第五十八話 「筋肉」
年末ということで、1月3日まで毎日更新したいと思います。
「はぁ〜〜〜〜〜………。」
女性のフリをするのはかなり疲れる。
ここ最近で、身を持ってそう感じた。
そもそも、俺は男なのだ。
そう考えれば、今までの俺はよくやっていたと思うよ。
そこで、たまには男と過ごしたいものだ。
そう思って俺の知り合いを漁ってみたのだが、なんと驚きの事実が判明した。
不謹慎だとは思うが、友好的な仲間の殆どが既に死んでしまっている。
俺を庇って死んだ者もいる。
俺を逃がすために死んだ者もいる。
言ってみれば、俺は屍の山の上に立っているようなものだろう。
……もう誰も死なせない。
次は、俺がみんなを守る番だ。
…話が逸れてしまったが、俺がこう誓ったのは紛れもない事実だ。
そして、数少ない知り合いを探った結果、近くの男ではスタージェしかいなかった。
と言うわけで、俺は数日ぶりにヴィルロタワーの四階に足を運んだ。
だが、いつもならばカウンターにいるはずのスタージェの姿が見当たらない。
───…ぬんっ…ぬんっ…ぬんっ…
代わりに、不気味な声が響いている。
───…ぬんっ…ぬんっ…ぬんっ…
この声がするのは、カウンターの奥の扉からだ。
恐る恐る近づき、扉の取っ手に手をかける。
「……スタージェ?」
扉を開けると、そこには鉄の棒に手をかけ、肩、背、腰、足と、至るところにいかにも重そうなおもりを何十個もつけ、ぬんっ、ぬんっという掛け声とともに懸垂をしているスタージェの姿があった。
しかも、おもりでよく見えないのだが、注視すると全裸だということが分かる。
「おぉ、ミアじゃないか!今日も筋トレか?」
「…………………。」
その格好で言われても困る。
「…服着たらどうだ?」
「おぉ、そうだな、スマンスマン。
どうも、お前と喋ってると、男と会話している気になってな。」
それはあながち間違いではないな。
見た目、体ともに女ではあるが、その中身は男なのだから。
スタージェは肌に薄く滲み出た汗を拭き、横に置いてあった服を着る。
……なんであんな運動の後で、それしか汗が出ていないんだ?
そう思ったが、筋肉オバケにとってはあれくらいは朝飯前なのだ。…そう思うことにした。
「で、今日もアレ、やってくのか?」
スタージェの言うアレとは、この前俺が完敗した、体に重圧をかける水のことだ。
「いや、閉店後にちょっと時間無いかと思ってな。」
スタージェの前だと、いつも意識している女言葉をつい忘れてしまうな。
「ふーむ、別に今からでもいいぞ。店番は他のやつに任せればいいしな。」
「そっか、じゃあそうしてくれ。」
「おう。ちなみにだが、どこに行くんだ?」
……まだ決めていなかったな。
商店街、ダンジョン、街の外。
フィスタの街奪還作戦決行前に行けるところとしたら、これくらいか。
…ま、ダンジョンでいいか。
「……ダンジョンだ。」
━━━━━
〜巨大種用ダンジョン 第一層〜
「おい、本当にこっちでよかったのか?
魔法が無いと厳しい敵もいるが…。」
「ん?まだ言っていなかったか。実はな、俺はユニーク魔法が使えるんだ。
……何だその顔は?…さてはミア、ユニーク魔法を持っていないのか!はっはっは!
そう気を落とすな。まだチャンスはあるさ。」
スタージェまでユニーク魔法を持っているのか………。
悔しい!!
「な、なんの魔法なんだ?」
「それは実際に見たほうが早いだろう。」
そう言うとスタージェは、近くのトロールとゴブリンの集団へと向かっていった。
「(筋肉の波動)!」
スタージェがそう言うと、スタージェを中心に波のようなナニカが広がる。
距離があるためこちらには届かなかったが、トロール軍団にはもろに波に当たった。
波に触れたゴブリンやトロールは膝をガクガクと震わせ、立っているのが精一杯という感じになった。
…どういうことだ?
「(筋肉の叫び)!」
次にそう言うと、スタージェの肉体から耳障りな音が聞こえてきた。
すると、それに共鳴するかのようにトロール軍団たちの筋肉も音をあげ、ゴブリンたちから順に泡を吹いて倒れていった。
俺にもその音は届き、微かにだが俺の筋肉も音を出していた。
ほんのわずかだが、疲労感も感じる。
一方トロールはもう膝がガクガクで、戦意などとっくになくなっているらしいが逃げられない。
スタージェは近くまで歩み寄り、ジャンプして頭をひと殴りしてトロールを殺した。
地面には多数の解放石が転がっていた。
━━━━━
「なぁ、あの魔法はなんだ?」
あんな魔法は見たことが無い。
「(筋肉魔法)ってんだ。周囲の筋肉を操れるんだよ。
(筋肉の波動)は、波動に触れた生物の筋力を一時的に低下させる。その代わりに射程が短めだ。
(筋肉の叫び)は、魔力をを多く消費して筋肉を鳴らして、その音に敵の筋肉を共鳴させて疲労を与えるんだ。
この二つを組み合わせると強いんだよ。
ま、魔法のコンボってとこだな。相性がいいんだ。」
魔法のコンボ……考えたことが無かった。
まぁ、それ以前に俺は使える魔法が少ないんだが。
……そういえば、スタージェは魔法名を言っていたな。
なぜだろうか?
「なぁスタージェ。魔法名って、言う必要があるのか?」
「全然あるぞ。名前を言うことで発動が安定するし、魔力消費もほんのわずかだけだが抑えられる。
まぁ、かなりの上級者になると意味が無くなるんだがな。
逆に、下手な者だと名前以外に詠唱が必要になる。
それ以外だと、強力な魔法を発動するときにも詠唱が必要な場合もあるな。
……だが、これくらい常識だろう?まぁ、詮索はしないがよ。」
ちょっと怪しまれたか?…まぁいい。
そういえば、詠唱って……勇者の野郎が使っていたやつだよな。
…なんだか思い出すとムカムカするな。
いつか仇をとってやる。
「ありがとう、タメになったよ。」
「……そんな怖い顔で言われてもな。」
…おっと、ムカムカし過ぎて顔に出ていた。
次の投稿は明日の朝一時です。




