31話 見えざる狂気、容赦ない洗礼、戦狂の魔女、あり得ない中間発表
幸先不安なまま、アンデッドの南端付近の自陣に降り立った。
陰鬱な荒地と沼地が混ざるエリアは、不安定な足場でプレイヤー泣かせだ。
それすらも狂人デストロイには関係ない。
環境と相手的に、普通なら即時撤退でもおかしくないが、生天目さん達は作戦遂行を諦めてない。
《いい! みんな! デストロイの目論みは、プレイヤー排除からの財宝独占!》
一見無謀な試みも、ラグナロク達に掛かれば完遂する。
邪魔立てする他プレイヤーがいれば、ことごとく排除するだけ。
脳内シミュレーションや試行錯誤を重ねても、いざ対峙すれば何も出来ずに終わる。
遥か高みの存在の4人は、それ程までに次元が違うんだ。
だからと言って、好きにさせる訳にはいかない。
《このまま分かりきったシナリオ通りにさせない。ですよね、ムゥムゥさん》
《マロンの言う通り! ワタシ達の手で阻止するの!》
《今日こそ果たすのであります!》
《精一杯頑張ろうね!》
《うっしゃー! デストロイと正面衝突! 上等だぜ!》
拳を高々と掲げ、一致団結をより強め、打倒デストロイを大きく踏み出した。
♢♢♢♢
北西を進み数分、岩肌の聳えるエリアにて。
他プレイヤー達を倒し、ひと段落し終わった時。
マーシンさんの報告チャットで、緊張が張り詰めた。
《ま、マップ攻略チーム……ペ、ペインの手により……ぜ、全滅であります》
ラグナロクチームの1人、道化師スタイルのペイン。
一時的にプレイヤーを操作し、代償として自身は操作不能の無防備となる、上級者向けスタイル。
一つ間違えれば袋の鼠。
物好きかネタに走る者が大半な中、ペインは道化師の常識を崩した。
プレイヤーの死角。
フィールドギミック。
フィールドアイテムなどなど。
姿を一切見せない戦略を臨機応変に切り替え、実現不可能なプレイスタイルを確立。
幾度もノーダメージ優勝を飾り、見えざる狂気ペインと呼ばれる様になった。
イベント開始数分で、アベン〇ャーズの一角を全滅させたとなれば、僕らも黙ってる訳にはいかない。
《むぅむぅ! むぅうううう! 絶対絶対ぜーったい! デストロイ達を倒すんだから!》
《仲間達が全滅される前に、急ぐでありま》
どれほど気持ちが強くても、都合の良い展開になる訳じゃない。
それを、頭上から現れたプレイヤーが、行動で教えてくれた。
《で、デストロイ!?》
《じ、直々にお出ましかよ!?》
《ふぃ、フィールドブレイクがヤバいよ?!》
壊し屋の特性フィールドブレイク。
地面や壁、破壊可能フィールドオブジェクトに、あらゆる効果を付与させる。
地面破壊で砂塵が舞えば数秒視界不良。
壁破壊で破片を食らえば仰け反り。
フィールドブレイクは圧倒的優勢を取れる事が多い。
デメリットは通常移動速度の鈍足化。
バフやフィールドアイテムの禁止。
チーム連携の組み難さが物言い、大体は個人戦で見掛ける。
常識に囚われないチーム戦での個人行動は、ラグナロクチームに信頼があるから成り立ってる筈だ。
こうして奇襲を仕掛けて来たのも、アンデッドでの行動を一任されてるからだ。
フィールドブレイクの絶えない砂塵の視界不良と、物騒な破壊音から抜け出さない限り、最悪の未来は避けられない。
死角を守る護衛の狙撃手が、役立たずのまま終わるなんてゴメンだ。
バックステップで確実に、砂塵とデストロイから離れ、砂塵が晴れた瞬間に一撃を狙う。
幸い標的にされず、砂塵範囲外まで出られ、狙撃準備を速攻で完了。
生天目さん達の様子も分からず、静かに砂塵が晴れた先では、戦意を削ぐ景色が広がってた。
《が、ガオガオさんが……デストロイもいなくなってる……》
チーム人数減少が意味するのは1つ。
ガオガオさんがやられたんだ。
横たわる生天目さん達は、10秒間行動不能なスタン状態。
トドメを指すには十分過ぎる隙にも関わらず、デストロイは見逃してる。
理由を考える間もなく、周囲の聳えた岩肌が崩れ、落下先にいる生天目さん達に降り始めた。
視界不良の砂塵の中で、他のフィールドブレイクを同時にやってたんだ。
フィールドブレイクの物理判定には、小中大と効果がそれぞれ異なる。
小は仰け反り、中はスタン状態、大はライフ削り。
特にライフ削りの多段ヒット性は、鬼畜仕様。
策士なプレイヤーが確実に仕掛けてくる、絶対に避けたい策の一つだ。
範囲外にいる僕が全員を助けに行けば、間違いなく全滅。
ギリギリ助けられるのは1人だけ。
デストロイが見逃した理由は、直接手を下さずとも、フィールドブレイクで事足りたからなんだ。
デストロイの容赦ない洗礼に、判断力を失い掛けた時。
行動不能な生天目さん達が、突然僕のいる方へ飛んで来た。
何も分からないまま、岩雪崩のフィールドブレイクの恐ろしさを眺め、スタン状態から戻った生天目さん達も、摩訶不思議現象に困惑気味だった。
《ば、バグじゃないよね?》
《違うかと思うでありま……あ!》
マーシンさんの驚きは、僕らにも伝染した。
崩壊跡の岩肌から見下ろす、生気の無い道化師ペインがいたからだ。
♢♢♢♢
「ぺ、ペインがどうしてここに……」
「お、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!? た、たしけてぇ!?」
「え!? な、何?! わ?!」
空のプレイ画面には、絶望の天空地ヘブンで、ラグナロクチームの1人スターニンジャと攻防を繰り広げる、モチモチ達の姿が。
スターニンジャの魔女スタイルは、近中遠攻撃の魔術を始め、範囲攻撃や自己防御魔術を多彩に操る、汎用性が高い有能スタイル。
欠点は命中率や発動速度の遅さ。
通常移動速度やジャンプ力の無さだ。
使いたいのに使えない魔女スタイルを諦め、安定の魔術師を選ぶプレイヤーが大半を占める中、スターニンジャは欠点を物ともせず使いこなす。
視界に入れたプレイヤーの移動先を先読み、必中で魔術を食らわせるのは序の口。
逃走で視界から外れれば、最短ルートを瞬時に把握し、先回りで確実に仕留める。
死角から奇襲されても、自己防衛魔術を発動し、瞬く間に返り討ち。
上級プレイヤーすら敵わない圧倒的な強さから、戦狂の魔女と呼ばれ恐れられてる。
「あばばばば!? ゆ、指が攣っちゃうぅうう!?」
モチモチと仲間の1人スピリリタソの絶え間ないコンビネーション攻撃を、全てジャストガードで防ぎつつ、防御態勢を解除できない空にも猛攻。
スターニンジャの機械操作を彷彿させる動きに、思わず固唾を飲み込むしか出来ずとも、ピンチを切り抜けない限り勝機は無い。
空の残りライフは3つ。
フル状態なら多少の無茶は可能だ。
「空。風魔術の時に、わざと食らって吹き飛ばされて」
「あばばばば!? さ、さっしょく来た?! にょわ!?」
攻撃範囲外まで見事なまでに吹っ飛んだ。
体勢を立て直すなら今しかない。
空のプレイ次第で、モチモチ達と更に連携を取り合れば、スターニンジャも倒せるかもしれない。
空達の事は任せ、自分のプレイ画面に戻った。
《ま、マロン! どうしたの! 早く戻って来て!》
「生天目さんのチャッ……のぉ?!」
たった数分目を離した間に、財宝を守る不死軍団に取り囲まれていた。
♢♢♢♢
《今戻りました! ペインは!?》
《我々に不死軍団の忠告後、ひょうひょうと去りましたであります!》
《な、なんでわざわざ?》
《んな事より! 屍野郎達を対処しないと、全員お陀仏になんぞ!》
《す、すみません!》
財宝に触れない限り、フィールドギミックが発動しない仕様なのに、目の前が袋の鼠状態。
今はつべこべ考えず、アンデッドからの脱出優先だ。
ピンポンパンポーン♪
《さぁ皆さん! 中間発表のお時間です! 第1位・チームラグナロク! 第2位・チームモチモチ! 第3位・チームムゥムゥ! 勝利の女神が微笑むのは、一体どのチームになるでしょうか!》
誰も財宝に触れず、自陣にすら戻っていないのに3位。
運営側のあり得ないアナウンスに、何が起きてるのか訳が分からなくなった。




