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貧乏令嬢は従者の不恰好な笑顔を見る

 ああ、私はもうここでは用済みかな。

 ライナス殿下に、あんな顔させたくなかったんだけどな。

 

 リリアは、玄関に1人取り残されたまま、ぼんやりとガラスに映る姿を見た。

 そこには、まるで知らない女性が映っていた。

 いや、もちろん自分の姿だと知っている。侍女たちの手腕で自分が変身していく様子を見ていたのだから。それでも、ガラスに映った自分はまるで親近感がなかった。


 いつもの野暮ったさは鳴りを潜め、白粉が顔から腕、胸元まで綺麗にはたかれた肌は陶器のようだ。顔にはアイシャドウやらチークやら色々施されているし、唇も桃ジャムなんかとは比べ物にならない発色と艶やかさだ。

 アイボリーと青を基調としたドレスは露出は多いものの、よくある儚く繊細なタイプではなく上質なクラシックといったおもむきが、リリアには合っているようだった。


 変身後の自分を見た瞬間は、リリアだってテンションが上がった。

 別人みたいで気持ち悪いとは思いながらも、自分でもこんなに綺麗になれるんだと、本当に嬉しかったのに・・・。

 今、その高揚が急激に萎んで、リリアはひどく惨めな気分だった。

 悲しいのか、悔しいのか、理不尽さに憤っているのか、とにかく惨めだった。


「リリア、ずっとこんな所で突っ立っていたんですか」


 リリアがゆるく振り向くと、ケトスがいた。

 いつもの嫌味な口調だが、声色はどこか気遣わし気だ。


「殿下なら落ち着きました。心配いりません」


「ケトス、私、殿下に期待させて余計に落胆させてしまった・・・」


 視線を下げて落ち込むリリアに、ケトスは呆れたようにわざとらしくため息をついた。


「そんな事考えてもしょうがないでしょう。まだ、あなたにもアレルギーが発症すると決まったわけではないですし」


 つかつかと近づいてくるケトスの足音が聞こえる。ケトスの足先が俯くリリアの視界に入った。


「せっかく、侍女たちが丹精込めて貴婦人に仕立て上げたのにもったいないですね。

 レディ、お手をどうぞ」


 給仕をするのと変わらないぐらいの自然さで、ケトスはリリアに片手を差し出した。


 (いぶか)しむリリアに、ケトスは、さあ、となおリリアの方に手を伸ばしてくる。

 リリアが躊躇いながら手を伸ばすと、ケトスはパッとリリアの手を掴み自分の腕を取らせた。そのまま、リリアをエスコートして広間へと入っていく。


 リリアが気が進まない様子なのもお構いなしに、ケトスはずんずんとリリアを広間の中へと連れて行く。ようやくリリアを離したかと思ったら、少し距離を取ってリリアに優雅な礼をした。


 ダンスの始まりの挨拶だ。


 リリアは体に染み付いた習性で、反射的にスカートを摘んで挨拶を返す。

 と、ケトスはそのままリリアの手と腰をとり、リリアをリードしながら踊り始めた。


 え?え?と混乱しながらも、何度も何度も練習したおかげでリリアの体は勝手に動いてステップを踏んでいく。

 ケトスはいつもの眼鏡越しの無表情で見つめながら語りかけた。


「殿下が悲しんでいるのは、女人アレルギーが発症しない女性がいなくなったからではありません。もう、あなたに側に居てもらえなくなると思ったから悲しんでいるのです」


 音楽も、ケトスのメトロノームばりのカウントもない中、2人で幾分ゆっくりめのワルツのステップを踏んでいく。広間に2人の足音が響いている。


「え?」


「リリア、私からお願いがあります。たとえ殿下のアレルギー症状がリリアにも出るようになってしまい、一定以上近づけなくなったとしても、できるだけ殿下のお側に居てあげて欲しいのです」


「そりゃ、私だって殿下が望んでくれるならいくらでも・・・!」


「何を軽く請け負っているんですか。あなたとて腐っても貴族令嬢。なんとかして結婚相手を探す年頃でしょうから、そんなに長くとは言いませんよ」


 くるくると、一定のリズムで回りながら2人は喋る。お互いに小さな声にも関わらず、物理的に距離が近いのでよく聞こえる。

 ケトスがあまりにもいつも通りの無表情に淡々と喋るので、リリアもだんだんと調子が戻ってきた。


「私はこんな見た目ですし、貧乏で持参金もないから、結婚のことはいいんです。そもそも、貴族令嬢を名乗るのも烏滸おこがましい程のど田舎の育ちですし」


 空元気(からげんき)おどけるリリアに、ケトスは僅かに眉を顰める。


「何を言っているんですか。れっきとした子爵家のお嬢様が。元々、平民の出の私からしたら、あなたは立派な貴族令嬢ですよ」


「え、ケトスって伯爵家の方ですよね?」


「伯爵家の養子になったんです。私は商家の五男坊でしてね、家ではあぶれていたんですよ。こんな性格ですから、愛想が必要な商売の仕事は向いていませんでしたしね。

 ただ、勉学が好きで他人が気にも止めないような事を深く考える質だったのを、変わり者の伯爵に気に入られて養子になったんです」


「そう、だったんですか」


 なんと言っていいものか分からず、リリアはそれだけ答えた。


「殿下の家庭教師も伯爵に頼まれて引き受けたんです。実家では変人扱いでしたから、初めて自分を認めてくれた人の期待に応えたかったんです。

 今だってそうです。殿下のことは好きですし、何とかして差し上げたいと思っていますが、つまるところ、私は伯爵に落胆されたくないと思っているだけなんですよ。だから、私ではダメなんです。あなたのように純粋に殿下のことを心配してくれる人間が、殿下には必要なんです」


 何度かステップを繰り返した後、ダンスの流れに沿ってケトスとリリアの体が離れる。そのまま、もう話すことはないとばかりにケトスはダンスを終了させた。


「さあ、リリアも今日は疲れたでしょうから、詳しいことはまた明日相談しましょう。今日はゆっくり休んでください」


 一方的に話して去っていこうとするケトスの背中に、リリアは両手で掴みかかった。

 だいぶ力強く掴んだようで、ケトスの体がガクンと揺れる。

 パリッとした制服が皺になるだろうが、リリアの知ったことではない。


「ちょっと!!ケトス、あなた不器用だと思っていたけど、自分のことまで分からないほど不器用なの?」


 リリアの言い草に、ケトスは不快感というよりは困惑が強い表情で頭だけ振り返った。


「あのね!期待に応えようとするのは、ちっとも悪いことじゃないし、動機が伯爵のためだったとしても、それで殿下へのあなたの気持ちや尽力が否定されるわけないじゃない。それはそれ、これはこれ、なのよ。

 そんな事言ったら、私なんてお金目当てから始まっているのよ。その理論でいったら、私サイテーじゃないの。

 あなたにだって、私にだって利己的な部分はある。でも、同時に殿下を大切に思ってる気持ちもある。別に殿下に全てを捧げてなくったって、その気持ちに嘘はないのよ」


 表情を固めたまま、聞いているのか聞いていないのか分からないケトスに、リリアは更に続ける。


「私が殿下に必要だとしたら、あなただって殿下に必要なのよ。私がどんなに頑張ったって、あなた以上に殿下を理解することも、殿下から信頼されることもできないの。だから、もっとしっかりしてよ。あなたと私で殿下を支えるのよ!」


 

 静寂の中、一気に喋ったせいで息の上がったリリアの息づかいだけが聞こえる。

 しばらく2人は見つめ合ったまま黙っていた。見つめ合うと言うよりは、睨みつけるリリアと受け止めるケトスと言った感じだろうか。

 やがて、根負けしたように、ケトスが顔をくしゃりと歪めて笑った。


「おかしいですね。あなたを元気づけようと思っていたのは私なんですけど」


「貧乏人は切り替えが早いのよ。気落ちしててもお金にならないわ」


 ふふん、と笑って見せるリリアに、ケトスの顔が大きく破顔した。


「さすが、雑草魂がたくましい。そうですね。2人で殿下を支えましょう」


 リリアは初めて、ケトスのまともな笑顔を見たな。と思った。

 なんだ、ちゃんといい顔で笑えるんじゃない。

 

 笑い方まで不器用で、いつもに比べるとだいぶ不恰好な笑顔だったが、リリアはこっちの笑顔の方が断然好きだと思った。

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