40話 好きな人と朝一、小悪魔系翻弄女子と日焼け美少女、ご褒美と緩み切った笑み
2日目の朝、午前6時に設定したアラームよりも、早く目が覚めた。
慣れない環境で嘘みたいに熟睡できて、コンディションは抜群だ。
洗顔と歯磨き一式を抱え、一階の洗面所へ向かおうと部屋を出たら、ガッと扉に何かが当たった。
「えで?!」
「え? あ! め、愛実さん?!」
「は、はよ……いてて……」
おでこを軽くぶつけてしまった愛実さんに、ペコペコ謝り、改めて愛実さんの姿を見ると、スポーツウェア姿でほんのり汗を掻いていた。
どうやら海沿いの道を10km程ゆったり走り込み、今しがた帰って来たところらしい。
寝起き早々に好きな人の顔を見られ、テンションが上がっるのに対し、愛実さんが自分の匂いをスンスン嗅ぎ、じわじわと後退してた。
「ちょ、ちょっくら着替えてくるわ!」
「う、うん」
目にも止まらぬ速さで部屋に戻り、ドタバタシューシューと騒がしい物音が外まで聞こえた。
全く汗臭くはなく、むしろいつもより良い匂いがしてたとは、絶対本人の前で言えない。
洗顔歯磨き、着替えも完了し、朝食の午前7時まで部屋でのんびり待ってると、通話通知のバイブ音が鳴った。
相手は宵絵さんで、モーニングコールの時間だった。
《おはよう洋君》
「おはようございます宵絵さん。毎朝モーニングコールありがとうございます」
《好きでやってるんだ。今日は寝起きテンションでないようだが、早めに起きたのか?》
海の家でバイトすると伝えてなかったから、軽く嚙み砕いて説明した。
《ふぬふむ……海………今なら余裕だな……》
「宵絵さん?」
《洋君、すまないが野暮用を思い出した。これで失礼するよ》
「あ、はい」
短めのモーニングコールに軽く小首を傾げてると、一階から妃叉さんの朝ご飯コールが響き渡り、愛実さんと1階に向かった。
広間には杏世さん達が昨日と同じ場所に座り、僕らも隣に座った。
「おはようございます」
「ございます!」
「あぁ、おはよう。昨日は眠れたか」
「バッチリです」
「めっちゃ眠れました!」
「頼もしい限りだな! バイト初日! 頑張ろうぜ!」
「オレ達をバンバン頼ってくれな!」
「ありがとうございます!」
「あざます!」
何気ない会話から心強いお言葉のやり取りをする内ぬ、どんどん朝食がテーブルに配膳され始めた。
味噌汁に白米、焼き鮭に卵焼き、納豆に生卵、他にも漬物や煮っころがしの副菜が沢山並ぶ、THE理想の日本の朝食の数々を、大変美味しく頂いた。
♢♢♢♢
営業開始2時間前、戸羽女さん達と徒歩で海の家まで向かうと、黒塗りの大型トラックが駐車場で荷下ろししていた。
コワモテ系の男の人達が、えっさほっさと海の家方面に荷物を運んでいる感じだ。
「アイツら……今年も来やがったな……」
「あの人達を知ってるんですか? 塗田さん」
「繁忙期になると、隣にやって来る出張ラーメン店だ」
元々連日から行列が出来る大繁盛店なのもあり、お客さんの半分は軽く持って行かれ、売り上げにも響く、ただならぬライバル関係らしい。
両者共に稼ぎ時なら、しょうがないと思う一方、そのラーメン店にどこか既視感を覚えていた。
ラーメン店さんの香りも絶対嗅いだことがあり、あと少しで思い出せそうな中、ふと視界がフワッと塞がれた。
「だーれだ?」
背後から聞こえる女性の声は、一緒に歩いてきた愛実さん達ではない。
同じ状況を同じ人にされたデジャブに、その人の名前を口に出していた。
「あ、明日久さんですか?」
「せーかーい。君ってやっぱおもろいなー」
正解しても手を避けず、背中に胸をむにゅっと押し当てる彼女は、西女生徒会役委員の黒木場明日久さん。
明日久さんの実家は、黒龍亭という大人気ラーメン店を経営しており、今回の出張ラーメン店がその黒龍亭だと、既視感の正体はそれだ。
よりにもよって明日久さんとライバルだなんて、結構本気でヤバいかもしれない。
じとーっと嫌な汗を掻く中、腕を引っ張りギュッと絡めた愛実さんが、明日久さんをギッと睨んでた。
「……西女生徒会の黒木場先輩……でしたよね」
「ピンポーン。君、林間学校にいた北高の子かー」
「瓦子愛実です、黒木場先輩」
「愛実なーおけおけーあーしのことは明日久でいいからー」
「……では、明日久先輩。生徒会に属している身なら、他校の生徒に変なことしないで下さい」
「えー? ただのスキンシップなのに心外ー」
ショックを受けるどころか、チラッとホットパンツの横を指で下げ、黒い下着を僕に見せつけてる。
愛実さんの視線にもバッチリ映り込み、より腕絡めが増し、敵対心を剥き出してる。
「やり過ぎです、明日久先輩」
「直接は何もしてないのに、ひどー」
「か、間接的でもダメなものはダメで」
「2人とも、もう止めろ」
杏世さんの言葉を聞き入れ、スッとその場を後にしようとする明日久さん。
ハッと何か思い付いたのか、ニヨニヨ悪い笑顔で振り向いた。
「せっかくお隣さん同士なんだしーちょっくら勝負しようか、愛実ちゃん」
「勝負ですか」
「そ。あーしと愛実の水着接客勝負ー」
今日一日、接客し注文を受けた合計金額を争う勝負。
露骨にお客さんに勧めたりするのはノーカウント。
あくまでも純粋にお客さんが注文したいもののみ。
時間は午前9時から午後5時まで。
で、全体売り上げでない事がミソだそう。
愛実さんは勝負を飲み、明日久さんとガッシリ握手を交わし、闘志を燃え上がらせてた。
♢♢♢♢
午前9時前、開店準備が完了し、時間になるまで待機中だ。
入り口付近には数十人ものお客さんが、今か今かと開店を心待ちに待ってくれてる。
黒龍亭の方も同じぐらいお客さんが待ち侘びてる。
どうやら冷やし中華メインで売り出すのか、冷やし中華の看板メニューが充実してる。
一方、楽さんは黒龍亭の責任者と微笑ましく挨拶を交わし、お互い頑張って乗り切りましょうと、普通に仲睦まじいやり取りをしてる。
本来は協力し合える仲でも、愛実さんと明日久さんのバチバチ勝負空気で、それを許してくれない。
明日久さんもフロントクロスビキニ姿で店前に立ち、いつでも注文を取る満々。
愛実さんは林間学校でも着ていたイエローのホルターネックバンドゥビキニに、ボタニカル柄のショーツ姿で険しい顔だ。
「愛実さん、笑顔笑顔」
「はっ。いかんいかん……キッ……」
すぐ険しい顔に戻ってしまう悪循環だと、スタートダッシュが間違いなく出遅れる。
何としてでも勝たせてあげたいのに、厨房係と接客係が交代交代で、直接役立てる場面が無い。
僕も思わず険しい顔になる中、従業員Tシャツを着た杏世さんが、肩に手を置いた。
「思い詰めてるな」
「え? ま、まぁ……愛実さんには勝って欲しいので」
「なら単純だが、洋君がご褒美をあげると言えば、いいんじゃないか?」
「積っちからのご褒美!?」
「うぉ?!」
目をキラッキラ輝かせた愛実さんが、急に目の前に来たもんだから、上ずった声が出てしまった。
「勝ったらご褒美くれるのか!」
「あ、えっと……うん。出来る範囲ならなんでも」
「な、なんでも!? ほわ……えへへ~どうしようかな~何にしようかな~?」
今度は緩み切った笑みが戻らなくなるも、出鼻を挫かずに済みそうだ。




