1話 初恋自覚後の男子、大人気女優からデートのお誘い、強行ペアルック
濃密だった林間学校が終わり、その振り返り休日。
7月に入り、夏の日差しが射し込む自室のベッドで、ただただボーっと天井を見上げるのが、僕積木洋高校1年生だ。
電車通学で北春高校に通う、どこにでもいる男子高校生だ。
もし一つだけ、周りと違う点を上げるとすれば、あらゆる場面で異性に囲まれる、詰み体質が真っ先に出てくる。
詰み体質上、詰むのを避けるのに、異性と極力接触しない生き方を決め、色恋沙汰とは無縁の人生を送るんだと覚悟をしてた。
そんな僕が林間学校で、同じクラスメイトの瓦子愛実さんの事を好きだと自覚したんだ。
初めての恋に、今後どうすればいいか分からず、こうしてボーっと頭をぐるぐる巡らせてるんだ。
前みたいに話せるか。
顔をちゃんと見られるか。
意識するあまり、変な挙動にならないか。
刻々と時間だけが過ぎる中、スマホの連絡通知音が鳴り、のっそりと手に取った。
「……渚さんから?」
渚景奈さん。
怪演新人女優凪景として今話題沸騰中の現役女子大生。
北高近くでドラマ撮影があった時、休憩中に逃走してきた際に出会ったのがキッカケだ。
《今日、オフ日》
各所に引っ張りだこな渚さんがオフ日なんて、本当に珍しい事。
最近仕事や大学が多忙で、毎日だった連絡頻度も、2日に一度のあるかないかだった。
ようやく落ち着いた報告も然り、何気ない報告もわざわざしてくれるから、女優でも身近に感じられるんだ。
《オフ日なんですね、良かったですね》
《良かったですね!? アンタ! 約束忘れてんでしょ!》
「約そ……あ」
前、家に遊びに来た時、オフ日にデートする約束をしたんだった。
そこそこ日も経って、濃い出来事もあって、すっかり忘れていた。
渚さんのことだ、おとぼけ返事に大変ご立腹に違いない。
《すぐ準備します! 集合場所はどちらで!》
《30分後に迎えに行くから、大人しく着替えて待ってなさい! いいわね!》
《は、はい!》
文面から伝わる気迫を察するに、会って早々にお尻を蹴られてもおかしくない。
大急ぎで朝ごはんを食べ、軽くシャワーを浴びて、問題のデート服選びの時間に。
相手は女優、隣りで浮かないコーデが必須。
手当たり次第、ベッドに服を並べ眺めても、どれもピンとこず四苦八苦。
猶予が残り数分に迫る中、渚さんからの連絡通知音が鳴った。
《もうすぐ着くから、外にいなさい》
「も、もう悩んでる暇ないじゃん!」
目に留まった無難な夏服に着替え、もしダサいと言われても、潔く聞き入れるつもりだ。
必需品を詰め込んだショルダーバッグを抱え、玄関外へ急いだ。
お迎えはまだなようで、心底ホッとした。
「良かった……」
「よぉ積木ーはよーさーん」
「え? あ、霞さん。おはようございます」
最近向かいに引っ越してきた、クラスメイトの伊鼠中霞さん。
コワモテ系で自分がしっかりしてる美人さんで、登下校も一緒だ。
用事があるのか、美脚ショーパンのお洒落着姿だ。
「おー? 積木も出掛けんのかー?」
「ま、まぁ……そうですね。霞さんは?」
「愛実の家に招待されたーいいだろー?」
愛実さんというワードだけでドキッとした。
恋。
「てか、駅まで一緒に行かねー?」
「あ、実は……」
言葉を遮るように、赤の6人乗りファミリーカーが目の前で停まった。
運転席の窓が開き、金髪姫カットの美女が顔を見せた。
「……おはよ」
自家用車でのお迎えに言葉を返せずにいたら、霞さんが肩を組んできた。
背を向けつつ、顔が触れそうな距離間で、ボソッと聞いてきた。
「おいおい積木……あの美女、誰だありゃ?」
「え、えーっと……」
正体や本名を公表していない以上、霞さん相手でも何も言えない。
渚さんの無言圧力を感じつつ、事実を口にした。
「と、友達です」
「ダチ……ほーん……」
ゆっくり手を避け、意味深な笑みを浮かべてる。
何も追求される事なく、楽しめよと一言告げ、最寄り駅方面に向かってった。
意味深な笑みから察するに、今から会う愛実さんに話すつもりなんだ。
「ちょっと、いつまで待たせるの。早く乗りなさいよ」
「へ? は、はい!」
イラつく声色にビビりながら、助手席にお邪魔した。
余計な物もなく、清潔感溢れる車内には、落ち着く香りがふんわり漂っている。
そわそわ落ち着きのない様子を、ジーッと見られ、慌てて気の利いた言葉を口にした。
「め、免許持ってたんですね」
「まぁね、ふふん!」
美しい横顔が大変に誇らしく、主張しない胸をドンと張った。
SNS上で胸を強調する自撮りが多く、コメント欄の半数が、無理しないで、ありのままでいいと、同情が多い。
「今、無礼な事考えたわね」
「き、気のせいかと……」
「……まぁいいわ。シートベルトしなさい、行くわよ」
「りょ、了解です!」
ゆっくりと安全運転で前進。
急遽誘われたデートな以上、プランは任せっぱなしになる。
だとしても女性にリードさせてしまうのは、男としては情けない限りだ。
ぎこちない空気感が漂う中、軽く咳払いと指を差してきた。
「んっん……ど、ドアポッケのそれ、アンタのだから」
「へ?」
ドアポケットにはキンキンに冷えてるカルピソがあった。
わざわざ用意してくれたのなら物凄く嬉しい限りだ。
「ありがとうございます渚さん!」
「あ、当たり前じゃない。大人の余裕よ、よ・ゆ・う♪」
口元をニヤニヤさせ、イライラを上書きしたようだった。
空気も解れ、いつもみたいに会話に花咲かせ、ドライブデートが始まった。
♢♢♢♢
会話が途切れる事もなく数十分、気付くと都会の中心地だった。
「そろそろ着くわ」
「そうなんですか? どこに行くんですか?」
「な・い・しょ」
悪戯っぽく焦らされ、ふふふと笑い声が漏れ続ける姿は、怪演さながらの不気味さがあった。
未だ目的地が分からないまま停車し、内緒の目的地が視界に。
絶対1人じゃ行けないお洒落オーラの眩しいお店に、思わず顔が引き攣った。
「あ、あの……ここは一体……?」
「お気にの服屋さんよ。さぁ、チンタラしてないで中に入るわよ」
問答無用で助手席から出され、首根っこを掴まれた猫みたいに、ズルズル店内へ引き摺り込まれた。
右を見ても左を見ても、場違いだって分かるお洒落オーラ。
店員さんも綺麗でカッコ良すぎて、別次元の人間だって思えるぐらいに差を感じる。
「アンタ、服のサイズは?」
「へ? え、Mサイズですけど……」
「なら、こっちね」
何も説明されないままズンズンと服選びを始めてる。
きっとデート服がお気に召さず、選んだヤツを買って着ろって事なんだ。
念の為、値札をチラッと見ると、ウニクロより一桁も値段が違った。
「これなんか似合いそう……何ビクビクしてるのよ」
「も、持ち合わせが……い、一番安いので勘弁して下さい!」
「ぷっ。アンタ、選んだ服を買わされると思ってるの?」
「ち、違うんですか?」
「ぷっ……アハハハハ! あーおかしい!」
ツボに入ってたのか、お腹を抱えて爆笑。
笑い涙を指で拭い、笑いを堪えなて理由を教えてくれた。
「今日は全部私持ちだから安心しなさい。ぷっ!」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ。アンタにお礼したかったのよ」
「お礼?」
記憶遡っても、お礼される心当たりは無かった。
何も分かってない顔をジト目で見られ、呆れ混じりの顔をされた。
「……アンタってやっぱり役者に向いてないわね」
「す、すみません」
「たく……凪景が人を笑顔にしてるのには変わりない。初めて会った時、アンタにそう言われて、私は随分救われたのよ」
渚さんはもう1人の自分である、怪演女優凪景が纏わりつく人生に嫌気が差してた。
事情を聞いて、凪景が人を笑顔にしてるのには変わらないって、言ったんだ。
凪景も自分自身なんだと、どこか吹っ切れ、別れ際に感謝されたんだ。
本心こそ今日の今日まで聞けず仕舞いで、今聞けて何か嬉しかった。
「……直接言うと流石に照れるわね……」
「な、なんかすみません……な、渚さんの為になれて嬉しいです」
「なっ……あ、アンタって本当に……」
急に歯切れ悪く赤面し、この話をもう終わりと言い切り、服選びに戻った。
♢♢♢♢
服選びは難航し続け、軽く小一時間が経過していた。
「どれも似合うんだけど、ピンとこないわね……アンタって時間浪費魔だわ」
「えぇー……」
詰み体質であっても、一般的な特徴のない体だ。
どんな服をあてがっても代り映えしないから、シンプルで安価なウニクロで充分なんだ。
ただし今回は渚さんが選んでくれてるんだ。
ヘタに口出しせず、ただただ納得してくれるまで待つしかないんだ。
「何か他に……あ、いいのがあるじゃない!」
天啓に導かれたように1体のマネキンにダッシュ。
マネキンの着ていた同じ服を持って戻って来た。
有名なブランドロゴのワンポイントTシャツで、値段もウニクロよりも少し高いだけ。
こちらとしてもプレッシャーがなくて助かる。
体にTシャツをあて、今度こそ納得の行った顔になっていた。
「これでいいわね。アンタ的にはどうよ?」
「勿論、文句無しの一言ですよ。渚さんのセンスを信頼してるんで、むしろ選んでくれて有難いです」
冒険もせず無難で済ますのと、センスある人に選んで貰うのとじゃ、やっぱり違いは明白だ。
「へ、へぇー♪ 分かってるじゃない♪ これに決めていいわね?」
「はい、お願いします」
「じゃあ、買ってくるから動くんじゃ……」
「……渚さん?」
言葉が途切れたと思えば、チラチラ見てきて、ニヤリと笑ってた。
詰み経験上、あの笑顔の類は絶対に良くないことの前触れだ。
「今日一日ペアルックでもいいわね」
「え」
やはり良くない事が起きてしまった。
ペアルックなんてすれば、人目を引くばかりでは済まない。
今をときめく怪演女優が中途半端な男とペアルックデート、なんてスキャンダルの格好の餌食。
最悪の場合、非難殺到で芸能活動休止もあり得る。
お互いの人生の為、ペアルックを回避しないとならない。
「すみませーん。これのレディースMってありますか?」
「ちょ、ちょっと渚さん? 渚さん!?」
絶対届いてる声を綺麗さっぱり聞き流され、店員さんとテキパキやり取り。
試着前後も、会計前も、名前を何度も呼ぶも、最終的に口を手で塞がれ、ペアルックを止められなかった。
「ありがとうございました♪ またのご来店お待ちしております♪」
「どうもー♪ ほら、いつまでも死んだ顔してないで行くわよ」
恋人握りでズンズン引っ張られ、ただただ同じ歩幅で進むしかなかった。