43話 気晴らし町ブラ、既に知り合いの美形兄妹、暴露される妹、ほっそり綺麗
きっかけは海の家バイトから帰って来た夜、リビングで一緒だった空の一言だった。
「お兄ちゃん髪伸びたね」
最後に切ったのが一か月半も前だ。
髪が鬱陶しくなるのも無理はないんだ。
いつも放課後か休日にしか行けなかったけど、夏休みに入った今なら時間を気にせず、気軽に行ける。
「よし、明日にでも行って来ようかな?」
「洋。吉田のおじさん、ぎっくり腰でしばらくお休みするみたいよ」
「あ、確かに回覧板に書いてあったかも!」
「そうなの? んー……でも、明日行きたい気分になってるし……いつ再開するか分かんないんだもんね……」
他所に行く勇気は毛頭なく、吉田のおじさんが復帰するまで待った方がいいのかもしれない。
♢♢♢♢
翌日、散髪できない気分晴らしに、町ブラをしに外出中だ。
海の家のバイト代も色付けて貰い、前々から目星付けてた穴場の洋菓子店『フェネック』を目指し、最寄り駅まで足を進めた。
電車移動で20分弱、駅からぶらぶら道すがらを探索しながら人通りの多い道を外れ、閑静な住宅街の更に奥まった場所を歩き30分弱。
アンティーク調の老舗感が漂う洋菓子店『フェネック』が見えた。
落ち着いた雰囲気の穴場にしては、他のお店もそれなりにあり、向かいも綺麗な美容室だった。
そんな美容室から男性が掃除道具を持ちながら出てきた。
「ふぅー……今日は一段と暑いなー……ん? ん? んー?! あ! 積木クン!」
「え? あ、真人さん?」
わちゃこちゃ掃除道具をほっぽり、歓迎ムードで僕に急接近し、ブンブン握手。
美容学校に通ってるとは聞いてたけど、美容師さん志望の実習かなにかで、ここにいるのかもしれない。
「さぁさぁ! 立ち話もなんだからさ! 中に入って入って!」
背中に手を添え、店内にズイズイ進む真人さんに、そのまま付いて行った。
天窓が幾つもあり、観葉植物と自然系の香りに包まれた雰囲気に、すぐリラックス状態になれた。
お洒落なウッドテーブルに案内して貰い、ちょっと待っててと一言残し、店を出て向かいのフェネックへとルンルン気分で行ってしまった。
数分後、すっかり自宅のリビングにいる気分でいたら、店奥から女性が姿を見せた。
「お兄ータオル補充終わっ……あれ? いないじゃ……?! い、1年生君?! な、なんでここに?!」
「え? あ、千佳さん?」
完全私服姿の千佳さんが現れ、2人して軽く困惑気味になった。
何とも言えない空気感の中、真人さんが大量のお菓子入りの袋を持って、陽気に戻って来た。
「お待たせ積木クン! お向かいさんでお菓子沢山買ってきたから、ちょっとお茶しよっか!」
「お、お兄……い、1年生く……洋くんと知り合いだったの?」
「ん? 前にオフ会行った時にな! あ、お茶も用意しないと!」
お菓子の袋をテーブルに置き、店奥にバタバタ消えた真人さん。
以前、千佳さんがイメチェンする際、実兄にやって貰ったとは聞いてた。
まさか真人さんがお兄さんだったとは思わなかった。
僕の隣に座る千佳さんは、とても深い溜息を吐き、軽く頭を抱えてた。
夏休み始まってからは、連絡し合う以外で直接会うのは、数週間振りだ。
いつもなら千佳さんの方から話し掛けてくれるけど、今は僕から話し掛けた方が良さそうだ。
「千佳さん。会うの久し振りですね」
「……え? あ、そうだね。んっん!」
咳払いで平常運転に無理矢理戻った千佳さん。
お互い真人さんとの関係性を話そうと提案したら、スンと微妙な顔をしながら納得してくれた。
千佳さんと真人さんは実兄妹で、千佳さんは夏休みの間だけ真人さんの実習先で、バイトさせて貰ってるらしい。
僕もゲームのオフ会で知り合ったと軽く伝えると、かなり圧の掛かった詰め寄られをされた。
「お、お兄の口から、私の事は!?」
「ち、千佳さんの事は何もですよ?」
「……ほっ。なら良かった」
圧がスッと消え、安堵の表情を浮かべる千佳さん。
身内の真人さんだけが知る、千佳さんのあれやこれやを口走ってないかの確認だったんだ。
本人が知らないところで、色々バラされたらたまったもんじゃない。
気持ちは大いに同情できる。
千佳さんが落ち着き、夏休み中の話を聞こうとしたら、真人さんがティーセットを持って戻ってきた。
「お待たせ―! 紅茶で良かったかな? あ、千佳はダイエット茶で良かったよな?」
「お、お兄! そ、そんなの飲んでないから!」
「え? 最近腹周りが気になるからって、がぶがぶ飲んでんじゃん」
「わぁわぁわぁわぁ!?」
一気に真っ赤になる顔で、高速で両手をバタバタ振り、これ以上真人さんが余計なことを言わない様に阻止するも、真人さんは小首を傾げながら言葉を続けた。
「大体よ、腹が鳴り易いからって、間食をパクパク食ってちゃ、ダイエット茶も意味ないだろ?」
「お、お兄! 今すぐ口閉じて!」
「ホントのことだろ? 夜中にこっそり夜食作って食べてるのだって、お兄ちゃん知ってんだかんな」
「も、もう本気で殴るよ!」
「いや、お前運動神経へっぽこだし、無理だろ」
完膚なきまでの口撃に、今にも泣きそうな千佳さんが、必死に口を塞ごうとするも、結局数分間止まらなかった。
♢♢♢♢
「まだ開店前だし、ゆっくりしてって!」
「ありがとうございます」
「じゃ、俺は雑用終わらせてくるから!」
足早に外に出た真人さんは、午前中だけお店を任せて貰ってるそうだ。
ここの美容室も美容学校の卒業生が経営し、在学生の実習場として面倒を色々見てくれてるそうだ。
オフ会で会った時のビクビク姿が嘘みたいに、今の真人さんはしっかり者で、確かにお店を任せても大丈夫そうな感じだ。
一方、千佳さんはぐったり疲弊し、いつものクールビューティー姿が薄らんでた。
声を掛けていいやら分からず、フェネックのお菓子を頂きながら、自然に治るまで待つ事にした。
袋から中身を一つ一つ、テーブルの上に出してると、元々目当てだったスイーツが入ってた。
「あ、ズコットケーキ」
「!」
パッと反応した千佳さんから、可愛らしい高めのお腹の音が鳴った。
速攻でお腹にセルフグーパンを食らわせ、強制的に黙らせても、より大きなお腹の音が鳴った。
体質上、仕方がないと思う反面、ダイエットも重なり、食に人一倍敏感になってるのかもしれない。
そもそも我慢こそ体に毒なんだ。
痩せる必要が無いって言えば、食べる動機にはなる筈だ。
「あの……千佳さんは充分細いですし、無理に痩せなくてもいいと思うんですけど……?」
「……こんなお腹ぷにぷにでも?」
バッと服を捲って、ほっそりくびれてるお腹を見せ、柔らかそうな横っ腹をむにむに摘まみ、悲愴に暮れてる。
想像通り全然痩せなくていいし、むしろ女性が憧れる理想のプロポーションだ。
ただ本人にとって死活問題は変わらないようだ。
それでも僕から言えるのは、やっぱり痩せなくても充分魅力的だってのを、自覚して貰う事だ。
「全然ほっそりですし、綺麗ですよ?」
「むぅ……じゃあ、触って確かめて」
「あ」
ガッツリ掴まれた手を、強制的に細いお腹へ誘い、むにぷに揉ませる動作をさせられた。
女の子特有の柔らかく温かい感触は、見た目と寸分の狂いもないと確認出来た。
ずっと触ってられる気持ち良い感触に、手が一向に離れずにいると、真人さんが戻って来た。
「ふぅー外の掃除終わったー……何してんの?」
「太ってるのを確認して貰ったの」
「へぇーでもお前、腹周り気になってる割に、太ってないだろ?」
「女の子にとっては重要問題なの! お兄はデリカシーなさ過ぎ!」
「えー女子って分からんわー。とりまケーキ食べよっと」
ケーキを食べるタイミングがズレてる真人さんに、千佳さんはプンスカと可愛らしく怒ってた。




