第五十五話 「魔力過多」
ヴァイルの街の一つ南に、フォネスという街がある。
当然、ヴァイルの街の南にあるため、今は魔獣撲滅派に占領されている。
そのフォネスの街だが、十日後に奪還作戦を行うことが発表された。
付近の街の冒険者たちにも有志での参加が求められ、勧誘の札が各冒険者に配られた。
もちろん、その札は宿の部屋でシエラに魔力の扱いについて教えていたミアにも届いた。
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「シエラ、ちょっと来て。」
シエラの手を引いて連れ出す。
今日は、戦闘訓練への事前準備の一環として、魔力について、俺が知っていることを教えてあげようと思う。
…と言っても、俺は魔力の動かし方と、魔法の発動の仕方しか知らないのだが。
「なに〜?」
トタトタと可愛い足音を鳴らしながら、シエラが付いてくる。
「シエラ、魔法って知ってる?」
まぁ、ここは魔法について興味を持たせてから、だな。
「うん!知ってるよ!」
え…。い、いきなり出鼻をくじかれたが、まぁまだ許容範囲内だ。
…まったく、どこで覚えたんだか。
「じゃあ、使ってみたいと思う?」
「思う!でも、もう使えるよ?」
そう言って、シエラは空中に透明の板─結界を張った。
………そういえば、前にも使ってたのを見たな…。
「じ、じゃあ、もっと上手になりたい?」
「うん!なりたい!」
ふぅ、やっと本題に入れる。
そう思い、シエラに手を出してもらう。
俺はその手を握り、傷から魔力が流れ出るのを止める要領で、シエラに魔力を少しずつ流し込んだ。
「今、手に魔力を流してるんだけど、わかる?」
「わかるよ。」
ほんとかな?試してみるか。
そう思い、魔力を流すのを止めた。
「まだ流れてる?」
「ううん、止まった。」
どうやら、本当に分かっているらしい。
本当なら、魔力を感じ取るのにもう少しかかると思っていたんだがな…。
まぁ、なんにせよ早いに越したことはない。
「じゃあ、自分で動かすことはできる?
できたら、お母さんの手に流してみて。」
そう言うと、顔をしかめてうんうんとうなりだした。
流石にこれは早かったか。
そう思いストップさせようとすると、微かにだが魔力が流し込まれた。
「えっ…?」
そして、次の瞬間には膨大な量の魔力が流れ込んできた。
ちょうど、ダムが決壊したかのように。
濃密な魔力の影響で、二人の体が薄っすらと光りだした。
風が巻き起こり、畳んであった服や作りかけのご飯が吹き飛ぶ。
大量に魔力を流し込まれた俺は、体が爆発しそうになるが、なんとか持ちこたえる。
シエラは集中しすぎてこの異変に気づいていないらしい。
「シエラ!シエラッ!ちょ、ストップ!とめて!」
何度も呼びかけていると、ついに俺が耐えきれなくなるかというところで意識が戻ったのか、魔力の供給を止める。
途端に風がやみ、頭の上でクルクルと舞っていた服やご飯が落ちてくる。
「あっ…ご、ごめんなさぃ………。」
泣きそうな顔になりながら、謝るシエラ。
だが、ミアはそれどころでは無かった。
体の中の魔力が多すぎて、顔どころか全身真っ青になり、今にも倒れ込みそうになっている。
だが、今のミアの魔力量は通常の五倍以上になっていることを考えると、納得がいくだろう。
そして、まだ二歳─地球で言うと四歳─のシエラはミアの五倍の魔力を供給したのだが、未だ余裕がありそうな様子である。
「シエラ……ちょっと、お母さん、寝る…ね。…おや…す…み……。」
そう言って、ミアはソファに倒れ込んだ。
シエラはミアが死んだと思い込み、泣き出してしまった。
「ああああああああああぁ……!!お゛があ゛ざん…!」
トントン…
シエラの泣く部屋に、小気味いいノックの音が響く。
シエラの泣き声を心配してきたのだろうか?
ノックの音を聞き、助けを求めようと思ってか、壁を伝ってドアへと近づく。
トントンッ!
今度は、さっきよりも強くノックが響いた。
直後、ようやくドアまでたどり着けたシエラがドアを開けた。
「こんちわ……あ?子供?」
帽子を脱いで挨拶をした、元気のいい獣人の若者は、すすり泣くシエラを見てクエスチョンマークを浮かべた。
「助げでぇ……!おがあさん、おがあさんが!」
若者がシエラの異様な雰囲気を察したのか、失礼、とだけ言い、部屋へと入る。
「お母さんはどこかな?」
そういうと、シエラはミアの寝ているソファへと出その時できた最速のスピードで案内した。
そこへたどり着くと、若者はミアの横にしゃがみ、脈をはかった。
すると、トク、トク、と規則的に動く心臓の動きを確認することができた。
若者はおかしい、と思い、今度は魔力の様子を見た。
すると、通常ではありえない量の魔力を確認することができた。
「お嬢さん、お母さんは生きてるよ。
ただね、魔力がちょっと多くなっちゃったみたい。原因はわかる?」
「……さっき、お母さんに魔力流した。」
「うーん、それだね、きっと。
夜には目覚めると思うから、大丈夫だよ。
それより………この部屋はどうしたの。」
若者は、荒れ果てた部屋を見て言った。
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痛む頭を押さえながら起きると、すでに夜になっていた。
次に体を起こすと、不意に腰に重いものが落ちてきた。
「お母さん!!」
どうやら、シエラだったらしい。
心配をかけちゃったか。
「ごめんね、もう大丈夫だよ。」
「よかった……!!!」
シエラの涙で服が濡れてきたのが感じられた。
相当不安だったみたいだ。
何かで埋め合わせを考えておくか……。
「…ん?これは?」
机の上においてあった札を指し、シエラに問いかける。
「わかんない。けど、お母さんにわたしてって、言われた。」
札を見ると、見出しに大きく『フォネスの街奪還作戦』と書いてあった。
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