63話 来年もそれからも、謎の女性猫恋さんの噂、零れ落ちそうな谷間
六華さんにりんご飴を奢り、瑠衣さん達の盗み聞きは許された。
瑠衣さん達がズンズン進み、出遅れた僕の横から、ジーッと愛実さんが何か言いたげに視線を送ってた。
「ど、どうかしたの?」
「いやさー空ちゃんと蒼さん、留守番で良かったんかなーって思ったんだ」
「大丈夫だよ。2人とも、明日のお祭りに行くから」
空自身が明日の明るい内に、宇津姉とオリヴィアさん、友達と行くって言ったんだ。
姉さんはそもそも夜に弱いし、色んなモノに目移りして姿を消す事があるから、明日空達と一緒に行く予定だ。
「そっかー明日は用事あっし、今年は残念だけどしゃーないよな」
「だね。でも、来年もあるから大丈夫だよ」
愛実さんと2人っきりでも行きたいし、皆とも一緒に行きたい。
ただ今年の夏祭りじゃなくてもいいんだ。
それにきっと、愛実さんと一緒ならどこに行っても楽しいんだろうなと、我ながら気持ち悪い妄想をしてたら、愛実さんが横にいないのに気付いた。
来た道を振り返ると、数歩手前で硬直する愛実さんと目が合い、満面の笑みで駆け寄って来た。
「ら、来年もそれからも、ずっと行こうな!」
「う、うん? そのつもりだよ?」
「っ〜!」
地団駄を踏み、自分の足をベシバシ叩き、滅茶苦茶喜んでる。
久し振りに見た自己暴力喜びの音が、思いの外物騒で、周りの人達が何事かとザワついてた。
面倒事になる前に愛実さんの手を握り、足早でその場を去った。
キュッと握り返す小さな手に、夏の暑さとは比べ物にならない温かさを感じてたら、愛実さんが小さく笑ってた。
「ふっふっふ……来年からは蒼さん達しか知らない、積っちのあれやこれやを聞くのが楽しみだわ」
「お、お手柔らかにね?」
「え~? どーしよーかなー?」
可愛らしい意地悪顔も含めて好きなんだと、我ながら本当にチョロい男だって事に、思わず笑ってしまった。
そんな僕らだけの時間も、霞さんの後ろ姿が見えて、自然と皆との時間に戻っていた。
短い時間でも、今はそれだけで十分幸せだ。
霞さんも僕らに気付き、たこ焼きをハフハフ食べながら振り返った。
「はっふはふ……んっく……あんま離れてたら、迷子に……」
「……ん?どしたカスミン?」
ソースを口横に付けた顔で、面白そうにニマーっと笑う霞さんは、こう言ってきた。
「仲が大変よろしいよーで」
「「へ?……はっ!」」
繋いでた手が、あまりにも馴染み過ぎてて、バッと離れた僕らは一気に赤面した。
♢♢♢♢
小休憩がてら、カキ氷を食べて足を休める中、瑠衣さんが皆の視線の中心に立った。
「ねぇねぇ♪皆、知ってる? 墨ヶ丘夏祭りの、う・わ・さ♪」
「噂? 確か、猫恋さんだったか?」
「ピンポン大正解♪ 峰子ちゃんに1ラブポイント♪」
ここ数年前から、毎年墨ヶ丘夏祭りに変装してやってくる、謎の女性猫恋さん。
会えれば肉球ラブスタンプを押して貰え、一発だけ上がる幸運の花火を見れば、来年まで絶好調でいれるらしい。
今時期になるとSNSの検索ワード上位に、必ず候補に上がる有名な噂だ。
「恋愛成就も然り、学業成就やら安産祈願までも、あらゆるプラス効果が付与されるんだって♪」
「神社涙目じゃねぇか」
「誰しもが会えるわけじゃないから、大丈夫だよ♪」
瑠衣さんの追加情報によれば、昨年はたったの5人しか、猫恋さんに会えてないらしい。
10万人以上も行き交う中で、正体不明の1人を探すのなんて、ほぼほぼ無理ゲー。
唯一明かされてる女性情報に絞っても、単純に考えて5万分の1。
現場に居られる数時間じゃ、到底困難極まるレベルだ。
「まぁ、会えたら超ラッキーぐらいで、いいんじゃね竹ツン?」
「ダメだよ愛実ちゃん! ダメだよ!」
「に、2回言ってる」
ただならぬやる気を溢れ出し、誰よりも本気度合いが違う瑠衣さん。
もしかすると、猫恋さんのプラス効果を期待して、峰子さんとの関係を深めたいのかも。
「いい愛実ちゃん! 便利な現代じゃ、情報共有ツールSNSで、最新の情報を得られるのだぁ!」
「堂々と当たり前の事言ってるな、コイツ」
興味なさげにシャクシャクかき氷を食べてる六華さんも、微かに体がウズウズ動き、本音がしっかりと分かり易かった。
珍イベントとしては盛り上がるだろうし、僕も前向きに参加希望したい気分だ。
「てかよーSNSがあってもー噓情報かもしんねぇーじゃん」
「ご心配なかれ! 定期的に猫恋さん自らが、ヒント情報をSNSに投稿するの! あ! 言った傍から来た!」
超近距離でスマホ画面を食い入る瑠衣さんが、目にも止まらない指捌きを披露。
直後、僕らのスマホの通知音が同時に鳴り、瑠衣さんからの猫恋さん最新情報が送られて来た。
どうやら猫恋さんは和装姿でいるそうで、ヒント1つ目だそう。
私服姿の女性はとりあえず除外しても大丈夫そうだ。
せめて和装の色とか、大まかな現在地さえ分かれば、グーンと効率は上がるのに、去年の事を考えたら望み薄だ。
「よーし! これから皆で手分けして探そー!」
「っしゃ! アタシは北に行くぜ!」
「あーしも、ありすに付いてくわー」
「なら、わたくしが同行しましょう」
腕をブンブン回して、やる気十分なありすさんは、霞さん・里夜さんの北チームに。
瑠衣さん・峰子さん・六華さんは南に。
僕と長平さんは東に、眞燈ロさんと愛実さんは西にと、ジャンケンでスラスラ決まり、常時情報共有しつつそれぞれ向かった。
♢♢♢♢
猫恋さん探しから早数分。
霞さんの写真付きお好み焼き食レポ。
射的姿の峰子さん写真。
お揃いの水ヨーヨーを持って自撮りする愛実さん達。
各自夏祭りを堪能する報告が次々に送られてきてる。
ひと夏の思い出にピッタリな顔に、ほっこりさせて貰える。
僕らも何かしらを撮って共有したいのに、長平さんが型抜きに集中しっぱなしで、一歩とたりとも動けない現状なんだ。
「……ふぅ。1000円の型抜き、成功しました」
「や、やるなぁ姉ちゃん……」
「手先作業は得意なので。次は2000円のをお願いします」
「あ、あいよ」
100円型抜きから300円・500円・800円・1000円と連続でノーミスクリアしてる長平さん。
店主さんが徐々に顔を引き攣らせ、屋台泣かせ光景が繰り広げられてる。
このまま最高金額の1万円も成功する気満々なんだ。
横槍入れず最後まで見守るのが、僕がやれることなんだ。
他のお客さんも自分の型抜きをそっちのけで、長平さんをジーっと見守り、周囲の祭囃子の一角で、型抜き屋台だけが真剣な空気が漂ってた。
場の空気に飲まれない長平さんは集中を切らさず、ひたすらに小気味いい型抜き音を鳴らしてる。
誰しも心の中で応援する中、たぶん小学高学年か中学生だろう女の子達が、長平さんの露出してる豊満な谷間を、ガン見してるのに気付いた。
型抜きの動きに連動してふるふる揺れ、今にも零れ落ちそうな胸の方が、気になる年頃らしい。
♢♢♢♢
「2000円ありがとうございます」
「ね、姉ちゃん、何者だい?」
「ただの高校生です。懐もそこそこ潤ったわ、行きましょう」
「あ、はい」
拍手喝采で見送られても尚、無表情を崩さない長平さんに続いて、型抜き屋台を後にした。
長平さんの実力なら1万円も手に入れられた筈でも、お店の事を考え、程良い所でストップしたんだと思ってる。
表情は相変わらず読みにくいも、真面目でユーモアのある人なのは、身に染みて経験してる。
そんな横を歩く長平さんをチラッと見ると、逆に見られてた。
「ひょっ?!」
「積木君。待たせちゃったお詫びに、奢らせて頂戴」
「へ? あ、いや、悪いですよ。見てて楽しかったですし、気にしないで下さい」
「そう。なら……」
パタパタ屋台に向かい、買った焼きとうもろこしを強制的に手渡された。
醤油バターの焼けた香ばしい匂いが、食欲をそそってくる。
「い、いいんですか?」
「えぇ。私が納得するまで奢るわ」
妖艶な笑みをこぼし、ぬるりと腕を絡め、グッと引き寄せられた。
むにゃっと腕を軽く飲み込む柔らかさは、いつ経験しても全然慣れない。
「ふふ。さぁ、猫恋さん探しをするわよ」
「おわっちょ!?」
グイッと更に引き寄せ、嬉しそうに前進する長平さんと2人っきり時間は、まだ続きそうだった。




