112話 小さな仕草の本音、屋上で2人っきり、事の重大さ
昼休みに入り、首や手をポキポキ鳴らす愛実さんと一緒に、里夜先生のプライベートルームへと向かってる。
普段屋上の出入りは禁止されてるも、先生の同伴なら可能になってるんだ。
霧神君が先に屋上に来てたら、その時はその時だ。
「お、着いたよ」
「ほほぉ……ここが、りよっぺ先生の魔境……ゴクリ」
「普通に綺麗な執務室だったよ」
「なーんだ」
つまらなさそうな愛実さんを横目に、ノックを鳴らして名前を名乗った。
「里夜先生、積木です」
『すみませんつみき君。少々手が離せないので、そのまま入って来て下さい』
「あ、はい。失礼します」
「ます! ……な?!」
手が離せない状況は、ほぼ下着状態で着替え中の姿を、わざと見せびらかすものだった。
「おや、瓦子さんも一緒とは」
「い、今すぐその凶悪ボディを隠して! りよっぺ先生!」
愛実さんの張り手目隠しをされ、数十秒。
視界が戻った時には、里夜先生はスーツ姿に着替え終わっていた。
里夜先生は僕が来る想定で、着替え中姿を見せ、ちょっと意地悪しようとした魂胆だった筈だ。
そこを想定外な愛実さん止められ、不完全燃焼で終わったんだ。
だから里夜先生は、平常運転な態度を取りつつ、指先を小さくモニョモニョと動かしてるんだ。
そんな里夜先生と愛実さんと一緒に歩む事数分。
屋上前の扉に着いた。
「では、開けま……おや、開いてますね」
「って事は司の奴、先に待ってるのか」
「だね。ここから先は僕1人で行かせて貰います」
「分かった。りよっぺ先生と隙間から凝視しとく!」
「くれぐれも平和的解決を」
「はい」
2人の頑張ってポーズに見送られ、緊張しながら扉を開いた。
蒸し暑さの残る夏風と日差しに目を細め、霧神君の姿を確認するも、広々とした空間と数脚のベンチがあるだけだった。
「あれ……いない……」
「どった? 積っち?」
「それが……」
3人で屋上内を歩いて見渡すも、霧神君はどこにもいなかった。
「マジでいないじゃん……まだ、どっかに隠れてるとか?」
「ステルス迷彩でも纏ってない限り、屋上で身を隠すのは限りなく皆無かと」
「だとしたら、どうして先に開いてたんですかね……」
屋上を開けておいて本人不在。
謎が深まる中、愛実さんがハッと何か気付き、走り出しそうだった。
「積っち! ちょっくら司の教室に行ってくるわ!」
「へ? どうして?」
「もし呼び出すだけ呼び出して、教室で笑ってる腹積りなら、今度こそやってやるんだ! この脚で!」
「わたしもザッと校内を探してみますので、つみき君はいい子で待ってて下さい」
「え、あ! ……行っちゃった……」
ポツンと1人残され、僕に出来るのは待つ事だけ。
大変心細いも、2人の帰りを大人しく待とう。
「ふん、逃げずに来たか」
「ふぁっす?! き、霧神君!? い、いつの間に!?」
階段を登りギリっと睨み見上げる霧神君に、驚きはしたけど、タイミングが都合良すぎる感じがした。
「お前が1人になるのを待ってたんだよ。愛実と縣先生を連れてやがったからよ」
「そ、それは仕方がないというか……」
同行を知ってたのなら、どこかで見ていたんだ。
だとすれば現れるタイミングも容易だって事だ。
「そ、それよりも、か、鍵は? 先生の同伴は?」
「んなの、貸し出し申請書に一筆して借りたまで。同伴もあくまで必要ならばの話だ、必ずじゃない」
「そ、そうなんだ……」
「ふっ、これだから頼りない青臭い男だと思われるんだろうな」
鼻で笑い横を通り過ぎ、屋上のベンチに座った霧神君。
愛実さんと里夜先生に連絡を入れておかないと。
「ん? ……あ、教室に忘れてる……」
「おい、時間が勿体ねぇだろ」
「い、今行きます!」
2人には後で謝罪するとして、足早にベンチに座り、位置は端にした。
空気は絶望的でも、知ってる呼び出された理由で、まず会話に持ってくんだ。
「そ、それで……僕に話があるんですよね?」
「あぁ。まず、手当たり次第に女をハーレムに加えんな」
「な、並々ならぬ事情があるんで、僕にはどうする事も出来ないんです」
相手が霧神君なら尚更、簡単に詰み体質を明かす訳にはいかない。
「オレには言いたくないと……ますますムカつく男だな」
「そ、そう言う霧神君も、噂だとハーレムを築いてるんですよね?」
「噂じゃない事実だ。そもそもオレには理由がある。対して、お前にはない。そこが徹底的な違いだ。一緒にするな」
昨日の話だと、霧神君は『ある人』の気持ちを少しでも理解、共感したくてハーレムを築いてるんだ。
恐らく『ある人』に関する言葉を投げ掛ければ、霧神君の真意がボロッと溢れるかもしれない。
ただし直接的は危ないから、間接的に私情を挟んで言わせて貰う。
「き、霧神君のハーレム理由は正直分かりません。でも、僕の大事な人が巻き込まれるようならば、何としてでも全力で霧神君を止めます」
「大事な人だぁ? オレはなぁ……大事な人をずっと……ずっと振り向かせたくても、振り向いてくれないんだ……お前みたいな無自覚ハーレム男に、このオレの気持ちが分かるもんかぁああああ!」
勢い良く立ち上がり大声を張り上げた霧神君に、思わず防御ポーズを取り、目を瞑った瞬間。
ブチっと何か物理的に切れる音が響いた。
謎の音が響いて数秒。
絶望的な空気がカラッと晴れてるのに気付き、目を恐る恐る開けてみた。
「……あ、あれ? 霧神君?」
数秒前まで存在感を放っていた人が、跡形もなく消えてる。
しかもお弁当を置きっぱなしで。
突然の事に一体何が何だか理解出来なかった。
置いてけぼりされた中、ふと扉が微かに揺れているのが視界に入った。
「大急ぎで出て行った? でも、なんで急に……あ」
前に赤鳥君が教えてくれた、霧神君が時折フラッと消えて、いつの間にか戻って来ている、あの空白の時間現象なのかもしれない。
だとしたら霧神君の秘密を知る、絶好のチャンスだ。
善は急げと、霧神君のお弁当を持って、屋上を出た。
が、扉の影にクネクネする何かが視界に入り、急ブレーキを掛けた。
「って、め、愛実さん!? いつからそこに?」
「えへへ? なーに?」
ニヤニヤと表情筋がふにゃふにゃで、受け答えもふにゃふにゃ。
とても可愛らしい姿でも、霧神君を今すぐ追いかけないと。
「愛実さん! き、霧神君を追いかけないと!」
「きりがみぃ? ハッ! 確かに誰か通った気がした! 司だったのか!」
正気に戻った愛実さんが先陣を切った。
そして廊下の窓越しに、一階下の廊下を走る、霧神君らしき姿が見え、全力で追いかけた。
霧神君にいた廊下に着いたタイミングで、あの屋上で聞いた不可思議な音が、すぐ近くの室内からも聞こえた。
音の方角と視覚情報が一致するのは、一つの扉のみ。
何が待ち受けていようと覚悟の上で、堂々と扉を開けた。
「霧神君!」
「にゅぇ!? つ、つみあっ!?」
「へ? あた!?」
忽然と姿を消した霧神君が、大慌ててで振り返った事により、事の重大さを理解した。
胸元のボタンが弾け飛んでしまう程の、大きな胸が突き出した霧神君が、そこにいたんだ。




