61話 夏祭りと浴衣、魅入る浴衣美人、ファンクラブ会員の定め、目に入れても痛くないぐらい似合い過ぎ
墨ヶ丘夏祭り当日。
自宅で浴衣姿を何度も、姉さんと空に確認して貰ってる。
「最高に似合ってるよ! お兄ちゃん!」
「胸張って行って来なさい」
「う、うん」
見た目も着心地も全然違和感が無くても、いつまでも腑に落ちないんだ。
理由は勿論、夏祭りのお誘いに即オッケーしてくれた愛実さんの存在だ。
一緒にいて違和感がないか。
1人だけ浴衣姿で浮かないか。
兎に角、心配で一杯なんだ。
いっその事、私服に着替えた方がいいんじゃないかと弱気になった時、インターフォンが鳴った。
「ほらお兄ちゃん! 霞ちゃん来たんだし、行って来なよ!」
「私達のお墨付きよ、心配なんてないわ」
「う、うん! ありがとう! 姉さん空! 行って来ます!」
愛実さんと2人っきりで行く予定が、その日の内に霞さんが直接、夏祭りに一緒に行かないかって誘いに来たんだ。
友達と行く夏祭りが初めてだそうで、一人目の友達でお向かいさんの僕となら、安心して夏祭りに行ける筈だと。
だから、その場で愛実さんに連絡してみたら、快く一緒に行こうって返事をくれ、他の皆にも声掛けようって話になった。
声を掛けたのも峰子さん達で、なんだかいつもと変わらないですねって言ったら、霞さんは軽く笑って嬉しそうだった。
今年は愛実さんと2人っきりではないけど、霞さん達と一緒の夏祭りだって、楽しみなのには変わりない。
手荷物を持ち玄関外に出ると、霞さんがインターフォン前でそわそわと、アレンジした髪をイジってた。
「お待たせです霞さん!」
「おぅー積木も浴衣かーいいじゃんかー」
黒ベースの浴衣に花火模様をあしらった、夏祭りとの相性抜群な姿は、モデル体型な霞さんに似合ってた。
「霞さんも浴衣姿似合ってますよ。霞さんなら、なんでも着こなせそうです」
「……あーと」
若干照れ臭そうに、略しありがとうも聞けたんだ。
そろそろ行かないとだ。
「いえいえ。じゃ、行きましょうか!」
「おぅー」
足並み揃え最寄り駅に向かう僕は、ワクワクとドキドキが止まらない。
夜に出掛けるのが滅多にないから、本当に未知の世界に行く気分なんだ。
夕暮れ景色を眺め電車移動で20分弱。
墨ヶ丘駅を出ると、人がごった返す景色が広がってた。
そこらかしこから祭り囃子が聞こえ、出店も人集りで大忙しだ。
今すぐにでも飛び込みたい気持ちを抑え、愛実さん達と合流するのが最優先位事項だ。
「駅外で集合だよなー?」
「ですです。早めに来過ぎま」
「おーい♪ 積木くーん♪ 霞ちゃーん♪」
人波から竹塔さんの声が聞こえ、霞さんと一緒にキョロキョロ探すと、華やかな浴衣姿でぴょんぴょん飛んでる竹塔さんがいた。
両手に綿飴、頭にお面、りんご飴を咥え、ヨーヨーと金魚入り袋を器用に持ってた。
「エンジョイし過ぎだろ……」
「ですね」
パタパタやって来た竹塔さんは、いつの間にか綿飴を1つ消費してた。
「ふぅー♪ お祭り最高だね♪」
「フライングはルール違反だぞー」
「竹塔さんらしいですけどね」
「いかにも! どんなお祭りも、このお祭りプロフェッショナル瑠衣ちゃんにお任せだよ♪」
りんご飴を咥えて喋るなんてお手の物、そうドヤ顔でアピールしてる。
言葉通り、祭り初心者の僕らにとって、竹塔さん程心強い味方はいない。
「お! 峰子ちゃん来たよ! おーい♪ こっちこっち♪」
人波の中で女性達のキャーキャー黄色声が上げる中心で、困惑気味の峰子さんが見えた。
どんな場所でも同性に大人気な峰子さんも、ひょっとしたら特殊体質なのかもしれない。
「すまないが、これから先は友達と回る」
「「「もっとご一緒したかったです……」」」
「大丈夫だ。君達の事は大事に覚えておく。だから、心配いらない」
「「「はぁん……」」」
流石イケメン姉御女子の峰子さん。
僕らを巻き込まない様、穏便且つイケメンに女の子達を骨抜きにし、安全に合流してくれた。
そんな峰子さんの結い上げたアレンジ赤髪と、赤花模様をあしらった浴衣姿は、いつにも増して美しさが際立ち、何時までも見られる気分に駆られる。
群がる女の子達の気持ちが何となく分かる中、僕の視線に気付いた峰子さんが、もじっと髪をいじり小さく聞いてきた。
「どうだろうか……」
「とてもお似合いですよ! いつもと違う美しさに、魅入っちゃいます!」
「そ、そうか……あ、ありがとうな洋。嬉しいぞ」
いつもの凛々しい笑顔と違う女の子らしい笑顔に、僕の方が照れてた。
いい意味で視線を向け続けてたら、体に毒だと判断した僕は、安心安全の竹塔さんに視線先を移した。
きっとニコニコ笑顔で見続けてるんだろうなと思ったら、頬染め顔のままダラーっと涎を垂らし、峰子さんをスマホで撮ってた。
「……竹塔さん?」
「……はっ! じゅるじゅる~……どうしたのかな?」
「あ、いや……峰子さんとのツーショット、撮りましょうか?」
何だかんだで、竹塔さんは誰かの為に動いてくれてるんだ。
峰子さんの浴衣姿が気に入ったのなら、ツーショット写真ぐらいは撮ってあげたい。
僕の提案を聞いた竹塔さんは、血走った眼を大きく見開き、スルリとスマホを手から落としてた。
「す、スマホ……」
「み、峰子ちゃんと、つつつつツーショット……い、いいいいの?」
「いいんじゃねー? なぁー峰子ーあーしと撮ろうぜぇー」
「なら、軽く屈んだ方が良いか?」
「任すわーとりま、峰子ので撮って送ってくれー」
「あぁ、分かった」
胸元からズボっとスマホを取り出し、霞さんの細い腰に手を回し、グイっと引き寄せた峰子さん。
みゃっと声が漏れた霞さんも、仄かに顔を赤らめ、キュッと居心地良さそうにツーショット。
「これでいいか?」
「お、おぅ! あーと!」
「お安い御用だ。さて次は瑠衣だな。傍に来」
「ま、待って!」
バッとお面を被り、ブルブル震えて待ってポーズを取る竹塔さん。
俗に言う顔を抑える中二病ポーズに近いけど、いつものコミュマスタータケトウと明らかに様子が違う。
「わ、私だけ抜け駆けするのはご法度……」
「ご法度? なんのだ?」
「……会員は……会員は隊長の許可なしに、無断プライベートで峰子ちゃんとのツーショットは禁止されてるの……」
会員と隊長という言葉を聞き、僕と峰子さんは察した。
竹塔さんは峰子さんファンクラブの会員で、忠実にルールを守る為に、私欲に抗ってるのだと。
北高のファンクラブトップは確か蜂園さんだ。
僕の方から連絡するのもありかもしれない。
さっき涎を垂らしながらの撮影も、会員達用の写真を共有する為だったんだ。
一応、蜂園さんに連絡しようかとスマホを構えかけた時、峰子さんに優しくスッと止められた。
頼れるイケメン微笑みは、ここは私に任せておけと汲み取れ、キュンと胸高鳴りつつ託した。
「そうか。そうだとしたら、私と撮れないな」
「う、うん……こ、これが会員の……さ、定めなの……」
峰子さんは聞く耳立てつつ接近し、こう言った。
「だが、私が瑠衣とツーショットを撮りたいのなら、問題ないだろ?」
「ひゃ?!」
「いつもの太陽みたいな瑠衣の顔、見せてくれ」
腰に手を回され、お面を優しく外された竹塔さんは、耳まで真っ赤だった。
竹塔さんが何も言えないまま、峰子さんはツーショットを数枚撮ってた。
「これでいいか瑠……瑠衣? おい、瑠衣?」
「幸せ過ぎて死んだんじゃねー?」
「な、なに?! し、しっかりしろ! 瑠衣ぃいいいいい!」
クタっと脱力する竹塔さんは、幸せそうな笑顔のまま峰子さんの腕の中で気絶した。
数分もすれば目覚めるだろうと思ってる内に、2つの歩み寄って来る足音が聞こえた。
チラッと振り向くと、手を可愛らしく振る愛実さんと、ダルそうに隣を歩く来亥さんだった。
「お待た……って、師匠と竹つんは何してんだ?」
「知らん。つーか、ありすとかが、まだみてぇだな」
夏を感じさせる風鈴模様に、爽やかな藍色浴衣姿の愛実さん。
金魚模様をアクセントにした、ゆったり甚平姿の来亥さん。
異なる夏祭り仕様の姿は、見慣れてる2人の姿を、新鮮に見させてくれてる。
「よぉー来たなー愛実も六華も似合ってんなー」
「えへへ~あんがと! カスミンもめっちゃ浴衣美人だな!」
「参考資料にすっから撮っていいか?」
「お、おぅ」
「あはは! カスミン照れてる!」
照れつつも満更でも無い霞さんは、それっぽいポージングを取り、立派に来亥カメラマンの被写体をこなしてる。
集合前の自由さに、夏祭りの緊張感が解れる中、ジーっと僕を見つめてる愛実さんと目が合った。
ドキッと一気に顔が熱くなる僕に、愛実さんが静かに近付いてきた。
「なぁなぁ……積っちからの感想……聞きたいんだけど……」
「あ、え、えっと……め、目に入れても痛くないぐらい……似合い過ぎ……かな……?」
「……えへへ……嬉しい……あんがと」
「い、いえ……」
お互いに頭からプシューっと白い煙が登り、少しばかり顔を見ることが出来なかった。




