第六十三話 「フォボスとディモス」
ちょっと長くなりました。
〜ヴァイルの街付近の森〜
「ディモ…来て。」
朝早くして、一人の獣人の少女が木の茂みの中に向かって話しかける。
「…なに、フォー?疲れてるんだけど…。」
すると、その少女とそっくりな容姿で髪の短い少年が頭に片手を当てながら出てくる。
その少年のもう片方手には、少年のものと思われる剣が握られていた。
「ドラゴン、死んでる。」
少女が目の前に静かに横たわるドラゴンを指さして言う。
「ドラゴン………ドラゴン!?ほんとに!?」
少女は頷き、答える。
「…まだ新鮮そう。食べられるかも。」
「2日ぶりの肉だ!へへ、知ってるか、フォー。
こーゆーのは頭が一番美味しいんだぜ!
さて…一発で、切れるかな……?」
少年は舌なめずりをしながらその手に持った剣を首めがけて振り上げ………
ガツン!
勢いよく振り下ろす。
しかし、その鱗にはヒビ一つ入らず、代わりに少年の手にはジンジンと残る痛みが加えられた。
「グォアッ!?」
━━━━━
「グォアッ!?」
痛っ!?
首筋に痛みを感じ、飛び起きる。
すると視界に入ってきたのは、双子と思われる容姿の酷似した10歳くらいの獣人の少年少女だった。
一番近いのは少年で、その手には剣が握られていた。
「……まだ生きてた。」
「どうすんだよ!」
「…」
「おい…。」
なんか言ってるけど、とりあえず安心させておくべきか。
人化をし、話しかける。
「ねぇ、これどういう状況?」
「「え?」」
━━━━━
それからももう一悶着あったがなんとか打ち解け、話を聞くと森を彷徨い歩いていたところを寝ている俺を発見し、食べようとしたらしい。
それで首を切ろうとしたが切れず、痛みで俺が起きたという訳だ。
なぜ森の中にまだ幼い二人がいるのか。
それは、結界が張られる直前に二人で森を探検していたところ、つい長く探検してしまったため結界の中に入れなかったのだ。
ちなみに今日は結界が張られてから三日目らしい。
つまり、俺は二日寝ていた(気絶していた?)と言うことだ。
まぁ、あれだけの大怪我を短時間に何度も負っていればそうなるのだろう。
少し話が逸れたがこの二人は双子で、幼い割に強かで、結界が無くなるまでの一年間を森で過ごそうとしていたのだ。
中に入れないのなら仕方が無いのだろうが。
…ん?……中に入れない…だと?
…俺もじゃないのか!?
「な、なぁ。これって、誰も中に入れないのか?」
「…そう。誰も入れない。」
少女が答える。
ちなみにこの少女の名前はフォボス。
フォーと呼ばれている。
そしてもう一人の少年がディモス。
ディモと呼ばれている。
打ち解けてからは俺もフォー、ディモと呼んでいる。
…これからどうしようか。
まずこの二人を見捨てるという選択肢は無い。
大人として出来ないし、そんなの人として終わっていると思う。
だが、俺は今、いろいろなところを巡りたいと思っている。
とりあえずはスタージェを探しに行きたい。
死んだと決まっているわけではないが、生きているのならば会いたいし、死んでいるのならばせめて遺骨だけでも形見に取っておきたい。
スタージェとは結構仲良くしていたし、何度か買い物やダンジョンにも行った。
思い出はたくさんある。
フォーとディモの前でこそ明るく振る舞っているが、内心結構キツい。
そして、もっと強くなるために各地を巡り、強い敵と戦いたいのだ。
シエラとユルムにも会いたいが、どうせ会えない。
結界からヴィルロまでは離れているからだ。
ここにはスマホのような意思疎通を図る道具もない。
俺ができるのは、次合うときに備えて強くなることだ。
それに、人間領に潜伏してみるのもいいと思っている。
敵のことを知るのは重要だし、あわよくば厄介な敵を暗殺しようかとも思っている。
……だが、フォーとディモを付き合わせるのは違うと思う。
本人の承諾も何よりだが、まず俺の旅に付いていけるほど強くないと思う。
…多分。
「フォー、ディモ。二人はこれからどうするつもりなんだ?
俺はこれから強くなるための旅に出ようと思っているんだけど…。」
そう聞くと二人は顔を見合わせ、頷くと俺の方を見て言った。
「俺も強くなりたい!」
「……私も。」
むぅ…そう来るのか。
ここにいたいと言うと思っていたんだが…。
「正直、キツいと思うぞ?
多分連戦になるだろうし、休みは少ないぞ?
それでもいいのか?
それに、ヴァイルの街かどこかに親だって居るだろう?」
「ん……親、居ない。顔も知らない。」
え……??
「俺たちが生まれたときに親が死んじゃったから、孤児院で暮らしてたんだよ。
この前6歳になったから、孤児院を卒業して冒険者になったんだ。」
6歳ってのは、地球で言う12歳だな。
「それで依頼を受けてここまで来たんだけど…。このザマだよ。
だから、帰る場所なんて無いんだ。
そもそも家も持ってないし、宿も取ってない。
裏路地で過ごしてたんだ。」
「逆に、こっちのほうが良かったかも。」
そ、そうだったのか…。
重いな…。
「そ、そうか…。でも、本当にいいんだな?
俺は、人間の街にも行くつもりだぞ?」
「…大丈夫。どうせ、ここにいたら死ぬだけ。」
「し、死ぬって、そりゃないだろ。
俺の剣とフォーの魔法があれば死ぬことは…」
「…うるさい。現にこの二日間、獲物取れてない。
……それに、冬厳しい。」
確かに、フォーの言うとおりだな。
付いてこさせないと、二人が死んじまうのか。
俺なら、二人を養えるだろう。
大丈夫だ。最悪、二人を守りながらでも森で生活することだってできる。
「わかった。じゃあ、早速行こう。
とりあえず…行きたい場所があるんだけど、いい?」
「「うん。」」
━━━━━
ボコボコと穴の空いた大地。
戦争のあった証だ。
そこを三人で歩いている。
あまりそう思いたくはないのだが、多分スタージェは死んでいると思う。
その理由は、新しく獲得した称号だ。
称号(吸魂鬼)
何人もの仲間の犠牲の上で生きているものに与えられる称号。
強くなりたいと願う気持ちがあれば、その分だけ強くなれる可能性が高まる。
この称号は俺のために死んだ仲間を心に刻む、大切なものだ。
そしてこの称号を獲得したということは、恐らくスタージェは死んでいる。
ここにはその形見に何かないかと探しに来たのだ。
「フォー、ディモ。ここに、もしかしたら死体があるかもしれない。
俺はその死体を探しに来たんだけど、見なくなかったらここで待っていてくれ。
死体が大丈夫なら付いてきて、一緒に探してくれないか?」
「いいよ!探す!」
「…わかった。……でも、なんの為?」
「その死体は、俺と中の良かった人なんだ。
戦争で、俺を守って死んじゃったけど…ね。」
「そっか。ミア姉ちゃんの大切な人だったんだね。」
ミア姉ちゃん!?なんだそれは!
すごくこそばゆいぞ……。
「なぁ、その呼び方はやめないか…?」
「ん……ミア姉ちゃん。」
そうかそうか、やめる気はないという訳か…!
って、なんだか暗い気持ちがいくらか和らいだな。
まさか、これが狙いか…!?
………いや、まさかな。
それより、探そう。
俺は二人よりも前に出て、地面を注意深く見回す。
━━━━━
一方、ミアから離れた二人は…
「よかったね、ちょっと元気になったみたい。」
「…ん、よかった。ディモ、気が利く。」
「へへ、そんなもんじゃねぇよ。」
ミアの思った、その「まさか」であったようだ。
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