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貧乏令嬢は王子様の頭を撫でる

 地獄の特訓をやり遂げたリリアは、早速仕事を始める事になった。

 ライナスとのダンスレッスンもその中の一つだ。


 リリアは侍女のお仕着せのまま、靴だけハイヒールに履き替え、パニエと適当な布を腰に巻きつけることで、足元だけ夜会ドレス風にしている。

 当初、着脱が容易な簡易ドレスにしようかという話もあったのだが、今のドレスは肌の白さを強調するため、胸元も背中もばーんと開いており、手袋すらしない事を思い出してリリアは丁重にお断りした。だいたい、この腰に巻きつけている適当な布という代物でさえ、リリアからしたら触ったこともない上等な品だ。


「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー」


 前世はメトロノームだったに違いない正確さでリズムを刻むケトスの手拍子に合わせ、リリアとライナスは息を合わせてステップを踏んでいく。

 

 しかし、ワルツというのは体が密着するので何とも恥ずかしい。そもそも、昔はその密着度から下品だと禁止されていたというのに、なんで今やこれがスタンダードなダンスになってしまったのだろうか。リリアとしては大いに疑問だが、きっと上流貴族はむっつりなんだと納得する事にした。


 ライナスと踊るのも最初は緊張したが、恥じらい成分より肝っ玉成分の強いリリアである。ま、弟のマーキスを抱きしめるのと同じ感覚ね。とすぐに開き直った。

 対して、ライナスの方は照れまくりで最初は大変だった。なんたって女性に触るどころか近づくことすら長年できなかったのだから。ダンスの間中、美少年に恥じらいながら上目遣いで見上げられてリリアは鼻血が出るかと思った。


「殿下、もっと強くホールドしなければ安定しませんよ。ステップは完璧で実に優雅です。あとはお相手をきちんとリードするのみです」


「わ、わかってはいるんだけど、イメージが湧かなくて・・・」


 器用に何事もこなすライナスにしては苦戦しているのを見て、ケトスはこう提案した。


「そういえば、殿下は誰かがダンスしている様子を見たことがありませんでしたね。イメージが湧かないのも無理はないでしょう。では、私がお手本を見せますので、見ていていただけますか」


 え?と戸惑う暇もなく、リリアはケトスに手を取られたかと思うと、ぐっと体を密着された。

 と、そのままリリアの準備ができていないのもお構いなしに、ケトスはステップを踏み始めた。


「はい、ワン・ツー・スリー・・・」


 リリアは元々平均より高めな身長で、今は更にハイヒールも履いているので、かなり視界が高い。

 ライナスと踊っている時は、ライナスの頭がちょうどリリアの口元に来る辺りで、ライナスが俯いた時にはつむじの観察をする余裕さえあったのだが、相手がケトスとなれば形勢逆転。リリアの頭がケトスの目の辺りになる。視界がパートナーに覆われるという未知の状態にリリアはあわあわするばかりだ。


 そもそも、体つきが全然違う!なんで文官のくせに農業で日々汗を流す地元の男たちに負けないほど体つきががっちりしてるの!?


 先ほどと同様の「弟を抱きしめてるのと変わらないわね」マインドが使えるはずもなく、リリアはステップを踏むどころかケトスにされるがまま。人形と変わらない体たらくである。

 しかし、リリアのそんな様子にも関わらず、ダンスはぐだぐだになることなく、ケトスとリリアは無事に短いステップを踏み終えた。


「殿下、わかりましたか?今、リリアは自らの意思でちっとも動いておりませんでした。実に立派な木偶の坊でした。しかし、男性側のリードさえしっかりしていれば大丈夫なのです。女性をきちんと導いてあげるリードをすることが男性の役割なのです」


 ちなみに、最初はリリア嬢と呼んでいたケトスだが、リリアが「嬢なんてそんな柄じゃないんでいらないですよ」と言ったらあっさりと呼び捨てになった。

 対してリリアも、当初は「ケトス様」と呼んでみたが、すぐさま「あなたに様付けされると、違和感が激しいので結構です」と拒否されたので、呼び捨てである。


「本当だ!ケトスすごいね!リードするっていうのがわかった気がするよ」


 それはようございました。と、ケトスはあっさりとリリアから離れて元の位置へと戻っていった。

 突然、強引に振り回された上にナチュラルにけなされて納得のいかないリリアだが、ライナスが喜んでいるのに水を差すのも気が引けるので、『漆黒の鬼眼鏡、禿げろ!!』と怨念を込めてケトスを睨みつけておいた。


 その後、改めてライナスとリリアで踊ると、すんなり迷いなくライナスがリードし、リリアも自分のステップがなんとも自然に出る状態に驚いた。

 何度か繰り返すと実に滑らかなステップになり、さっきまでのぎこちなさが嘘のようだ。


「殿下、基本ステップはもう完璧でしょう。見事なリードでした」


 ケトスに褒められたライナスはダンスで上気した頬のまま、ぱあっと笑顔になると、そのままリリアを見上げてきた。

 その様子が、実家の弟マーキスが『姉様、僕できたよ。褒めて!』と言ってくる姿と重なってしまい。リリアは、ついライナスの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 最初はライナスも驚いて戸惑っていたが、すぐに気持ちよさそうに目を細めだした。


 んんんん、毛並みが絹糸のように異常によろしいワンコかな。


 つい毛並みを堪能し始めたリリアに、ゴホン、とケトスから咳払いが聞こえ、リリアは慌ててライナスの髪を手櫛で素早く整えてから手を離した。


 やばいやばい。王子様相手に調子に乗りすぎた。


「では、本日のダンスレッスンは以上にします。殿下は続いて歴史の授業を行いますので、私室で課題をしてください。1時間後に私が伺います」



 リリアはライナスを私室に送り届け、部屋付き侍従を呼んでライナスを任せたところで、自分も部屋に戻って着替える事にした。体全体が汗でしっとりしてしまっており、せめて肌着ぐらいは替えておきたい。


「リリア、先ほどの事で話があります」


 廊下の途中で呼び止められて、リリアはぎくり、と振り向いた。

 もちろん、そこには漆黒の鬼眼鏡・・・ではなくケトスが立っていた。先ほどの件と言われれば、思い当たるのは一つしかない。リリアは先手必勝で頭を下げて捲し立てた。


「すいませんすいません!あまりにも殿下の毛並みがよろしくて、見上げてくるお顔が子犬・・・天使の様だったので、つい出来心で撫でくり回してしまいましたぁ!!」


 しかし、90度のお辞儀の姿勢でしばらく待っても、ケトスからの冷たい叱責が飛んでこない。

 あれ?とリリアが顔を上げると、ケトスは眼鏡を手で押さえながら呆れたように溜息をついた。


「わかっているなら、するんじゃない。・・・と言いたいところですが、今回は不問です。と言うよりもっと撫でて差し上げてください」


 お辞儀の姿勢で顔だけ上げた状態のまま、リリアは不可思議な表情でケトスを見つめる。

 なんか、前にもこんなことあったな。


「ちょっと殿下の昔話をしましょう」


 ケトスは近くの部屋に入ると、リリアを招き入れた。どうやらケトスの文官としての仕事部屋らしい。必要最小限の物がただ置かれている印象の部屋だ。

 ケトスは机の席に座り、リリアは壁際に一脚だけ置いてあった椅子をケトスの机の向かいに置いて座った。


「殿下がアレルギーを発症されたのは8歳の時です」


 お互いが席に着くと、ケトスはそう静かに話し始めた。


「殿下の母君は王の側妃で、殿下が5歳の時に亡くなられています。側妃様のご実家は元々力が弱く、下手に争いごとに巻き込まれることを恐れて殿下とは疎遠です。そのため、残された殿下は乳母や侍女たちによって育てられました。

 しかし、8歳になった頃、殿下は原因不明の頭痛と吐き気に悩まされるようになります。やがて、特定の侍女が近づくと具合が悪くなる事がわかりました。最初は、侍女を入れ替えてみたりしていたのですが、そのうちどの侍女でも乳母でも王妃様でも発症するようになりました。そして医師に下された診断が女人アレルギーです」


 ここまでの話にリリアが頷くのを確認してから、ケトスは更に話を続けた。


「それ以来、殿下の体質はひた隠しにされてきました。殿下は懐いていた乳母や侍女たちから引き離され、隔離されて生活する様になります。当時18歳だった私は、たまたま殿下の家庭教師として呼ばれたところで、そのまま経緯を近くで見てしまいましたので、それからずっと殿下の側にお仕えして6年になります。

 8歳という幼さで隔離されて育った殿下は、孤独です。殿下の秘密を守るためとは言え、故意にばら撒いた噂のせいで、このトパーズ宮の人間でさえ殿下を遠巻きにしています。だから、これからも殿下の頭を撫でて差し上げてください。殿下はそのような愛情に飢えているのです」


 それがわかっているなら、あなたも殿下をよしよしして愛情を示してあげればいいのに。とリリアは思ったが、ケトスのどこか縋るような表情に気付いて、思い直した。

 ああ、この人は私より随分と歳上で頭もいいのに、ひどく不器用なんだ。と。


「わかりました。じゃあ私は遠慮なく殿下をよしよしなでなで致します。実家の弟と田舎の動物たちで鍛えた、猫可愛がりスキルを存分にお見せしましょう!」


 なんですか、それは。とケトスは苦笑したが、嫌味な笑みではなかった。

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