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貧乏令嬢は少女から手紙を預かる

 ライナス殿下は第1王子だが、王位継承権は第4位になる。

 この国では、産まれた順番よりも母親の位が重視されるのだ。

 現在、王位継承権第1位は王妃様の長男アルス殿下。第2位は王妃様の次男トール殿下。第3位は王弟のファナル殿下。その次がライナス殿下だ。


 そんな微妙な立ち位置に特異な体質が加わり、この何とも半端な状態になっているらしい。

 王族として下手な扱いもできないが、積極的に状況を改善する程の理由もない。だからライナス殿下の味方が、ケトスしかいないのだろう。


 リリアはトパーズ宮の仕事仲間から色々な事情を教えてもらった。

 ちなみにリリアの身の上は、ケトスの遠縁の娘で行儀見習いにやって来ていると言う事になっている。

 いきなり殿下付きになるなんて、他の使用人から嫉妬ややっかみを買うのではとビクビクしていたのだが、殿下の悪評のおかげで寧ろ同情されている。「あんなに気難しい殿下専属だなんて大変ね!!」と。

 正直、実際の殿下を知っている身として、リリアはなんとも居た堪れない気持ちになったが、否定するわけにもいかず曖昧に笑ってやり過ごしていた。



 そんなある日、リリアはトパーズ宮の表を掃き掃除していた。

 リリアはライナス殿下のお世話や申し付けがない暇な時間も多いので、よく雑用を買って出ていた。無闇に人を雇えないトパーズ宮はいつも最低限の人数で回しており、慢性的に人手不足なのだ。


 さて、こんなものかな。と掃除用具を片付けていると、リリアは見るからに育ちの良さそうな少女に話しかけられた。


「あの、恐れ入りますが、このお手紙をライナス殿下に渡していただけないでしょうか」


 鈴の転がるような声をした、碧い瞳が印象的な少女だった。

 少女とはいっても栗色の髪を上げているから、デビュタントは済んでいるのだろう。


「その、大変失礼ではございますが、お名前を教えていただけますでしょうか」


 服装から高位貴族であることは窺えたので、なるべく失礼にならないようにリリアは対応する。


「こちらこそ失礼いたしました。私はレイノルド公爵が娘、サーリアと申します。あの、私とライナス殿下は友人なのですが、最近のライナス殿下はいかがですか?お元気でしょうか?」


 サーリアと名乗った少女に、どうしたものかとリリアは思案する。

 女人アレルギーのライナス殿下に女性の友人がいるとは考えづらいけど、高位貴族を邪険に扱うわけにもいかない。

 結局、リリアは当たり障りなく「お元気にお過ごしですよ」と答えた。


 サーリアはリリアの言葉に安心したように、でも寂しげに微笑んだ。もっと何やら聞きたそうだったが、何かを気にしてるような慌てた様子で手紙をリリアに託すと「よろしくお願いします」とだけ言って去って行った。


 リリアは、受け取った手紙を見ながら、さてどうしたもんだろうかと思ったが、リリアが悩んだってわかるわけがない。ケトスに丸投げする事にした。

 たしか今の時間はライナス殿下の授業中のはずだと思い、リリアはそのままライナスの私室へと向かった。


 ライナスの部屋に入ると、リリアがケトスに指示を仰ぐ前にライナスが前のめりでこちらへやって来た。そして、リリアが持つ手紙を認め、ぱぁっと顔を綻ばせる。

 が、すぐに恥ずかしそうに取り繕って、机に置いておくようにと妙に畏まった指示をした。リリアはいいのかな?と思いながらケトスをちらりと見たが、ケトスは黙っている。

 何も言わないのだから問題ないのだろうと、リリアは指示どおりに机の文箱に手紙を入れた。

 ライナスはすぐ授業に戻ったものの、やっぱり手紙が気になるようで、視線が何度も手紙の上を行ったり来たりしている。


「殿下、30分ほど休憩にしましょうか」


 ケトスの申し出に、ライナスはわかった。と真面目くさった顔で答えたが、喜色が溢れ出ている。やれやれといった感じのケトスはリリアを連れて部屋を出たが、そんなケトスも口角が僅かに上がっている。


「あのお手紙、殿下の友人だという少女が持ってきましたけど、大丈夫なんですか?」


 ケトスは歩きながら答える。


「あれは、殿下の幼馴染のサーリア嬢からの手紙なんです。殿下の唯一の友人といってもいいでしょう」


「あの子は女の子ですよね?なのにライナス殿下の幼馴染なんですか?」


「ええ、言ってませんでしたっけ。殿下の女人アレルギーは、子どもなら、女の子なら大丈夫なんですよ」


 えーーーー!?とリリアは思わず大声をあげそうになり、慌てて自ら口を押さえる。


「女の子なら平気って、何ですかそれ!?子どもと女性の境って何ですか?」


「はっきりとはしていませんが、おおよそデビュタントを迎える頃にはアレルギーの対象となるようです。殿下のアレルギー発症後も、サーリア嬢は平気だったため幾つか試してみたのですが、結果子どもは大丈夫なのではないかとの仮定が立ちました。そして、去年サーリア嬢がデビュタントを迎えると、サーリア嬢にも殿下のアレルギーが反応するようになったことから確信に変わりました」


「ん〜?デビュタントって社会的なもので、別に体の何かが変わる訳じゃないのに、何なんでしょう?初潮・・・は年齢的にもう少し前だし、おっぱい病?」


「こら、下品な物言いはお止めなさい。まあ、あなたがそう考えるのも仕方ないですかね」


 ケトスはふむ、とリリアの平均よりなだらかな胸元を見つめた。


「ちょっと!どっちが下品なんですか!でも、殿下はサーリア嬢と仲がよろしかったんですね。すごく嬉しそうでした」


 胸元を両腕で隠しながら歩みを速めてケトスを追い越しつつ、リリアは後ろのケトスに話しかけた。


「そうですね。殿下は公爵家への婿入りが濃厚だったのです」


 え?と思わず足を止めて、リリアはケトスの顔を見上げる。


「あなたも知っての通り、ライナス殿下の王位継承権は高くありません。なので、ゆくゆくはどこかへ婿入りして王家の血を途絶えさせないようにするのが役目なのです。ライナス殿下の初めての友人が男子ではなく、サーリア嬢となったのもその目論見の一環です。

 ただ、殿下が女人アレルギーを発症したため、その話は暗礁に乗り上げました。もしかしたらサーリア嬢は大丈夫なのではないかという希望も、昨年14歳になったサーリア嬢が早めのデビュタントを迎えた時に夢と消えました」


 リリアに合わせて止めていた足を、再び動かしながらケトスは話を続ける。


「本来は、まずサーリア嬢と親交を深め、続いて男子のご友人候補との顔合わせが予定されていたそうですが、ライナス殿下の隔離が決定したため、結局なされませんでした。なので、サーリア嬢はライナス殿下にとって唯一の友人なのです」


 立ち止まったままのリリアを気にすることなく、ケトスはそのまま行ってしまった。

 廊下に取り残されたリリアは、やり切れない気持ちに1人で表情をうにゃうにゃ動かしながらしばらく佇んでいたが、やがて侍女の仮面を付け直すと仕事へと戻っていった。



 成人女性と女の子の違いって何なんだろうか・・・。

 リリアは家具磨きを手伝いながら考えていた。

 

 成人女性と女の子の違いというより、デビュタントの頃を境に変わること・・・かな?

 私もデビュタントしてないから大丈夫なのかと思ったけど、だからってデビュタントで何が変わるっていうんだろう。

 そもそも、私は正式にデビュタントしていないとは言っても、この間夜会には出ちゃったんだから、デビュタント後の令嬢と何ら変わらない気がするんだけど?


 ま、あの体のどこを切ってもインテリが出てきそうなケトスや、優秀なライナス殿下が私なんかよりずっと長い時間をかけて、私と比べ物にならない程真剣に考えてきたのにわからないんだから、私にわかるわけないか。


 切り替えの早さはリリアの長所である。リリアはあっさりと悩むのを放棄して家具磨きに本腰を入れた。



 数日後、リリアがライナスの部屋に入ると、ライナスはまたあの手紙を読んでいた。もう、何度も何度も読んでいるに違いない。


「殿下、あの子にお返事は書かないのですか?」


 リリアは、ごく自然に何気なくそう聞いたが、すぐに後悔した。


「うん、僕が返事を書くと彼女の迷惑になってしまうからね。本当は、こうやって隠れて手紙を持ってきてもらうのも、申し訳ないとは思っているんだけど。でも、こんな友人がいて僕は幸せだね」


 リリアはそれまで、ライナスは聡明ではあるものの育ちがいいだけあって幼いところがあると思っていた。自分の弟や小さい頃から働く田舎の少年たちに比べると、まだまだ子どもだ。と。

 でも違った。ライナスは大人っぽいを通り越して、既に1人の足で立つ覚悟ができている。我慢して隠すべきところと、無邪気さで周りを安心させるべきところをきちんと使い分けている。自然に。


 返事は書けないけど幸せだ。と言ったライナスの表情が、どんな大人よりも大人びて達観していて、リリアは無性に泣きたくなった。


「殿下、彼女きっとまた来ると思います。何か伝えたいことがあれば伝えますよ」


「そうだな。『ありがとう。僕は幸せだよ』ってそれだけ伝えてほしいな」


「ええ、承知しました」


 殿下の抱え込んでいるものに比べたら、私の同情心から来るちっぽけな感傷など飲み込んでおけずにどうする。

 リリアは表情を崩すことなく、朗らかな顔のままライナスに応じ、せめて、とライナスの頭を優しく撫でた。

 どうか殿下とサーリア嬢が一緒に笑える日が来ますように。と祈りながら。

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