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第二十六話 妹の天然レベル

 私は盗聴器で録音した音、正確にはお兄ちゃんの声をイヤホンで聞いていた。本当は肉声を聞きたいけどお兄ちゃんが起きるまで我慢我慢。

 それにしても、せっかく録音したのに、ほかの生徒の声でお兄ちゃんの声が掻き消されている。私は苛立ちをどうにか抑え、別の音声ファイルを開いた。うん、これはちゃんと聞こえる。やっぱりお兄ちゃんの声は落ち着くなぁ。思わず(よだれ)がじゅるりと流れ、私は腕で一気に拭う。

 今度は盗撮した写真で目の保養。腹筋はないけど良い肉体美だ。邪魔者が数人写ってるけどこれは編集して消しとこう。余計なものは徹底的に排除しないとね。

 あ、そうだ。どうやってお兄ちゃんの篭絡(ろうらく)しようかまだ考えてなかった。洗脳だけじゃ生ぬるいよね。もう少し過激な方法でも……。

 

 

 俺はそこでページを閉じた。なんだこのラノベ。話の序盤でヒロインが犯罪に手を染めてるけど大丈夫なのだろうか。俺は深呼吸して心を落ち着け、表紙のタイトルに目を向けた。


『大好きなお兄ちゃんのためなら、何をやっても許されるよね!』


 限度があるわ。表紙買いしたのは間違いだった。今度からはちゃんとあらすじ確認しとこう。

 しかしこのラノベ。妹のヤンデレ度が半端ねぇな。フィクションだからいいけど、リアルでいたら笑えない。

 そう考えると姉貴なんてまだ可愛いもんだ。ヤンデレのレベルを最高100とすれば、姉貴は20から30ぐらい。具体的に表現するなら弱ヤンデレってとこか。最近はおとなしいからあまり脅威も感じない。萌絵は比較的接しやすいが、天然がゆえに対応に困ることがちと多い。

 表紙を見ながらそんなことを思っていると、ドアが急に開き、萌絵が入って来た。


「お兄ちゃん入るよ~」

「もう入ってるだろ。つーか、ノックぐらいしろ」

「ごめん忘れてた。……お兄ちゃんその本何?」

「ラノベだよ。それより何の用だ」

「えーとね。お兄ちゃんが出来たから晩ご飯を呼んで来てってお姉ちゃんに言われたの」


 ……それどういう状況だ? 俺が出来たから晩飯を呼んで来い? 


「萌絵、順番が逆だ。日本語が壊滅してる」

「え? あ、ホントだ。でも、こういう間違いは誰にでもあるよ」


 滅多にねーよ。素で間違うのはお前くらいだ。


「とにかく晩飯が出来たんだな? 今から下りるからまずは部屋を出てくれ」


 俺はしっしっと手で追い払う仕草をした。萌絵はハムスターのように頬をプクッと膨らませ部屋を出ていく。

 食事中は三人とも無言だった。本来はこれが正しいのだろうが、音がないと落ち着かない。そんな俺の心中を悟ったかのように、萌絵がふいに話しかけてきた。


「そういえばお兄ちゃん、部屋で何のラノベ読んでたの?」


 萌絵の問いに俺はどう答えればいいか迷った。本の内容を細かく言うと姉貴が真似しそうで怖い。盗聴や盗撮なんて姉貴にかかれば朝飯前だ。ここは適当に誤魔化すのが無難か。

 

「異世界モノだよ。人気のあるジャンルだから一度読んでみようと思って」

「異世界かぁ。俺TUEEEっていうのは聞いたことあるけど、主人公は強いの?」

「うーん……まあ、そこそこだな。格別強くはない」 

 

 萌絵は抑揚のない声で「へぇ」と返し、それ以上は訊いてこなかった。姉貴はすでに食事を終えて台所で食器を洗っていた。俺もさっさと夕食を平らげ、足早に部屋に戻って鍵を閉めた。これで勝手に入られることはない。

 息をつき、机に置いていた読みかけのラノベを手に取る。自分のミスとはいえ、買ったからには最後まで読まないと気が済まない。なんだかんだ言って続きも気になるしな。

 俺は再び本を開き、読書を再開した。それからすっかり読みふけってしまい、気が付いたときには時間は九時を過ぎていた。

 

「……風呂入るか」


 俺はゆっくりと腰を上げ、ふと思った。今ここを出たら部屋はがらんどうになる。一応、鍵は待っているが、鍵自体盗まれる可能性もゼロではない。

 かと言って入らないわけにもいかないし……まあいい。あくまでも可能性の話だ。いちいち気にしてたら精神が持たない。

 俺は恐る恐るドアから顔だけ出し、近くに姉貴と萌絵がいないことを確かめてから、部屋を出てドアを閉め、鍵をかけた。

 そして脱衣所に向かう途中、首にタオルを巻いた萌絵と遭遇した。萌絵は俺に気付くと大げさに手を振って歩み寄って来る。


「お兄ちゃん、今からお風呂入るの?」

「ああ、いつもより遅くなったけどな」

「そっか……じゃあ私も入る!」

「あのなぁ。前にも言ったと思うけど、お前もう高校生なんだから一人で入れ。つーか、まだ上がったばっかりだろうが」

「でも、まだ一回だけだもん。しずかちゃんは一日三回お風呂に入るんだよ」


 なぜここでしずかちゃんが出てくるのか。てか、一日三回はさすがに入りすぎだ。


「そんなに入らなくても問題ねぇよ。むしろ、体を洗い過ぎると臭くなるらしいから気を付けた方がいいぞ」

「え!? じゃあしずかちゃんヤバいじゃん」


 あれはフィクションだからいいんだよ。……いや、でも臭いしずかちゃんは想像したくねぇな。美少女ヒロインのイメージが崩れてしまう。

 

「……しずかちゃんは部位別に洗ってるから大丈夫だ」

「どういうこと?」

「まず一回目は頭部、二回目は上半身、三回目は下半身だけ洗ってるんだ」

「まとめて洗った方がよくない?」


 もっともな意見だがイメージを崩さないためにはそうするしかない。


「それは多分、しずかちゃんなりのこだわりがあるんだよ」


 ま、そんなもんねぇけどな。俺が適当に言ってるだけだし。


「なるほど……じゃあ私も明日からそうしよ」

「お前は真似せんでいい!!」

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