123話 修復不可能、代表シングルマッチ、すんすんソムリエ、ダイナミック着眼点
凛道さんの着替え問題を、いくらか考えはするも、やっぱりマネージャーさんに着替えを届けて貰うのが、安全且つ確実な解決法だと行き着いた。
「マネージャーさんに連絡は?」
「し、したけど……別の子を何組も掛け持ちしてるし、ジャージで対処出来てるから、後回しになると思う……」
「んー……それまで現状維持で耐えるしかないですね」
「そ、そうなるよね……うぅ……は、早く来てくれる事を祈るしかないかぁ……」
しょぼくれ涙目で、下ろしたジャージのチャックを上げる凛道さん。
何故か胸の下でグッと動きが止まっていた。
「……あ、あれ? ちゃ、チャックが上がらない!? どどどどっどどうしてぇ!?」
焦るあまりに何度も何度も上下にチャックを動かし、動きに連動して胸が激しくぶるんぶるんと揺れに揺れまくってた。
それだけに止まらず、激しい揺れでチューブトップがどんどんズレて、今にも胸が溢れ落ちそうだった。
「り、凛道さん!? す、ストップストップ!?」
「で、でもでも?! あにゃん!?」
パキッと嫌な音が聞こえ、チャックのパーツが修復不可能な状態で外れた。
「も、もうおしまいだぁ……」
「し、しっかりして下さい!?」
絶望顔+意気消沈+何かされたかの様な乱れ具合+凛道刹那という存在。
そして同じ場にいる、異性の僕。
今この場を誰かに見られれば、高校生活すら送れなくなる。
「刹那んー積木くんリーダーどこだいー? 小休憩終わるってさー」
「み、美鼓さんの声……し、仕方がないですけど、僕のジャージを貸しますんで、コレで辛抱してくれますか」
「う、うん……ご、ごめん……ぼ、僕の不甲斐ないクソ雑魚ムーブに巻き込んじゃって……ひっぐ……」
手早くジャージを脱ぎ渡し、辻褄合わせとして僕は凛道さんのジャージを腰に結び、先に凛道さんに戻って貰った。
去り際に何度も何度も申し訳なさそうに、頭をペコペコ下げる凛道さんを見届け、時間差で僕も卓球場へと足を向けた。
道中で美鼓さんと合流するも、どこか不満げな表情だった。
「刹那んとさ、なーにー話してたん」
「話というか、ちょっとしたお礼を言いたかっただけみたいです」
「へぇー逢引きかー」
「な、何でそうなるんですか。違いますからね?」
「どーだか」
疑わしいジト目と肩ツンツンをされたまま、卓球場に戻ったら、後半ブロックの準備が完了していた。
「ギリギリだぞー積木、美鼓ー」
「す、すみません」
「すまへん」
「次から気を付けろよなー。ほんじゃ、後半ブロックの初戦始めてくれー」
足早に馬蝶林さん達の元へ向かうと、僕らが審判と得点係をする、3-Dのリーダーである毛先が金で緑のサバサバロングオールバックの東郷竜美先輩と、2-Aのリーダーである毛先が黒で金髪ショートの西ノ塚虎子先輩が何やら睨み合っていた。
「ウチらに勝てますかね、竜美パイセン」
「抜かせ。模擬戦では私が勝ったのを忘れたのか、虎子」
「あん時は手抜きですよ、て・ぬ・き。気付いてなかったんですか?」
「ふん。私の方こそ手加減していたんだ。それで負けるような相手の実力はたかが知れてる」
「あ、あの……そろそろ始めて貰っても?」
「あーら、ごめんね積木ちゃん。ついつい話し込んじゃって」
「すまんな積木君。得点係、よろしく頼む」
「ウチとも握手ー」
1-Bに握手をし、少々遅れをとった試合が始まった。
実力は五分五分で、2勝2敗となり、代表シングルマッチで決める事になった。
勿論、代表は東郷先輩と西ノ塚さんだ。
「負けたら約束通り、お昼を奢って下さいね、竜美パイセン」
「逆も然り、私が勝てば奢って貰う」
並々ならぬライバル関係に、試合を終えた他のチームもオーディエンスとなって、試合の行く末を見届けるつもりだ。
両者一歩も譲らず、数十回の激しいラリーを繰り広げ、お互い残り1ポイントの大接戦。
その激しい運動量による滝のような汗で、身体のラインと下着がビッタリと浮き見えてた。
「はぁ……はぁ……ま、負ければ楽になれますよ?」
「ふぅ……ふぅ……わ、私は屍を超えて先へ進む」
「は、はははは! ど、どっちみち次で最後です。泣いても笑っても恨みっ子……無しですからね!」
「むっ!? ふ、不意打ちとは姑息な!」
猛々しく大きく揺れる東郷先輩、波打つ様に大きく揺れる西ノ塚先輩。
もう自分達の世界に入り込んで、自分がどんな姿なのかお構いなしだ。
そして30回以上に及ぶラリーの末、最後の1ポイントを手にしたのは東郷さんだった。
「ま、負けちゃった……ふべぇ……」
「おっと……虎子が倒れたら、リーダーとして示しがつかんだろう」
「た、竜美パイセン……完敗です……」
2人に大きな拍手が送られ、後半ブロック初戦が終了。
「いやはや♪ かなりの白熱でしたね♪」
「室戸先輩の方はどうだったんですか」
「完封ですよ♪」
前半ブロックでも壱良木先輩として参戦していたのに、汗一つ流してないのだから、恐ろしい人だ。
「決勝でお待ちしてますね? 願わくばですけどね」
焚き付ける言葉を添えて、僕の肩をポンポン触れ、卓球場を去った室戸先輩。
ここまでされたからには、絶対に勝ち上がってやりたいけど、前半ブロックは1-Aと、壱良木先輩の3-Bのどちらかが必ず立ち塞がるんだ。
その対戦相手は10分の小休憩後にある、シード枠決めのくじ引き次第だ。
「ねぇねぇ積木君」
「ん? 何ですか鈴木さん」
「なんか甘くてフルーティーな香りが、微かに積木君からするんだけど、気のせいかな? すんすん……」
腰巻きの凛道さんジャージが近過ぎて、残り香に全然気付けなかった。
香りの正体を知られたら、今後白い目で見られ、築いてきた友人関係にも亀裂が入り、最悪1-Bで孤立なんて事もあり得る。
ここはそれっぽい理由で乗り切るべし。
「せ、清涼スプレーの匂いじゃないですか?」
「えー? でも、積木君がいつも使ってたのって、石鹸のいい匂いのヤツじゃなかった? スンスン……」
考えてみれば一緒にいる機会が多いから、当たり前に使ってた物を知らない訳がないんだ。
どんどん顔を近付け、腰巻きジャージにロックオンされた時、鈴木さんの顔前に手が伸びて来た。
「2人とも、体育館の試合チラ見してこ。野乃のんが待ってる」
「あ、そうだね! ナイスアイディア! 心菜ちゃん!」
「で、ですね! い、行きましょうか!」
美鼓さんの割り込みがなかったら、すんすんソムリエに香り元を特定されてたところだった。
♢♢♢♢
体育館ではバレー・バスケ・バドミントンの3球技の試合が行われてる。
ただ場所に限りがある為、総合体育館でも同時にやってるそうだ。
「バレーの峰っ子さん達が、3-Bと第2試合中みたい」
「ですね。明らかにギャラリーの数が違いますもんね」
黄色い歓声を上げる女性達が、2階ギャラリーとコートの周りを埋め尽くし、近くで観戦出来ない状態だ。
ザッと見渡すと、義刃峰子ファンクラブの会員が大多数で、顔見知りの敵チームも普通に混ざってた。
「キャアアアアア! 姉様! カッコいいです!」
中心部に一際存在感を放ってる、西女にいる筈の学ラン応援団姿の蘭華さんが、さも当たり前のようにいるけど、わざわざサボったんだろうか。
とりあえず小休憩の合間なんだ。
このまま若干遠巻きからの観戦で我慢だ。
丁度峰子さんによるサーブが放たれ、受け止めた相手チームも負けじと反撃。
連携プレイからの強烈なアタックを、インコースギリギリでトスを上げ、峰子さんのダイナミックなアタックが炸裂。
凄まじい威力は誰にも止められず、1-Bに得点が入った。
「流石峰子さん!」
「おぉー司んより揺れがダイナミック」
「私より大きいのに、あれだけ動けるなんて羨ましいよ!」
「私には無縁な話だわ」
着眼点が違う御三方に、突っ込む余地はないので、何も言わない事にした。
チーム内でハイタッチし合う中、峰子さんがピクッと何かに反応し、キョロキョロとギャラリーを見渡し始めてた。
鳴り止まない歓声に応えながら見渡し続け、ハッと僕を視界に捉えた瞬間、爽やかで美しいウィンクが発動。
思わずドキッとする不意打ちなウィンクに、ギャラリーの女性達は艶かしい声を上げて腰砕けてしまってた。
「わ、わぉ……うぃ、ウィンクの破壊力ヤバし」
「あ、あれが峰子ちゃんマジック……しゅごい……」
「ファンクラブが出来るのも頷けるわ」
「でも、何で急にウィンク?」
3人が小首を傾げるのを他所に、僕は峰子さんに向かって、拳をグッと胸の前にやって、頑張ってとお返しした。
パァッと可愛らしく反応した峰子さんは、任せろと言わんばかりに、ドンと胸を叩き揺らし、試合に戻って行った。
最後まで見届けられないのが残念ではあるけど、僕らも同じぐらい頑張らないと。




