第七話 昼休み
昼休み、俺は教室を出て保健室に向かった。おそらく帰っているだろうが、一応行っておこう。
ドアの前に立ち、そっと開けて室内を確認する。養護教諭の秋山先生が、俺の姿を見てニコリと笑って言った。
「君は、関君だっけ? 竹内さんのクラスメイトの」
「はい。というか、俺の名前知ってるんですね。あんまり面識ないと思うんですけど」
「君はいろんな意味で有名だから……もしかして、竹内さんの様子を見に来たの?」
俺は首肯した。しかし、いろんな意味で有名ってのは、良い意味ではないんだろうな。
「彼女はついさっき帰ったわ。ここに入って来たときはすごくフラフラだったの。ホント、よく来れたわねって言いたいくらい」
「帰るときはどうだったんですか」
「普通に歩けるようになってた。あ、そうそう。竹内さん、ベッドで寝てる間ずっと君の名前呼んでたのよ。相当君のことが好きなのね」
その言葉に俺は苦笑するしかなかった。マジでヤンデレ化してきてんな。
俺は秋山先生に礼をして踵を返し保健室を出た。さて、何をするか。
「あ、やっと見つけた」
声の方を向くと、そこには弁当箱を持った萌絵がいた。こんなところで何してるんだ。
「萌絵、お前何してんだ」
「いや、一緒にご飯食べようと思ってたんだけど、お兄ちゃんの教室行ったらいなくて……」
「それで俺を探してたのか」
萌絵は頷き俺の弁当箱を差し出した。正直ここで渡されても困る。
「悪い、今食欲なくてな。姉貴と分けて食べてくれ」
「え、いらないの?」
「今日はいい。それじゃあ」
俺はそれだけ言って歩を進め……萌絵に腕を掴まれた。
「なんだ、まだ何かあるのか」
「私が食べさせてあげる!」
……は? 何を言ってんだこいつは。通りかかった生徒も呆然として萌絵を見ている。
「ご飯食べないのは体に良くないよ。だから私が食べさせてあげるの」
俺は自然と口が開いた。本気で言っているのだろうか。
姉貴が聞いたら発狂するかもなと思いつつ、俺は萌絵から弁当箱を取り上げた。
「分かった食べるよ。お前は自分の教室に戻ってろ」
萌絵は意外そうな表情だったが、すぐに「了解」と言って軽快な動きで階段を駆け上がっていった。一瞬、何かが見えたような……。
俺も階段を上がって教室に戻り……項垂れた。
姉貴が俺の席に座り弁当を食べていた。まあ、予感はしてたよ。萌絵が来てたんなら姉貴も来るだろうなと。
「雄輝、やっと戻ってきたのね。何してたの?」
あんたは俺の席に座って何してんの?
「美優ちゃんから風邪で早退するって聞いたから、一人で寂しいんじゃないかって思ってきたの」
なんで姉貴に言っちゃったの? 萌絵が来たのもそれが原因か……。
「あのなぁ、小学生じゃねぇんだから……。とりあえずどいてくれ、そこは俺の席だ」
姉貴は箸を止めて無言で席を立つと、ほかの空いている席に座って食事を再開した。食べ終わるまで教室を出ないつもりか。
椅子に座ると姉貴の体温で生暖かい。俺が戻って来るまでずっと座っていたのだろう。
俺は弁当箱を開け、ほぼノンストップでご飯を口に運んだ。
「雄輝、そんなに早く食べたら喉詰まらせるわよ。何か急ぐ用でもあるの?」
「食事に時間をかけたくないから」と返したかったが、今口を開けると教室が大惨事になる。俺は箸を置き、両手を使ってTの字を作った。
普通に伝わると思ったが、姉貴は首を傾げ「何それ」と言った。分かれよ! 分かるだろ!
俺はご飯を胃に流し込み、息をついた。
「姉貴、さっきのマジで分からなかったのか」
「何かのポーズなのかなぁ、と思って」
なんでだよ。天然なのか? いや、ただ無知なだけなのか……。
「タイムだよタイム。あの状態じゃ喋れんからな」
「ああ、タイムのTね。それで、何で急いで食べてたの? 昼休み終わるまでまだ時間あるのに」
「食べるのに時間使いたくねぇんだよ。食事は大事だけど、ほかのこともやりたいからな」
姉貴は「ふぅん」と言うと、俺の弁当箱に入っているウインナーを口に運んだ。
「え、何勝手に取ってんの?」
「こうした方が早いでしょ? だからいくつかもらうね」
いっそのこと全部あげてもいいけどな。しかしこれ、傍から見ればカップルっぽくね?
そんなことを考えているうちに俺の弁当箱の中身は瞬く間に減っていき、気付けば空になっていた。