貧乏令嬢は草陰の美少年に捕まる
理想の花嫁像とは。
抜けるように白い肌と、淡く色づく唇に、華奢な体躯。
・・・はぁ?ばかじゃないの!?結婚生活なめてんのか!!!
田舎子爵の長女リリアは心の中で、力強く悪態をついた。
この理想像が、王都の裕福な貴族たちだけならまだわかる。
しかし、この流行は地方貴族や豪商達にまで広まっており、夢見がちな結婚適齢期の男性たちどころか後妻探しの中年たちまで、皆一様にこの理想像の女性を追い求めているのだ。
どうせ、結婚して家事やら農業やらに勤しめば、肌は焼けるし体は逞しくなるわよ!!!
とは言っても、貴族階級において家事やら農業に勤しむというのは、相当な貧乏貴族のみであることはリリアも十分に承知している。承知しているが、かく言う自分がその貧乏貴族なのだから、リリアとしては文句の一つや二つや十に二十。言わずにはいられない。
もちろん、リリア自身は日頃の農作業でよく焼けた肌と、血色の良い健康的な唇。農作業や家事で鍛えられた体の持ち主だ。しかも身長も平均より高め。
色味も灰色がかった茶髪に栗色の瞳という、THE平凡。
そんなリリアの立派な体を作った子爵領は、農業を主な生業としている領地だが、今年は記録的な不作に見舞われていた。
新種の病害が流行ってしまったのだ。
幸い、原因を突き止め対策を講じることができたので、翌年からは収穫量が戻ってくるだろう。だが、すぐ元通りとはいかず、元の収穫量を取り戻すには数年を要するに違いない。
とりあえず、今年は子爵家の私財をいくつか換金し親戚筋へ援助も頼み込み、領民と協力しあって乗り切ることができた。
いつもであれば、長閑な田舎マインドで、まあ何とかなるわ〜と楽観的な子爵家の面々なのだが、今回ばかりは頭を抱えていた。
ちょうど、跡取りである長男マーキスの学校入学の年と重なってしまったのである。
貴族の子息は12歳になると、王都の学校に通うようになる。
決して必須ではないが、学校卒業というのはとても強いステータスになるし、そこで作る人脈も大切だ。次男以降ならいざ知らず、どの貴族も跡取りは何としても学校に通わせたがる。
何より、マーキスは知識欲と向上心があり、学校へ行くのを非常に楽しみにしていたのだ。
「仕方ないよ。学校に行かなくっても勉強はできるから、大丈夫だよ」
マーキスは気丈にもそう言うが、落胆は隠せていない。
そんな健気なマーキスを放っておけるはずもなく、リリアは考えた。
これ以上、換金できる私財も借金できる親戚もいない。
かくなる上は、どこかの後妻か、貴族位が欲しい裕福な商人にでも嫁ぐか・・・。
と、リリアが考えたところで、件の理想の花嫁像にぶち当たった。
ダメだ!!自ら働く貧乏貴族ぐらいしか、嫁の貰い手がない!!それじゃ全然意味ない!!
絶望感に打ちひしがれたいところだが、そんなことしてもお金にならないので、リリアはとりあえず王都で仕事を探すことにした。
対価をすぐに現金でもらおうと思うなら、田舎では難しい。
それに、母方の大叔母が王都に住んでおり、住まいと食は面倒を見てもらえる。
かくして、姉さま無理しないでね。と心配するマーキスと、領地は私たちに任せて、やるだけやってみなさい。苦労かけて悪いけど頼んだよ。と激励する両親に見送られて、リリアは王都へ向かう行商人の馬車に乗り込んだ。
白亜の宮殿にも負けない白い肌に、流行りの型にヴィンテージの生地を使用したと思われるドレス。表情は年齢のわりには固い。どこかの箱入り娘だろうか。
なんて、思われてるとは露知らず。
初めて参加した夜会の華やかさと熱気に当てられて、リリアは目を白黒させていた。
王都へやって来たものの、家庭教師となれる程の教養もないし、侍女になる伝手もない。お世話になっている大叔母も、高齢ゆえ社交界や俗世からは距離をおいて久しく、当てにはならない。
とりあえず、夜会で情報収集でもしてきたら?との大叔母からの助言を受けて夜会に出てみたものの、あまりの別世界にどうしたものやら。
今回は大叔母が懇意にしている伯爵家の小規模な夜会とのことで、こっそり出席させてもらったのだが、実はリリアはそもそもデビュタントすら終えてない。全くの夜会初体験なのだ。
リリアは現在17歳。本来は我が国でのデビュタントは15・16歳の社交シーズンに終えるものなのだが、そこは貧乏子爵の懐事情を推して知るべしである。
でも、流行が一回りして、大叔母様の古いドレスが流行と同じ型になっていて助かったわ〜。
肌も小麦粉で白くなったし。唇はいちごジャムでは赤すぎるから、桃ジャムにしてみたわ。何とかなるものね!ただ、少しでも汗をかいたらドロドロになりそうね・・・。
と、考えながら、リリアは思わず唇を舐めそうになったものの、ジャムがとれる!とぐっと我慢する。
白とピンクになりゃいいんでしょ!と、農家的発想で白粉と口紅を小麦粉とジャムで代用したものの、やはり耐用性に難ありである。飲み物すら飲めない。
熱気からの避難と頭の冷却を兼ねて、リリアは庭で涼むことにした。
シャンデリアで煌めくドレスの森に比べ、月明かりに照らされる木々のなんと落ち着くことか。
夜会に出席できるなんて滅多にない機会なのだから、できるだけ情報を集めたり繋がれそうな人物を探すなりしなければならないと言うのに、前途多難である。
あ〜〜、手につけた小麦粉が取れてきてるわね。夜会に日に焼けた肌じゃ浮くと思ってのことだったけど、流石に短絡的だったかしら。
リリアが斑になってきた自分の手を月明かりに翳しながら見ていると、その先の茂みの一部が不自然に揺れた気がした。
訝しんでその辺りを注視していると、うっすらと蹲る人の姿が見えた。
「あの、大丈夫ですか?」
リリアは慌てて駆け寄り、声をかける。
と、蹲っていた人物はビクッと体を揺らし、リリアから距離をとろうとする・・・が、やはり具合が悪いようで、またへなへなと蹲ってしまった。
体つきから見て、まだ少年だろうか。
もしかして、余計なお世話なんだろうか。でも、どう見ても具合悪そうだし。
リリアは逡巡したものの、野垂れ死にされても夢見が悪いし、何よりこのままだと気になって眠れなくなってしまいそうだと思い、多少強引に助けることにした。
「はい、ちょっと失礼しますよー」
リリアは、一気に少年に近づくと、少年の腕をとって自らの肩に回した。
「あ、やめて下さい!僕ダメなんです!!」
少年は、辛そうな顔をしながらも必死に抵抗しようとしたが、はた、と動きを止めてリリアをじっと見つめだした。
真正面から見つめ合う形になり、リリアは随分と顔が整った子だなあと思ったが、相手は驚愕の表情でリリアを見つめ続けている。
少年は、何やら何度もくんくんと鼻を動かし、瞳をキョロキョロとさせている。
ええ〜、なんだか変な子に関わっちゃったかなあ。でも、もう引くに引けないし・・・。
お互いに固まった状態でどうしたものかと思っていると、ガサガサと背後の茂みが割れ第三者が現れた。
「殿下!こんなところにいたんですか。探しましたよ」
で・ん・か・・・?
あ、どうやら危惧してたのと別方面でやばそう!!!
が、そう勘づいたリリアが逃げ出すよりも早く、リリアの手は少年に両手でガッチリと握られていた。
「あなたのような女性がいたなんて!あなたは僕の希望です!!」
殿下と呼ばれた少年の言葉に、リリアはできれば卒倒したかった。