貧乏令嬢は従者に回収される
1年ぶりに見るトパーズ宮は、当たり前だけど何にも変わっていなかった。
「リリア!久しぶりね!」
リリアが振り向くと、当時の侍女仲間が迎えに来てくれていた。
「リリアは前に使っていた部屋をそのまま使ってね。あ、荷物はいいのよ。今日のリリアはお客様ですからね」
リリアが自分で荷物を持って行こうとすると、お客様にそんなことさせられません。と断固拒否され、リリアは苦笑しながら従った。
「さ、リリアはこちらの部屋へどうぞ。身支度しますからね」
なんと、ドレスも化粧品もライナス殿下が用意してくれた。と言っても選んでくれたのはサーリア嬢らしいが。リリアは手ぶらでその身一つで来てくれればいいよ。と招待状にはなんとも太っ腹な事が書いてあった。
侍女たちによるリリアの身支度が始まると、リリアはいつかの夜会模擬練習を思い出し、泣きたいような笑いたいような奇妙な気分になった。
「あら、リリア心配しないで。もちろん白粉は無害なものだし、夜会ほど畏まった場じゃないからコルセットも柔らかい素材でそんなに痛くないわよ」
リリアの顔を渋い表情だと勘違いしたらしい侍女が、不安を払拭しようとしてくれる。
「あ〜〜〜よかった、これで安心だわ!!」とわざとらしくリリアが応じると、侍女たちとリリアは楽しくお喋りをしながら身支度を進めた。
我が国の婚約式は身内のみで行われ、通常は男性側の家で開催される。
その昔は結婚する両者と両家族の顔合わせの場を兼ねていたらしく、主に両家で食事をしながら歓談することと、指輪の交換を行い婚約契約を結ぶことが目的だ。
なので、リリアとしてはこの場に居ていいものか、ちょっと肩身が狭い思いで会場の目立たない場所に影のように潜んでいた。ちなみに今回の会場はトパーズ宮の広間で、歓談がしやすいように立食形式がとられている。
だが、リリアのそんな居た堪れない気持ちも、サーリア嬢の手を引いて会場に入ってくるライナスの姿を見た途端にふっとんだ。
ライナスはリリアの記憶どおりの美少年ながら、顔つきが少し凛々しくなり余裕さえ感じられる。背も少し伸びただろうか。幸せそうなサーリア嬢ともお似合いすぎるカップルだ。寄り添う姿が麗しい。
出席者たちがそんな2人を微笑ましく見守る中、徐々に会場のざわめきがおさまっていき、司祭が厳かに婚約式の開会を宣言する。
続いて婚約誓約書が読み上げられると、台座のリングピローを司祭がゆっくりと手に取った。リングピローは王家の色である真紅だ。その上に銀色のリングが2つ並んで煌めいている。
司祭が持つリングピローからライナスがリングを慎重に手に取り、サーリアの指にそっとはめる。そして、サーリアも同じ動作をライナスに行う。
じっと見つめ合いながら指輪を交換し、幸せそうに微笑みあうのを見るにつけ、リリアの涙腺は崩壊した。ぼろぼろと目から溢れる涙が頬を伝って顎からぼたぼたと落ちていく。
「泣くにしてもハンカチぐらい当てたらどうですか」
聞き覚えのありすぎる声に、涙をダダ漏れにしながらリリアが振り返ると、リリアの目元にハンカチが押し当てられた。
「うっ、ぐずっ、えぐっ、せっかく綺麗にしてもらったのに、泣いたら化粧が剥げてブスになるぅ・・うぅっ」
「化粧をしてようがしてまいが、あなたの美しさは変わりませんよ」
びっくりして涙が引っ込んだリリアは、ハンカチを押し当てられた格好のまま、目の前の人物を見つめる。え?何?よく似た他人?とか思ったが、どう見てもそれはケトスだった。
1年前のお別れの時から、この人の美的センスおかしくなっていないか?
「まぬけ顔も変わりませんね」
ケトスは優しい手つきで丁寧にリリアの顔の涙を拭き取り、ハンカチをしまった。
「えと、久しぶりね。ケトス」
この人、随分と笑顔が上手くなったな。と思いながら、リリアはとりあえず挨拶をした。
「ええ、久しぶりですね。リリア、ちょっとこちらに来てもらえますか」
儀式は一通り終わり、周りの人々はそれぞれが歓談をしている状態なので、会場を抜けても問題はないだろう。
ライナスの婚約を機にトパーズ宮の侍女を増やしたいという相談かな。と思いつつ、リリアは促されるままにケトスの背中に付いていく。
2人は見慣れたケトスの仕事部屋に着いた。やっぱり仕事の話みたいだ。
部屋に入ったところで、背中を向けていたケトスが振り返った。窓から注ぐ陽の光を背負うような形になったケトスはひどく穏やかな雰囲気で、リリアと目を合わすと何かが溶けたような柔らかな雰囲気で笑った。
どきり、とすると同時にちくり、とリリアの胸が痛んだ。
私が居ない1年の間に、この人にこんな表情をさせるようになったのは誰だろう。と。
自分が離れていた時間の大きさを見せつけられているようで、リリアは気まずげに目を逸らした。
「リリア、約束通りお守りをつけてくれているみたいですね」
リリアの胸元に、礼装にはいささか不釣り合いなペンダントがあるのを認め、ケトスは笑みを深める。
「え、まあ、お守りですし」
「ちょっと、それを外して貸してもらえませんか」
知らない人ならともかく、元々の持ち主からそう言われれば断る理由はない。リリアはきょとんとしながらも、素直にペンダントを外してケトスに渡した。
「実はこれ、私の実母の形見なんです」
「はあ!?そんな大切な物をなんで・・・・」
リリアの文句を聞き流しつつ、ケトスはリリアの温もりが残るペンダントを大事そうに撫でている。
「私は五男坊ですし、養子に出された身ですから大した形見はもらえなくて。これもなんてことない古ぼけた指輪なんですけど」
するり、とケトスがチェーンを引き抜くと、リリアがサークル状のペンダントトップだと思っていたものが、シルバーのリングになった。
「え!指輪だったんだ!」
リリアの反応に、ケトスは心の底から呆れたように嘆息した。
「私は、あなたに猶予をあげたつもりだったんですけどね。よく見れば、チェーンについているのが指輪だなんて誰でもわかるでしょう。そして、指輪を贈られる意味なんて子どもでも知っているというのに」
こんなおめでたい日に私を貶めて何がしたいんだ!とリリアは食ってかかろうとしたが、ケトスがやけに真剣な顔でじっと見つめてきたので、勢いをなくして口をつぐんだ。
「私はあなたとは7歳差です。しきたりや作法は仕事となればうるさくしますが、妻には求めません。私だって元々平民ですからね。顔は、あなたは構わないと言うし、何よりあなたのその性格を私は許容します。むしろ、その性格のあなたが好きです」
この男は、突然何を言っているんだろうか。
まさかという思いと、そんなわけないという思いで、リリアは瞼が痙攣しそうなほど目を見開いたまま動けなくなった。
リリアの脇にだらんと垂れ下がっている腕がケトスにとられ、指に先ほどまで胸元にあったものが通される。
「リリア、結婚してください。あなたの条件を満たしているのですから、嫌とは言いませんよね?」
リリアは、自分の指にはめられたリングを見ても、呆然とするばかりで反応がない。
流石にケトスが心配そうにリリアの瞳を覗き込むと、そこから止まっていた涙が再びぼろぼろと溢れ始めた。
呆然と固まったまま大粒の涙を流すという荒技を見て、ケトスはギョッとしたが、すぐに笑ってリリアを抱きしめた。
「無言は了承ととりますよ」
「す・・・すぎにずれば・・・いいじゃないぃ・・・」
リリアの指には大きすぎるリングが滑り落ちないように手を握り締めながら、リリアはケトスの体に腕を回した。
「形見を・・・粗末に扱うんじゃないわよぅ・・・」
「何言っているんですか。ちゃんとあなたごと回収するつもりでしたよ」
商家の息子ですから。とロマンもへったくれもない言い草だが、これでこそケトスだ。
「私が断ったらどうするつもりだったのよぅ」
「あなたの趣味嗜好、行動パターン、私は全て把握しています。あなたを観察することにかけては、私は誰にも負けない自信があります」
なんだそれ!その言い方怖すぎるわ!
もうちょっと、愛のある言い方があるだろう。いや、ある意味愛があるのか?
「あ、ただし一つ問題がありますね」
「何よぅ・・・?」
ケトスは勿体ぶって、至極まじめな顔でこう言った。
「将来、禿げるかもしれませんけど、いいですか」
リリアは頭突きをする勢いで額をケトスの胸元に押し付けた。
ケトスがぐふっと呻いた後にくすくす笑っているのが胸元から伝わる振動でわかったが、リリアはケトスの礼服を涙でぐしょぐしょにしてやることに集中した。
<おまけ>
「あなたのペンダントが指輪だという事実に、あなたのご家族でさえ気づいていたのに当の本人が気づいていないなんて」
「え!?どおりでなんかやけにニヤニヤした顔で王都に送り出されたと思った!ん?なんでそんなことをケトスが知っているのよ」
「さて、何ででしょうね」
これにて完結です。
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