☆107話 挨拶ハグ、茶道部と和装、筋金入りの可愛い女の子好き
※2023/12/9文末に粟沢五月のイラストを追加しました!
※イラストが苦手な方はスルーで!
翌日の昼休み、体育館で2-Bとバレーの模擬戦を見届けにギャラリーへと足を運んでいる。
遅れて合流する美鼓さんを待つ傍ら、何故かどうしてか、真横に月鉈さんが正座している。
「積木君のお昼ご飯、本日も美味しそうです」
「あ、ありがとうございます。えっと……明日の打ち合わせに来たんですか?」
「それもありますけど、別件のお話が……」
「おまたー積木くんリーダーって、こむぎんじゃん。うにー」
「心菜さん、うにーです」
親しい間柄な様で、ハグをし合う2人は、流れで僕にもハグをしてきた。
月鉈さんに至っては、またもや匂いをすんすん嗅がれ、気分的には戯れてくる犬と似たもの感じた。
「てか、なしたん、こむぎん」
「少々積木君と話があったんですが、放課後にしようと思います」
僕の両手を包んでメモを手渡し、去って行った月鉈さん。
美鼓さんと内容を見ると、茶道部の和教室までの道のりと、分からなかったら連絡して下さいの一言が添えられてた。
「最初から連絡すれば良かったのに、こむぎんはそんなとこが抜けてる」
「で、ですね。それはそうと、随分親しい様でしたけど、いつからの仲なんです?」
「中学1年ん時に、美術コンテストで展示してたワタシの絵を、直接ベタ褒めしてくれたのがキッカケ」
「なるほど。月鉈さんも良い人ですもんね」
「へへへ。ついでにワタシも含めるなんて、積木くんリーダーは抜け目ないな。このこの」
「むぁ」
頬っぺたをつんつんと触れる美鼓さんに、身近に良き理解者がいると知れて、なんだか嬉しくなった。
♢♢♢♢
放課後、メモ通り茶道部の目の前までやって来た。
同好会を除く文系部活動は、主に校舎内なのは流石に知っていた。
ただ今日みたいな事がないと、まず自ら足を運ぶことがない。
それに昨日の粟沢先輩と違って、連行されずに来てるのだから、緊張が段違いだ。
リラックス効果覿面のツボ押しからの、いざノックを鳴らした。
幸か不幸か。
同じタイミングで扉が開き、ノックの触れ先が目付きの鋭い長身黒髪の和装女子生徒の、豊満な胸へと触れてしまってた。
「む? 見慣れぬ生徒だが、茶道部に何用か?」
「あ、その、すみません! い、1-Bの積木洋と言い」
「積木? うーむ……はて、どこかで聞き覚えがあるような……無いような……」
胸触れアクシデントを全く意に介さず、胸を持ち上げた腕組みで、うーんうーんと小首を傾げてる。
素直に月鉈さんの名前を出すか、それともお悩みタイムを待ち続けるか。
数秒間どうすればいいのか迷いあぐねてると、和装姿の月鉈さんがぴょこっと室内から姿を見せた。
「撫子お姉ちゃん。積木君は小麦が呼んだのです」
「む? そうだったのか?」
「はい。積木君、こちらは茶道部部長3年の月鉈撫子お姉ちゃん、小麦の実姉です。関心のない事は、すぐ忘れちゃう人なので気にしないで下さい」
「む、撫子だ。よろしく頼む」
「あふぅ!」
月鉈家の恒例挨拶なのか、真正面からの迫力あるハグは、峰子さんを彷彿させるボリューム感だった。
幸い窒息胸埋めハグでないのが救いだ。
「積木君、苗字呼びでは撫子お姉ちゃんと混同するので、名前呼びでお願いします」
「あ、はい」
知り合って日の浅い仲で、名前呼びをするのはいつまで経っても慣れない。
けど今回は状況的に受け止めないと。
立ち話もそこそこに、畳とお茶の香りに包まれた、日本風情に溢れた和室は、密室で2対1の状況でもかなり落ち着いていられる。
撫子さんはおもてなしのお茶を点ててくれ、僕らの話には関心がないらしいので、こうして茶道部では気兼ねなく話せるそうだ。
「それで大事なお話とは?」
「はい。まず最初にお聞きしたい事があるんですが」
「なんですか?」
「霧神司君をご存知ですか」
「霧神……いいえ、初めて聞きました。一体誰なんですか?」
「霧神君は私達と同じ1年生で、4月頃に大怪我をなさって、つい最近全快なさった方です」
「そ、そんな事があったなんて知らなかったです」
初耳も同然なのも、我ながら無理はないと思う。
4月は新しい詰み環境に早く馴染むのに精一杯で、それどころじゃ無かったんだ。
でも、今思い返せば、天羽先生がホームルームで北高の生徒が大怪我をしたので皆さんも注意しましょうって、言ってた気がする。
「どうしてそんな大怪我をしたんですか?」
「パンツです」
「ぱ、パンツ?」
不意なボケにしては真面目なままで、冗談ではなさそうだ。
「登校中の登り階段で、他校の女の子の今にも見えそうなパンツを覗こうとした結果、足を滑らせ大怪我をなさったそうです」
「えぇ……」
「霧神君は筋金入りの可愛い女の子好きと、入学前から色々と噂が絶えない人でしたから、本能が赴くままに行動してしまったのでしょう」
同情したいのは山々なのに、理由が理由なだけあって同情が出来難い。
「えーその霧神君が話に関係してるんですよね?」
「です。霧神君に狙われて落とされた女の子は、骨抜きの虜にされてしまい、ハーレムの一員となってしまうそうで、刹那さんも入学当初から狙っていると聞いたんです」
「凛道さんをですか」
自らのハーレム要員に、難攻不落の凛道さんを取り込もうだなんて、無謀ながらも志の高さは立派だと思う。
「束の間の平和が終わった以上、霧神君は数ヶ月ものブランクを埋める様、実際精力的に行動してる状態です」
球技大会に躍起になってる内なら、普段目に留まるような事は二の次になる。
実際小麦さんからこうして霧神君の話を聞かなかったら、知り得なかったんだ。
壱良木先輩から貰った情報も、主戦力になり得る生徒をピックアップするばかりで、霧神君の事を見逃していたのが仇になった。
「1-Aにとっての要である刹那さんが、もし霧神君に取り込まれれば、奪還騒ぎとなって球技大会どころじゃなくなります」
「それを未然に防ぐ為、今後の為にも、協力するって事ですか?」
「そうなります」
関係のない人達まで巻き込まれた暁には、今度こそ元凶である霧神君が戻って来られなくなるかもしれない。
それにもし仮に凛道さん絡みでなくても、僕は小麦さんに協力をするつもりだ。
気持ちが揺らがない内に宣言だけしておこう。
「分かりました。小麦さんに協力します」
「さ、作戦の詳細をまだ話してないのに構わないのですか?」
「はい。今は敵同士でも、凛道さん達を守る為に動いて、こうやって頼ってくれてるんです。むしろ協力させて貰えると嬉しいです」
「積木君……ありがとうございます」
「うむ! 積木の男気を気に入った! 私も出来る限り協力しよう!」
点ててくれたお茶を渡してくれた撫子さんが関心を示してくれたのなら、僕の判断は間違っていなかったんだ。
小麦さんも心なしか安心したのか、肩の力が抜けてるように見えた。
「その積木君……積木君の協力の有無を聞く前に、お話しする事があったのですけど、今話してもいいですか?」
「勿論です」
「ありがとうございます。実は霧神君は積木君のクラスメイトである、瓦子愛実さんと同じ中学出身だそうで、当時から執拗に狙っているそうです」
「め、愛実さんを!? そ、それって本当ですか!?」
「お2人と同じ中学出身である親切なニワトリさんが、小麦の胸元に視線を何度も落としながら、大変だらしない表情を添え懇切丁寧に教えてくれましたので、信憑性は確かかと」
いくら愛実さんと犬猿の仲な赤鳥君でも、小麦さん相手に大変だらしない表情で嘘情報を流すだなんて考えにくい。
「瓦子さんの為にも、まず霧神君の内情を知る必要があります」
「内情ですね! ……え。つ、つまりそれって……」
「お察しかと思いますが、作戦は女装スパイ作戦です」
小麦さんをはじめとした異性がスパイ作戦を実行すれば、最悪虜になってしまう危険がある。
ならば、異性の化けの皮を被った同性なら、虜にならず作戦遂行が可能になる。
そういった算段なのなら仕方がない事だ。
女装は今に始まった事ではないし、愛実さんや凛道さんの為にも、この男積木洋、一肌脱がせて頂こう。




