。
澪さんが電話を早速掛けようとした時、僕らの背後で誰かが立ち止まる気配を感じた。
「おや、澪も休憩中でしたか」
「噂をすればナイスタイミングです、千鶴さん」
聞き覚えのある名前と声に、長平さんと振り返り、目を疑った。
澪さんのミステリーフレンドが、変装してるシークレットスターの1人、仄影千鶴さんだったのだから。




