16話 勉強会合コン2日目その2、幼馴染ディザスター
両陣向き合う形で座り、軽めの自己紹介が女性陣から始まった。
「皆とは林間学校以来だね! 兼森吹雪です♪ よー君のお嫁さんです♪」
「吹雪チンのは妄言よん。本妻の北坂向日葵だけろ。お腹に洋チンの子どゔぇ」
「居る訳ないだろ! こほん……林間学校で既に、ご存じかと思いますが、東海高校生徒会長、市瀬秋子です」
「皆と幼馴染で、洋ちゃんの稲荷漬けの榮倉桜です!」
「「「い、稲荷漬け……?」」」
「許嫁の言い間違えです。桜ってば……」
「えへへ~」
自己紹介も済み、ふーちゃんがビシッと元気一杯の挙手。
「ちょっと提案しまーす♪」
「て、提案っすか兼森さん?」
「うん! せっかく誘ってくれた勉強会でしょ? よー君にべったりもいいけど、赤鳥君達とも楽しく勉強したいんだよね!」
「確かによん。折角だし、ワタシ達の誰と勉強したいか選んで貰うのはどうかねん?」
前回のくじ引き場所替えとは違って、ふーちゃん達自らが選択権を与えてる。
昨日みたいな詰み場になるより、ワンマンで各々勉強した方が、僕としても助かる。
ふーちゃん達の良案に、さぞかし赤鳥君達は目を輝かせてるかと思えば、慎重気味に挙手していた。
「え、えっとすんません。皆さんの成績ってどんなもんっすか?」
「生徒会長の名に恥じぬよう、学年1位です」
「私はたまにトップ10に入るぐらいかな?」
「皆には劣るけど、英語は余裕の1位よん」
「えーっと……学年順位一桁はキープしてますね! あ、文系はトップです! えっへん!」
「さ、流石っすね……しょ、正直に告白しますけど、俺、今回の期末マジでヤバイんで、藁にもすがる思いなんす!」
切なる本音は、空気的に本当みたいだ。
補習地獄は誰だって嫌に決まってるんだ。
勉強意思が燃えてる今の内に、しっかり真面目に勉強させるべきだ。
嘘偽りない告白に、ふーちゃん達もおふざけ無し空気だ。
進学校で屈指の学力、鬼に金棒がピッタリ当てはまる。
「事情は分かったよん。で、赤鳥クンは、誰に教わりたいのけろ?」」
「市瀬さんに教えて貰いたいっす!」
「私ですか? ……とりあえず、赤鳥さん。貴方の学力はどの程度ですか?」
「中の下です!」
中の下なら、赤点ギリギリか赤点何個かの絶妙なラインだ。
一方で、ふーちゃん達が静かに撤退していた。
「ほぅ……分かりました。さぁ、隣に」
「の♪ 前に♪ 黄坂君と青柳君にも聞かないとだよ?」
黄坂君はさーちゃん、青柳君はふーちゃんの被りなしで組み合わせは決まった。
消去法で僕の相手になったひーちゃんは、ついさっきまで視界に入ってた筈なのに、どこにも姿が見当たらなかった。
「ひーちゃん?」
「ふふふ……合法的に洋チンを独り占めよん……」
「ひょ?! い、いつの間に後ろに?!」
「教えないよん……さぁ……ワタシ達の甘い大人の関係を、堂々と見せびらかす時ねん!」
ふーちゃん達が息ピッタリな動きで、凝視して来てる。
と思えば、3人の視線は僕らの後ろ捉えてる。
ひーちゃんすらも同じ方向に視線を向けて、若干怯えてる様にも見えた。
視線先にある階段に何が待ち受けてるのか、読書スペースが静まり返る中、階段から1つの足音が聞こえて来た。
頭頂部からどんどん姿が見え、綺麗な女性が階段を上がり切った。
若干距離があって雰囲気しか分からずとも、僕らの視界を奪ってるのは、間違いなくあの女性だった。
「よ、洋チン……アレをそれ以上見たら、ダメよん」
「え? あ、こっち見……来て……ん? あ」
女性が僕らを視界に入れた途端、爆走で急接近。
僕と幼馴染4人にとって馴染みのある、よく知る女性だった。
「やっぱりやっぱり! 洋達じゃん! どうしたのこんなところで勢揃いしちゃって! もしかして勉強会? うんうん! もうすぐ期末テストも近いし、そのぐらいするよね! でも、洋って北高だったよね? あ、気分転換でいつも違う環境でってのも、結構効果があるみたいだから、それだね! 感心感心!」
「う、宇津姉? ど、どうしてここに?」
一度の会話量が多いこの美人、宮内宇津音こと宇津姉。
僕とふーちゃん達4人と昔馴染みだ。
近所の道場師範の孫で、今年就活で帰省してる女子大生だ。
そして、ふーちゃん達がデーモンと呼ぶ程、恐れられている昔馴染みのお姉さんだ。
レッドVネックタンクトップ。
ブラウンセットアップのリネンシャツとハーフパンツ。
シンプルながら清潔感と程良い肌露出のある、カジュアルでマニッシュな服装を可憐に着こなしてる。
そんな宇津姉のエンカウントに、鼻の下を長くする赤鳥君達に対し、幼馴染4人の目は死んでいた。
「も、もう終わりだよ……」
「しょ、正気を保つんだ皆!」
「神の悪戯は残酷ねん」
「む、無理です! 逃げま」
「まぁまぁ待って桜! 私も勉強しに来たんだから、一緒にやろうよ! あ、初めましての男の子達にまだ名乗ってなかったね! 宮内宇津音です! 大学4回生の22歳! この子達と幼馴染で、洋はお婿になる予定です! よろしくね!」
凝縮された暴露濃度100%の情報に、赤鳥君達の目も死んだ。
♢♢♢♢
同席した宇津姉は、僕の勉強を見てくれる事に。
ひーちゃんは宇津姉にポジションを取られ、落胆と絶望を噛み締め俯いてる。
偶然場所被りしたのが運の尽き、誰のせいでもない。
一応僕なりのお詫びで、ひーちゃんの頭を撫でて上げた。
ピクっと体が反応し、ぽわぽわな幸せオーラがドンドン溢れ出ててた。
撫で撫でペースも自然とアップし、撫でれば撫でる程、ふにゃふにゃ声を上げ、ようやく顔を見せてくれた。
「んにゃ~……洋チンの撫で撫で~……とろとろにとろけちゃう~……ふにゅ~……」
「喜んで貰えて良かったよ。もう勉強出来そう?」
「あと5分お願いしましゅ~……にゅふふ~……」
誘惑してくるひーちゃんと違って、構って欲しい甘えん坊動物みたいに見えてくる。
約束通りあと5分撫でたら、しっかりとテスト勉強しないとだ。
ただ横に座る宇津姉が、ニコニコ笑顔で撫で光景を凝視。
自分も撫でて欲しい空気がビンビン伝わってくる。
年上の異性には滅多な事がない限り、やった事は無いけど、やってあげた方がいいのかもしれない。
「見事なまでに骨抜きだね! でも、私も洋に負けず劣らず、撫で上手だよ! 何故なら~! 小学校から高校まで、可愛いモフモフを沢山愛でてきた、飼育係のプロフェッショナルですから! さぁ向日葵! 心行くまで存分に撫で殺ししてあげる!」
「!? お、お断りねん!」
キッパリ拒絶からの顔面蒼白逃走で、瞬く間に姿を消したひーちゃん。
宇津姉も有言実行を確実にする為、勉強そっちのけで激走。
騒ぎ過ぎて図書館を出禁にならないか心配だ。
若干2人の様子が気になり、イマイチ気乗りしないけど、勉強が優先だ。
その前に勉強会合コンの言い出しっぺ、赤鳥君としゅーちゃんペアの様子を軽く見てみた。
「スペルも文法も間違ってます、赤鳥さん。毎日の予習復習、授業でのノート板書、空いた時間での暗記。己が学ぶ機会は幾らでもありますよね?」
「お、おっしゃる通」
「その場しのぎの言葉はどうとにでもなります」
「ぴゃ」
真面目で優しいしゅーちゃんが、眼鏡姿でビシバシ容赦無い正論をぶっ刺してる。
「偏見かもしれませんが、貴方は一夜漬けで乗り切るタイプだと判断してます。微塵も身にならない付け焼き刃は許しませんので、後日洋さん経由で、私の自作プリント50枚をお渡します」
「ぜ、全教科で50枚ですか?」
「1教科で50枚です」
「ひぇ……」
ふーちゃん達が撤退した正体は、しゅーちゃんの鬼教師化を知ってたからだ。
触らぬ神に祟りなしだ。
次は、ふーちゃんと青柳君ペアだ。
「す、すまんが、ここの問題分かるか?」
「どれどれ? うん大丈夫! ここはね? ビャビャッと公式をめっちょり! で、グワーッって移動して、ほほっほいすればいいんだよ!」
「……え?」
聞き返すのも憚られる独特な教え方。
青柳君も愛想笑いするしかなく困り果ててる。
一目で分かる教え下手さは、助太刀する余裕さえなさそうだ。
「応用も出来るから、その時はポイっと前にズラーって動かせば、オッケーだよ!」
「……はい」
期待とは裏腹の結果でも、素直に我慢に興じる青柳君は、男だと思う。
一応気に掛けながら、さーちゃんと黄坂君ペアを見た。
「ここ範囲は引っ掛けが多いれふけど、しっかり覚えておけばバッチリれふ! 榮倉殿は覚えが早いれふね~」
「いえいえ! 黄坂先生の教え方が分かりやすいんです!」
立場がすっかり逆転してる。
よくよく見れば、さーちゃんを見てる黄坂君の糸目が、薄っすら開いてる。
エロティックアイズが発動してるんだ。
ここは遠回しに別の話題を振り、視線を別方向へ誘導しよう。
「あ、あ! あそこに綺麗な大人の女性が」
「「「……」」」
真っ先に食い付きそうな3人が、ほぼ無反応。
3人の隣には既に、東海高校四大美女のふーちゃん達がいたんだった。
噓八百な言動誘導で、ふーちゃん達が頬っぺたを膨らませ、睨んで来てる。
今すぐ前言撤回せねば、詰め寄り尋問が起きる。
「ふーん……近くにこんなに綺麗な子達がいるのに、そんな妄言を言っちゃうのかい……」
「ひ、ひーちゃん……」
宇津姉を振り切り、無事生還したひーちゃんの不穏なオーラが、ヤバさを物語ってる。
振り返って顔を見るのが怖い。
そんな背後にいるひーちゃんが、肩に両手を置いた。
「悪い子にはとっておきのお仕置きが必要だけろ……覚悟す」
「ひーまーわーりー! つーかまーえた!」
「ふにゃあああぁああああああ!?」
館内に甲高く響く可愛らしい悲鳴は、図書職員さんにも届き、しっかりめに僕らは怒られた。
♢♢♢♢
「それじゃ、よー君♪ 皆♪ またねー♪」
「うん。皆、またね」
「「「お疲れっした!」」」
「今度は勉強じゃなくて、ガッツリしっかり遊ぼうね! ほんじゃ帰ろっか! 洋!」
「おわっ!」
強引腕絡みで駅方面を目指す宇津姉に、僕の歩幅が若干慌てた。
別方角に帰った赤鳥君と青柳君は、すっかり肩を落とし、トボトボ足取り。
唯一平常通りな黄坂君が2人の背中を擦り、何だか申し訳なかった。
駅が見えてきた頃合い、スマホ通知音が聞こえ、すぐ相手を確認した。
「あ」
「ん? どうしたの洋? もっとくっついて欲しいの? しょうがないな~! 甘えん坊なお婿さんは嫌いじゃないよ?」
「い、いや、そうじゃなくて……明日の勉強会相手が決まったんだよ」
「うんうん! 勉強熱心なのは良い事だね! そうだ! 帰ったらまた教えてあげようか? そのままお泊りもオッケー! 蒼と空も呼んでいいからさ、どう?」
「また今度ね」
「言ったね! 洋が夏休み入ったら、皆とウチでお泊り会だからね! 今から楽しみだよ!」
上機嫌が振り切れ、腕絡みの密着度合いが増す宇津姉。
ふにゅんと柔らかな感触と、大人の女性の良い香りに意識が向きそうでも、そうならない。
なんせ明日の勉強会相手は、僕の親友2人が来てくれるんだ。




