最終話 姉と同じ境地、決別のPK、閉会式、君の大事なモノ
卓球場での片付けを終え、バレーの準決勝戦を見届けに、体育館へと急いだ。
時間もそこそこ経ち、既に勝敗が着いてるかと思えば、かなりの大接戦で最終セットの終盤だった。
「なんとかギリギリ間に合った!」
「どっちか2点取ったら決まるじゃん」
「あわわわわ!? み、見てるだけで緊張しちゃうよぉ!?」
「空気も張り詰めてるわね」
大迫力の攻防戦に声援や歓声が止まず、僕らも峰子さん達へ声を出し続けた。
そして決着はものの数分で決まり、芽白さん達が決勝戦進出となった。
気持ち良く握手を交わす両チームに、場内が拍手喝采。
ギャラリーに見送られ場内を去る峰子さん達の元へ、僕らも急足で向かった。
ただ峰子ファンクラブの皆さんが先回りしてた様で、峰子さんを取り囲んでいた。
「ずばらじぃだだがぃでじだ! ねぇざま!」
「蘭華の声、しっかりと届いてたぞ。ありがとう」
「ばぃ!」
「勿論皆の声も届いてたぞ。こんなにも多くの人に支えられて、私は幸せ者だ。ありがとうじゃ足りないぐらいだ」
峰子さんの言葉で1人残らず膝から崩れ落ち、生きてて良かった、永久推し、来世もお慕いしたい、と涙と鼻水声で感激に包まれていた。
よしよしと蘭華さん達の背中を摩る峰子さんが、ハッと僕らがいる事に気付いた。
一瞬申し訳なさそうな顔を見せるも、すぐにいつもの頼れる姉御肌顔で傍まで来てくれた。
「洋達がここにいるという事は、そういう事なんだな」
「ですね。とりあえずお疲れ様でした」
「ま、来年こそ優勝すーし、でーじょーぶい」
「峰子ちゃんもお疲れ様だよ! 惚れ惚れしちゃったよ!」
「ファンクラブへの入会はどうすればいいのかしら?」
「コチラにサインして頂ければ、すぐ入会可能ですよ♪ ズビッ!」
随分と準備の良い蘭華さんに、心菜さんと爽さんも流れで入会し、あれやこれやと軽い説明を受ける中、峰子さんが静かに僕の隣に移動して来た。
グッと顔を耳元まで近付け、僕にしか聞こえない声量でちょっと弱気な声で話し掛けてきた。
「洋にはカッコ悪い姿を見せてしまったな……」
「そんな事ないですよ。戦う姿が新鮮で美しくてカッコ良くて綺麗で、何よりも素敵な一面を見られて良かったです」
率直な感想を言いながら、頭が撫で易い位置なのもあり、無意識に峰子さんの頭を撫でていた。
数撫でしてハッと気付き、手を離しながら峰子さんの顔を見たら、嬉しさが込み上げた柔らかで幸せそうな笑顔だった。
「不意打ちはズルいぞ……」
「つ、つい……」
「んだぁあああ!? つつ積木洋様?! いいいい今、姉様に何をしたんですか?!」
狂気と焦りがごちゃ混ぜの形相で、一気に詰め寄って来た蘭華さん。
特大級の胸が押し潰れて、一つ間違えれば顔が触れてしまう密着距離でも、迫力の方が優って、怖い意味合いでのドキドキが止まらない。
「頭を撫でて貰っただけだぞ、蘭華。ふふ」
「で、です」
「あ、頭撫で如きで、あんな見たこともない幸せなお顔になる訳ないですって!? 一体何をしたか正直に白状しないと、この場にいる会員達を、全員敵に回す事にな」
「の前に、蘭華も撫でられてみるべきだ」
僕の手をソッと掴み、そのまま蘭華さんの頭へとフィットインした峰子さん。
虎の尾を踏ませるだなんて、狂気の沙汰としか思えないのに、反応は真逆と言っていいものだった。
「あ、う、ん、な何ですか、こ、この無性に込み上げてくる幸福感は?!」
「頭に手を置いただけに過ぎないぞ。洋、存分にやってくれ」
「で、では行きますね」
綺麗な髪の流れに沿う様に、峰子さんと同じ撫で加減で手を動かした。
峰子さんとはまた違う撫で心地に、自然と手を往復させ、蘭華さんは撫でられる度に赤らんで行く顔を、ヒクヒクとさせて必死に抗ってた。
「あ、あ、あ、あ抗いたいのに、な、な撫で撫でをされたい気持ちがど、どんどん溢れてきます?!」
「受け入れて早く楽になれば、私と同じ境地に立てるぞ」
「ね、姉様と同じ……あ」
その一言が引き金となったのか、一気に足腰がプルプルと震え出し、ゆっくりと仰け反りながら、その場にへにゃっと倒れてた。
白目を剥きながらも、それはもう幸せそうな表情で、自分の撫でに恐怖を覚える僕がいた。
「ふむ、この様子だとしばらくは動かないな」
「だ、大丈夫なんですか?」
「あぁ。私はこのまま蘭華の面倒と、バレーの決勝戦を観るつもりだ。だから、先に愛実達のとこへ行ってくれ」
「あ、わ、分かりました。待ってます」
峰子さん達の視線を背に、僕らは愛実さんのいるグラウンドへと足を向けた。
♢♢♢♢
日差しが照りつけるグラウンドでは、試合の熱気が渦巻き、その場にいるだけで汗をかく程盛り上がっていた。
試合の観やすい場所がないか見渡してると、六華さんがぴょんぴょん飛んで、僕らを手招いてた。
ギャラリーの後ろを抜け、六華さんの元に着くも、いつになく険しい形相だった。
「今どんな状況ですか」
「0-0終わりで、これから決勝PK戦だ。マジギリギリだったな」
「マジンコ、プレッシャーやばばじゃん」
「し、心臓が口から出そうになっちゃうよ!?」
「私達の出来る事は、見守るしかないわ」
どおりで試合が止まってた訳だ。
愛実さん達も誰が先陣を切るか、ゴニョゴニョ話し合い、赤鳥君が勇ましく手を高々に上げるも、皆から引っ叩かれてた。
日々の近況報告によれば、得点の要は霞さんだそうで、きっと一番手を任せたいんだと思う。
ただ霞さんは、ここぞという場面を一度も経験した事が無いそうで、もしそうなってしまった場合、盛大にミスる可能性が大だと、不安な顔で言ってたんだ。
「それによ、相手のキーパーが城壁並みにガードが堅ぇんだ」
「3-Cの? えっと……確か……」
「力壁篤美先輩だ」
直接的な面識こそないものの、以前力壁先輩のお母さんと宮内道場の体験会で会ってる。
屈強な印象だったお母さんに似て、ゴール前に仁王立ちする力壁先輩は、熱気と圧で周りの空気が歪んでいた。
「タッパもあって動ける、マジもんの怪物ってとこだ」
「お、鬼に見えてきちゃったよ! はわわわ?!」
「実際髪が揺らめいてものね。風もないのに」
「ラスボス臭プンプンじゃん」
「愛実さん達なら乗り越えられるよ、きっと」
積み上げてきた日々の努力で、決勝まで勝ち進んできたんだ。
そして1-BからのPKが始まり、一番手は霞さんだった。
プレッシャーの中心に立つだけで、足がすくんで頭が真っ白になりそうなのに、霞さんはゴールだけを視界に捉え、自分だけの世界に入り込んでいる感じだった。
転校してくる前まで、1人でボールを時間の許す限り蹴り続けて、憂さ晴らししてたって聞いた事がある。
恐らく当時の状況と重ね合わせて、前までの自分と決別する意味合いが込められてるんだと思う。
キックオフのホイッスルが鳴り響き、呼吸を整えて軽く助走をつけた霞さんは、しなやかで美しいフォームのシュートを放った。
ポストギリギリを狙うとは思わなかったのか、瞬時に飛び掛かるも、指先のリーチが数cm足りず、ゴールが決まった。
溢れんばかりの大喝采の中、呆然と立ち尽くす霞さんの下に愛実さん達が駆け寄り、大喜びのハグ。
3-Cも挽回すべく尽力するもゴールを死守され、霞さんの1点が決め手になり、1-Bが見事に優勝を飾った。
「おいおいマジか! 優勝しちまったじゃんか!」
「鳥肌やばば」
「うぅ! 居ても立ってもいられないよ! 皆ー! おめでとぉー!」
「私達の行きましょうか」
「勿論!」
歓喜に沸く愛実さん達と合流し、僕ら1-BのMVPである霞さんを胴上げして、ひたすらに喜びを分かち合った。
♢♢♢♢
全球技が終わった午後3時過ぎ、グラウンドで全校生徒が再びつ集まり、閉会式が始まった。
開会式と同じく、芽白さんのアナウンスで進行していき、いよいよ総合成績の順位発表の時間になった。
発表するのはどうやら渕上先生みたいだ。
『では早速発表します! 総合順位3位! 2-A!』
クラスリーダーの蛇ノ目先輩が登壇し、長い舌をチロつかせて淑やかにトロフィーを受け取った。
『総合順位準優勝! 3-C!』
飛び乗って登壇した火ヶ島先輩は、堂々と高らかに笑いながらトロフィーを掲げた。
『栄えある総合順位優勝は2-C!』
バスケに野球、バレーを優勝したのだから納得の総合1位だ。
クラスリーダーの寿村先輩が優勝トロフィーを受け取り、降壇した直後に師走さんが駆け寄り、強制肩車をされていた。
『そして本年度MVPに選ばれたのは、1-Bの伊鼠中霞さん! そして3-C力壁篤美さん!』
登壇した2人にクリスタルトロフィーが手渡され、堅い握手を交わし、そのまま繋いだ手を掲げ、全校生徒から温かい拍手喝采が送られた。
総合順位とMVPの発表が終わり、いよいよ源十郎さんの挨拶になった。
『生徒諸君! 君達の素晴らしき力戦奮闘は、誠に感服の極みだった! 今日という日を銘肌鏤骨し、いつしか級友と語らって欲しい! 挨拶は以上だが、もうしばらく話を続ける!』
去年と同じ流れなのか、上級生達がザワっとソワっとする辺り、シークレット賞の発表に違いない。
『上級生諸君は察しておると思うが、総合順位、MVP以外に、もうひと賞が存在している! その名もシークレット賞!』
何も知らない1年生はざわめき、知る者は期待に胸躍らせ、ひたすらに源十郎さんの声に耳を傾けてる。
『審査基準は毎年異なり、極秘くじ引きで決定している! そして申し訳ないが、先程の受賞者は選外としてる!』
『肝心の本年度の審査基準だが、球技大会期間から本番までの、努力に焦点を当てたものになっている!』
本番のみならず、期間中の努力も含むのならば、僕らにも可能性がなくもない。
ボロボロの呉橋会長も待ってましたと言わんばかりに、壇上横にわくわくルンルンでスタンばってる。
『さぁ! 皆の中で、最もシークレット賞に相応しい者を発表する!』
ドラムロールがスピーカーから鳴り響き、一体誰が呼ばれるか誰しもが願いを込め、源十郎さんが一息吸い込み、その受賞者の名前を口にした。
『本年度シークレット賞に輝いた者は……宮内宇津音先生だ!』
「わぁあああ! ……ん? って、わ、私ですか!?」
まさかの人物にざわめきが増す中、源十郎さんは語り続けた。
『今期から非常勤講師として赴任し、日々奮励努力を惜しまず、球技大会期間や本番中も常時一往一来し、生徒や先生方に気を配り、10人分に匹敵する働きを絶えず見せ、本校に多大な貢献をしてくれた!』
源十郎さんの言葉でグラウンド中に、宇津姉のやって来た行為に対する賞賛の声が続々と上がり、拍手と祝福の声援湧き上がった。
『これが北春高校総意の証だ! 宮内先生! さぁ! 遠慮せず上がって来なさい!』
手を差し伸べる源十郎さんの手を取り、登壇した宇津姉はマイクを渡されるも、いつもと違って戸惑ったままだった。
『あ、え、えーっと、まさかの事態に非常にテンパっていますが、ありがとうございます!』
『肝心の賞だが、現実味のある願いを1つ叶えるというものになってる!』
『現実味のあるお願いですか……』
『勿論後日でも構わない! じっくりと考えてく』
『ハッ! 今でもいいですか!』
『是非聞かせてくれ!』
『ハイ! 私のお願いは、ここにいる北高の皆と、今夜ここで、美味しいお肉で焼肉がしたい! です!』
『や、やきにく? ガハッハッハ! 早急に用意しようじゃないか!』
なんとも宇津姉らしいお願いに、グラウンドにいる皆が自然と笑顔に包まれ、ほっこり空気のまま閉会式が幕を下ろした。
♢♢♢♢
閉会式から約1時間弱。
皆が校内で着替えとひと休憩を済ませてる内に、グラウンドに焼肉広場のセッティングが完了していた。
数百人規模の焼肉環境を、こんな短時間で完璧に作り上げるだなんて、恐るべし天宮寺財閥。
一方で、いつもの空き教室で、最後のクラスリーダー招集中だ。
「ほんじゃ今日までご苦労様! 解散! おつおつのカレーライス! 焼肉だぁあああ!」
解散挨拶直後、誰よりも早く出て行った呉橋会長に、クラスリーダーの皆さんも続き、ポツンと出遅れた僕も立ち上がろうとした時、行手を塞ぐように誰かの手が伸びて来た。
「へ?」
「ちょっといい」
「な、何でしょうか瓜原先輩」
必要最低限の挨拶しかせず、クラスリーダーの中で最も接点のない人だ。
一体何用か不明なまま、瓜原先輩はテーブルの上に座り、怖い程に落ち着いたトーンで口開いた。
「知ってるかい。ライバルは競ってこそ、互いを高められるのを」
「な、何の話ですか」
「そんなライバルが突然居なくなったら、心にポッカリ穴が空いてしまうなんて、よくある話だ」
いくら僕が口を挟んでも無駄だって、変わらない声色がそう釘刺して来てる。
「ボクは今その状態でね、そうなったキッカケは君にあるんだ」
直接的な関係性がないのに、キッカケが僕にあるという事は、共通の誰かが関係してるんだ。
瓜原先輩の情報を脳内から引っ張り出し、僕らの共通人物が誰かを考えた。
陸上部の瓜原先輩とライバル関係にあって、僕と友人である人物は、すぐに誰かなのか分かった。
「……陸上を辞めた愛実さんと、ライバルだったんですか」
「あぁ。だからボクは、キミを敵視してる」
「た、確かにキッカケは僕にあると自覚してますし、敵視されるのも充分分かります! けど、当の本人である愛実さんの気持ちを尊重したまでです!」
「愛実から陸上を辞める際に、そう聞いたから知ってる。それでも、君がボクから愛実を奪った事実は変わりない。だからボクも、君の大事にしてるモノを一つ奪うと決めた」
ガッと両足で僕の両サイドを塞ぎ、顔も両手でホールドされ、瓜原先輩の顔がゆっくりと着実に距離を縮めて来てる。
瓜原先輩にとっても大事なモノであるのに、一切の躊躇いがない。
可能な限り仰け反って、どうにか顔から距離を離そうにも、すぐに戻されて時間稼ぎにもならず無意味。
顔を背けるられず残り数cmに迫った時、扉の開く音が聞こえた。
「積っちー! 遅いから迎えに来ちゃ……んだらっしゃい!?」
「おっと」
「いでぇ!?」
脅威のスピードで、僕らの顔を離そうと動いてくれた愛実さん。
僕だけ避けきれず強烈なビンタをモロに食らった。
盛大に椅子ごとぶっ倒れ、頬がジンジン痛たむ僕の下に、愛実さんがすぐにギュッと抱き寄せてくれた。
「かかか奏多さぁん!? つつつつ積っちになななな何しようとしてたんっすか!?」
「別に。顔に砂汚れが付いてたから、拭いて上げただけ」
「い、いやいやいや!? にしちゃ、顔面が数cmの距離だったですって!?」
「見間違いだ。さてと……邪魔が入った事だし、またの機会としようか」
「ちょ、ちょっと奏多さん!?」
ペロッと唇を舌でなぞり、涼し気な顔で瓜原先輩は出て行った。
また今回みたいに2人っきりになれば、今度こそ奪われてしまう。
だから極力1人っきりにならず、瓜原先輩とも接触しないようにしないと。
「な、なぁ積っち? か、奏多さんと何があったんだ?」
「そ、それは……」
僕があやふやに決意を鈍らせて、いつまでも想いを告げずにいるから、結果的にこんな事になってしまったんだ。
愛実さんも都合良く、いつまでも待ってくれない。
だから近い内に必ず、愛実さんに想いを告げるんだ。
そして瓜原先輩問題も僕が解決してなんぼなんだ。
「ご、ごめん愛実さん。り、理由は言えないんだ……」
「……分かった! こっちこそ、何でもかんでも聞こうとして悪かった!」
「そんな事ないよ、愛実さん……ありがとう」
「にひひ! ほら! 皆待ってるし、早く行こ!」
小さな手でキュッと僕の手を握り、空き教室から軽やかな足取りで駆け出す僕ら。
詰み体質すらも忘れて、僕の方から手を握れるその日まで、もう少しだけ待ってて欲しい。
そう心に強く想い、グラウンドへと向かうのだった。




