☆119話 妹の背中流し、髪ブラ、黙って100秒間、アウトゾーン
※2024/4/8文末に馬蝶林実々花のイラストを追加しました!
※イラストが苦手な方はスルーで!
防御力皆無な腰巻きタオルを装備後、女性陣の楽し気な声が響く、浴場の扉を恐る恐る開いた。
大浴場にジャグジー、打たせ湯にサウナ、露天風呂まで完備されて、もはや家庭規模のお風呂ではなかった。
幸い、全体的に湯気が立ち込め、皆のシルエットがなんとなく分かるぐらいだ。
よっぽど近くない限りは安全って事だ。
「来たわね」
「ひょ!?」
「お兄ちゃん、ここに座って」
「う、うん」
待ち伏せしてただろう、タオル巻き姿の馬蝶林さんと空に誘導され、洗い場の風呂椅子に座った。
極力、空の方に意識を向け、今後の関係性に支障をきたさないように尽力しないとだ。
そんな事を考えてると、程よい温度のシャワーで全身を濡らされ、目を瞑ってひたすらに耐え凌いでいた。
「よし! では、頭洗いまーす♪」
「空ちゃん、シャンプーよ」
「あざます♪ それじゃあ行くよ、お兄ちゃん♪」
「お、お願いします!」
こしょこしょと優しい頭皮マッサージみたいな洗い方、疲れた身体もリラックス出来て、いつまでもやってて貰いたい気分だった。
同じ工程を丁寧に2回繰り返し、洗い流された頭皮は、見違える程スッキリ爽快になった。
「どう? 気持ち良かった?」
「うん。やって貰った方が何倍も良いね」
「ふっふーん♪ お次は背中を流しまーす♪」
「泡立ち抜群のボディタオルと、保湿力最強のボディソープよ」
「どもども♪ 愛情込めて泡立てるので、少々お待ち下さーい♪」
横で一生懸命もしゃもしゃ泡立てる空を、横目で微笑ましく眺めてたら、ピトッと背中に誰かの手が置かれた。
「服の上からだと分からなかったけど、積木くんって生身だと、しっかりしてるのね」
「そ、そうですか?」
「えぇ。腕とか背中とか、男らしいと言えるわ」
「ひょわっ!?」
背中や腕に指先を滑らせ、慣れてない感覚にピクピクと反応してしまう。
「ふぅ! 泡立て完了……ん? あ!? 私の許可なくお兄ちゃんに触れちゃダメ! めっ!」
「つい好奇心が優ったのよ。悪気はないわ」
「ぐにぃ……お兄ちゃんも声を大にして、言いたいこと言って良いんだからね!」
「す、すみません!」
真っ当なド正論を言われ、兄としての威厳はこの場じゃ通用しなさそうだった。
改めて泡を肩にモコモコ乗せられ、腕や背中に伸ばし広げ、背中流しが始まった。
ただボディタオルではなく、小さな手の平でだ。
「あ、あの……空さん? 手でやられてます?」
「そうだよ? この方がしっかり洗えるんだよ♪」
「へ、へぇー」
丹念に洗ってくれることは冥利に尽きるけど、吐息が乱れ始めてるのは気のせいだと思いたい。
「ず、ずっと触ってられるよ……うへへ……じゅるり……」
別な意味で危なっかしい独り言は聞き流し、数分間に及ぶ背中流しが無事完了した。
「どうだったお兄ちゃん♪」
「よ、良かったよ。ありがとう。あ、ま、前は自分でやるから、あとはいいよ?」
「さ、流石にやらないよ! 興味はあるけど……」
「へ?」
「な、なんでもないよ! の、野乃花さん! 行こ! ……野乃花さん?」
返事のない馬蝶林さんをチラッと見たら、口に指を添えて真剣な表情だった。
「……私はいないものだと思って、やって頂戴」
「絶対ダメですぅううう! お兄ちゃんのお兄ちゃんは見させませんんん!」
「小さいのに力強いわね、空ちゃん」
「お兄ちゃん! 先に浸かって待ってるよ!」
「あ、う、うん」
ずりゅずりゅと馬蝶林を引き摺り、ザブンと2人分の入浴音が聞こえた。
誰も近くにいない今の内に、残りの箇所を手早く丁寧に洗い、腰巻きタオルを結び直して、大浴場へと足を向けた。
「それにしても……湯気が凄いや……足下気を付けな」
「いとじゃん」
「ふぁっす?! み、美鼓さん? あ、あれ? ど」
「目の前」
「うおわっ!?」
視界を戻した先に、いきなり現れたもんだから、尻餅を盛大に着いてしまった。
「ごめ、立てる?」
「あ、ありがとうござい……あ、あの……た、タオルの方は?」
手を貸す美鼓さんの違和感は、空達と肌色面積の多さが違う点だ。
恐らく顔から下に視線を向けるのは、絶対にアウトだ。
「タオルは邪魔だからしない質。ま、髪ブラあるから万事解決じゃん?」
「な、何も解決してないです」
「気のせい気のせい。ほら、お湯に浸かろ」
「あ、ちょ」
ギュッと絡めた僕の腕を、身体にピタッと当て、布越しにはない素肌の柔らかさに、意識を持ってかれそうだった。
カチコチな動きなまま乳白色のお湯に入り、空達と合流。
2人もタオルを外してるのか、浴槽縁に2人分のタオルが畳んであった。
「温泉最高、野乃のん」
「それは良かったわ」
「心菜さん。なんでお兄ちゃんの腕に絡んでるんですか」
「視界悪いから、エスコート的なヤツ。ね」
「ま、まぁ……嘘は付いてないよ」
「ぐにに……お迎えすれば良かった……ギリギリギリギリ……」
今すぐにでも美鼓さんを引き剥がそうと、歯をぎりぎり鳴らしてる。
きっとタオルを巻いてないから、思うように動けないんだ。
一応エスコートは完遂されたので腕絡めは解かれた。
このままお湯に浸かれば、身体が見えなくなって一時の安全が訪れる筈だ。
淡い期待を抱き、お湯に浸かった瞬間、一瞬でお三方に囲まれた。
やっぱり詰み場にいる以上、期待なんかしちゃダメなんだ。
「100数えるまで出ちゃダメよ」
「出る素振りしたら、やり直し」
「3回やっちゃったら……た、タオル取って貰おうかなー?」
「じょ、冗談だよね?」
「今日は無礼講よ。タオルの一枚や二枚、安いものじゃない」
「だーじょぶ。見ても内緒にするし」
「そ、そういう事だから、お兄ちゃん。頑張ってね♪」
黙って100秒間浸かれば、なんら問題ないかに思えるけど、そう簡単な訳がない。
既に視界の届かない水面下で、3方向からソワソワと僕の肌に触れてきてるんだ。
距離もじわじわと縮め、30秒経つ頃には身体が触れ合い、僕の手を掴んで素肌に触れさせて来てる。
残り45秒間、どうにか目の前の現実から意識を逸せる、何か良いものがないか、自由の利く視界と聴覚を集中。
近場の打たせ湯に2人のシルエットが見え、湯気が薄れて徐々に正体が明確になってきていた。
「くふぁ……肩こりに効くよぉ……」
「爽ちゃんも胸大きいもんね。ワタシは日々のストレッチを欠かさないから、こったりした事ないんだよね」
「にゃ、にゃんですと!? あとで教えて!」
「勿論だよ! 手取り足取り教えるね!」
霧神さんと鈴木さんの、ほぼ全ての肌色が見えてるものの、謎の濃い湯気がアウトゾーンを絶妙に隠してくれてる。
それでも抜群なスタイルを誇る両者を、これ以上見る訳にはいかない。
でも、お陰様であと10秒、5秒、0秒と、100秒間を乗り切ることに成功出来た。
「ひゃ、100秒経ちましたよね?」
「あ、数えてなかった! って事は……」
「もっかいだね」
「そ、そんなの無しです! 僕はキッチリ数えてたんで、上がらせて貰いますからね!」
「あ、お兄ちゃん!」
はなからルールを守る気が無かったのなら、ルールを守った僕もそうするだけだ。
案の定、僕を止める事はせず、何やらコソコソと話し合ってる3人。
また変な事をされる前に、最後に露天風呂に入って、上がってしまうのが吉だ。
露天風呂の扉を開くと、石造りの立派な庭付き露天風呂が広がってた。
ここが温泉じゃなくて、タワマンのお風呂なのを忘れてしまう程、一般家庭離れした景色だと改めさせられる。
ちょっと熱めなお湯に浸かり、奥の方へとスイスイ移動し、石の壁にもたれかかった。
「ふぅ……やっと落ち着」
「ふばぁ!」
「ぎゃ!? いて?!」
いきなり目の前で、大きな飛沫が上がったもんだから、驚いた拍子に頭を壁にぶつけてしまった。
薄っすら涙目を浮かべてると、目の前にいる飛沫の元凶が声を掛けてきた。
「どうでい洋ちゃんお兄ちゃんさん! 我が家のお風呂はお気に召したかな?」
「み、実々花ちゃん? って、前?!」
「前? おぉー! 結構いい身体っしょ? ドヤドヤドヤ!」
タオル無し姿で堂々と立ってるせいで、アウトゾーンもお披露目になって、目を逸らす一瞬だけ見てしまった。
せめて手で隠してくれてもいいのに、一切隠す素振りを見せず、ドギマギが止まらない。
もう温泉でゆっくりするのは諦めて、さっさと退散するのが身の為だ。
「あ、さ、先上がるね!」
「えぇー? はっ! ははぁーん? もしかして照れちゃってんの? おかわー♪」
「あ、積木くんと実々花ちゃん! お話ししーまーしょー♪」
「司ちゃんお姉さん! らっしゃーい!」
霧神さんがタオルを前に添えるだけの、頼りない防御姿で接近。
歩む度に隠しきれないアウトゾーンがチラッと見え、視線を向ける事が出来なくなった。
これ以上詰み要素が集まる前に、強引にでも温泉から出ないと、本格的にまずい事になる。
「ちょ、ちょっとのぼせちゃったかもなんで、上がりますね!」
「確かに顔赤いもんね……お話出来ないのは残念だけど、脱衣所まで付き添って上げるね!」
「あ、わっふ?!」
「わたしも手伝うZE☆ わたしの腰に手を回して、レッツらゴー!」
右腕に霧神さん、左腕に実々花ちゃんの、生肌濃厚接触付き添いに、本気でのぼせそうになる。
両腕に意識を持っていかれながら、危うい足取りで脱衣所まで移動して、椅子に座らせて貰った。
「お水取ってくるから、待っててね!」
「新しいタオル持ってくるわいな! ちょい待っててな!」
「あ……ありがたいけど、もう全部見えちゃって……る……」
揺れ動く肌色景色を最後に、僕はキューっとのぼせて、数分間気を失った。
そして目を覚ますと、心配そうに見つめる女性陣全員に取り囲まれていた。
安堵の顔を浮かべる女性陣は、全員タオル無し姿で、申し訳なさとさ情けなさに浸る間もなく、思考停止のち再び気を失った。




