118話 妹の分まで、似てない姉妹、お泊り会とタワマン、おもてなしと温泉
思い掛けない空との遭遇に、かなり驚くも、朝に友達とお泊まり会するって、言ってた気がする。
ついつい自分のお泊まり会とか、練習の事で頭がいっぱいで、記憶がおぼろげになってた。
確か姉さんも友達を家に招いて、今頃お泊まり会してる筈だ。
兎にも角にも、空もお菓子を買うなら、ちゃんと一緒に払わないとだ。
「そ、空? ポテティチョコ買うんだよね?」
「え? う、うん! 友達に積木家の定番お菓子を食べて貰いたくてね! もしかしてお兄ちゃんも?」
「うん、やっぱり似た者同士だね。ほら、カゴに入れて」
「ありがとうお兄ちゃん! えへへ」
今日一日、イマイチな立ち振る舞いで、寝る前に1人反省会を開こうと考えてたけど、空のお陰で少し気持ちが楽になった。
そのまま自然と頭を撫でて、空もご満悦な中。
カゴを持った淡緑ショートの着崩した女の子が、僕らを視界に捉えながら接近してきていた。
「あーっと……空ちゃんの……知り合いの人?」
「ま、まぁ、そうです」
「私のお兄ちゃんだよ。こんなとこで会うなんて思わなかったから、2人してびっくりしてた所」
「ははぁーん? さては、貴方が噂の空ちゃんお兄ちゃん?」
「う、噂のかは分からないけど、兄の洋って言います」
「コホン! あーわたしは空ちゃんの同級生の……あ、ちょ待って、電話」
ペコっと頭を下げ、10秒にも満たない通話を終えた。
「おっけ。ほんじゃ、改め」
「積木くんリーダーみっけ」
「わぁっちょ!? み、美鼓さん!? 背後から急に抱き付かないで下さいよ!」
「へへ。ワタシ達の仲じゃん」
ギュッと更に密着させ、柔らかな感触を背中に押し拡げてる。
ダメ押しで肩に顔を乗せ、目鼻立ちの可愛らしい顔が近くて、爽やかな清涼剤の香りも、鼻をくすぐってくる。
「ん? この子達と面あり?」
「い、いいいいい妹ですぅううう?! 今すぐお兄ちゃんから離れて下さいぃいいい?!」
「わぉ力技」
力ずくで引き剥がし、僕にピッタリと貼り付いたまま離れた空は、美鼓さんに警戒の唸りを上げてる。
「てか、わたしのターンは?」
「どういった状況なのかしら、実々花」
「あ、野乃花ちゃんお姉ちゃん!」
「わぁー! 積木くんに似てる可愛い女の子だぁ!」
「でも、なんであんな蝉みたいになってるんだろう?」
「ちょ、ちょっとした出来事がありまして……」
かくかくしかじかと馬蝶林さん達に事情説明し、空も警戒は解いてくれるも、僕から離れないままだ。
「って事で、三度目の正直! 野乃花ちゃんお姉ちゃんの妹! 馬蝶林実々花、中学2年!だ!」
「ね、似てないでしょ」
「外見は水と油的な?」
「若さが眩しいよ……ほわぁ……」
「ワタシ一人っ子だから、兄妹がいるのって羨ましいよ!」
僕らも軽く自己紹介を済ませ、空がクイクイと服を引っ張り、何か言いた気だった。
「ねぇお兄ちゃん。そこの金髪殺人ボディー美人さんと、どんな関係」
「霧神さん? 普通の友達だよ?」
「本当? 誘惑されたりしてない?」
「無い無い」
「怪じぃ……ぐぅうう……」
普段は人当たりがいい空だけど、僕が異性と一緒にいたり、異性の話題が上がると、相手がどこの誰なのか食い掛かってくるんだ。
特に胸の大きい人に限っては、僕に近付けさせないように身を挺して、必死に守りに徹するんだ。
この守りは空が納得するまで解除してくれないから、正直どうこうするのは難しいんだ。
せめて霧神さん話題から、別の話題に逸らせば、多少マシにはなる筈だ。
「そ、そういえば空が実々花ちゃんと一緒って事は、お泊まり会も?」
「うん。お兄ちゃん達と一緒……ハッ! って、ちょっとちょっとちょっと!? お兄ちゃん!? こんな綺麗で可愛い人達と、お泊まり会するつもりだったの!?」
話題を盛大に間違えた。
ここは素直に返事をした方が身の為だ。
「さ、誘われただけだから、決して邪な気持ちで泊まる訳じゃ無いよ?」
「今のお兄ちゃんに説得力無し! 寝る時は私と一緒! 2人っきり! じゃないとダメ!」
「は、はい」
気迫と語気の強さに、兄としての威厳は吹き飛ばされた。
同時に不安だったお泊まり会も、空がいる事でなんら家と変わらない状態に変わり、少しホッとする自分がいた。
♢♢♢♢
買い出し後、和気藹々と歩いてる内に、馬蝶林さん宅のタワーマンションが見えてきた。
しかも最上階とその下の2階、計3階層までが馬蝶林さんの住まいだそうで、聞いた時は皆して腰を抜かしそうになった。
ご両親が不動産関係の仕事で、ここ以外にも数件所有してるそうだ。
高級な玄関ロビーを見渡し、外を一望できる高速エレベーターに乗り、到着した階層では広々とした玄関がお出迎え。
馬蝶林さん宅直通のエレベーターだったみたいだ。
「さぁ、どうぞ」
「ウェールカンム! どぞどぞー!」
「おんじゃまー」
「はわぁー……玄関だけで暮らせそう……」
「お泊まり会♪ お泊まり会♪」
高級ホテル並の内装に浮き足立ったまま、リビングへと足を踏み入れた。
第一印象は100人規模のパーティーを余裕で開けそうな、場違い感が否めない異空間。
皆も恐縮気味かと思えば、目をキランキラン輝かせ、あちこちと動き回って見学していた。
「セルフ展望台じゃん。おわ、窓際怖っ」
「凄い凄い! バーがあるよ! バーが!」
「ふわぁ~……人がダメになるソファ~最高~」
「こんな素敵な場所で、みんなと川の字……ん! 楽しみ過ぎるよ!」
「なっはっは! 先輩達のリアクション最高かよ! ほれ、こっちも見て見て!」
ノリノリな実々花ちゃんの見学会を遠目に、僕は馬蝶林さんと一緒に、手狭とは無縁なアイランドキッチンで、野菜の下準備だ。
「助かるわ、積木くん」
「一晩お世話になるんですから、このぐらいお安い御用です」
「律儀なのはいいけど、貴方はお客さんよ。あとでちゃんとおもてなしさせて貰うわね」
何か別なおもてなしがあるのなら、その時は有難く受け入れよう。
世間話をしながらせっせと下準備してると、美鼓さんと実々花ちゃんがダイニングテーブルで一息ついてた。
「人んちって、おもろい。あ、なぁーみーちゃん。ホットプレートとか用意しないんかい?」
「ぬっふっふ……我が家にはコレがあるんでい! ほれ、ポチッとご開帳!」
ダイニングテーブルの中央が動き、お好み焼き屋さんとかで見掛ける、大きな鉄板が登場。
何から何まで僕ら一般人の域を超えてるのだから、これ以上何かあれば驚き疲れしそうだ。
♢♢♢♢
豪勢な焼き肉を堪能し、洗い物や片付けを綺麗に終わらせた後。
日中の疲れと満腹感で、その場から動きたがらない僕らの前で、馬蝶林姉妹がドンと立った。
「皆、ちょっと来てくれるかしら」
「カムォン、カムォン」
実々花ちゃんの陽気な手招きに誘われる様に、理由が明かされないままゆったりと続くと、廊下の大きな両開きスライドの扉前で止まった。
ガラガラとスライドする先は、数十畳ある竹タイルの床と、温泉さながらの脱衣所だった。
「ご覧の通り、我が家の温泉よ。いつでも入って貰って構わないわ」
「って事で、今すぐ入っちゃおうZE♪」
「わーい! 着替え持って来るね!」
「爽チン、肉食って爆元気じゃん。まてーぃ」
「これがお泊まり会の醍醐味の一つ、みんなとお風呂……くぅ! 最高だよ!」
すっかり温泉モードの女性陣に、唯一男の僕が水を差す訳にはいかない。
静かに脱衣所を出て行こうと、扉に手を掛けようとしたら、横から手を掴まれた。
「どこ行くつもりなのかしら、積木くん」
「え、み、皆さんのお風呂上がりまで、リビングで待とうかと……」
「さっき言ったわよね。おもてなしさせて貰うって」
「あ、い、いや、べ、別にお風呂を頂けるだけで大丈夫なんで、おもてなしもお気遣いな」
「なーに、洋ちゃんお兄ちゃんさん? 謙遜ってヤツ? わたし達の前じゃ、無駄無駄ぁ!」
「わちょっと!?」
実々花ちゃんにも強引に手を引かれ、脱衣所の中心部まで強制移動。
そのまま実々花ちゃんの腕絡めホールドをされ、馬蝶林さんがとても心許ない腰巻きタオルを一枚、僕へ差し向けようとしてた。
逃げ場を失い、詰み体質の魔の手が今にも届きそうな時、最愛の妹の声が脱衣所に響いた。
「待って! 実々花ちゃん! 野乃花さん!」
「そ、空!」
「お兄ちゃんの背中を流すのは私だからね!」
「そ、空!?」
最愛の妹もやっぱり詰み体質の対象なんだと、脱衣所という孤独な戦場で絶望するしかなかった。




