第五十二話 「階層主」
その後は戦闘もなく進むことができ、今は階層主の部屋の前にいる。
鉄製の小ぶりな扉があり、中にはいると倒すまでは出られないとユルムが言っていた。
「準備はいい?行くよ。」
「うん。」
俺はユルムを守るようにして進み、扉を開ける。
中には何も居なかったが、俺とユルムが中に入り終えるとひとりでに扉がしまった。
直後、目の前の空間からたくさんの気配を感じ、中央に火花が散ったかと思えば、次の瞬間には大きな猿─キラーエイプ─が一匹とその取り巻きの猿どもが現れた。
「えっ!?嘘!」
キキキキキキキキキキィッ!!
ユルムが何か言うが、取り巻きが叫び声を上げながら津波のように押し寄せる。
「援護よろしく!」
「っ……うん!ば、爆発いくよ!」
ユルムがそう言うと、大群の中央付近で爆発が起こった。
「もう一発!」
二度目の爆発が起こり、取り巻きの半分近くが死んだ。
だが、まだ半分だ。
俺は手当たり次第に取り巻きを掴んでは握りつぶし、叩き潰し、投げつける。
肩に飛びつき、噛み付く猿もいたが、ユルムの魔法で撃ち落とされた。
脛に噛み付く猿もいたが、皮膚が頑丈すぎてその歯が折れ、俺に蹴り飛ばされて死んだ。
グギイィィィイィィイィ!
キラーエイプが怒り、突進をしてくる。
ユルムが氷や炎を弾にして放つが、頑丈な体毛にかき消され、あまり効果はないようだった。
キラーエイプはその勢いのまま俺に殴りかかり、俺は衝撃に備えるために腕を上げ、(氷鎧)を発動させた。
ドンッと重い衝撃が走り、ほんの少し、体が浮き上がった。
そして、浮き上がった体が落ちる前に次の衝撃が走り、また少し浮き上がる。
また、次の衝撃がきた。
どうやら俺は空中で殴られまくっているらしい。
「ミア…!!!」
ユルムが泣きそうな声で叫びながら次々と魔法を放つが、やはり効果は薄かった。
このまま女の子を泣かせる訳には行かないので、反撃に出るとしよう。
短距離転移でキラーエイプの首元に転移。
キラーエイプは俺がいきなり消えたことで前につんのめり、体制を崩す。
そのすきに、俺はさっきまでのお返しとばかりに首に足を巻き付けて締め上げながら、その頭蓋を殴る、殴る、殴る。
篭手のおかげで手に負担もかからず、永遠に殴り続けられそうだ。
だが、キラーエイプの方はそうも行かないらしく、殴るたびに頭蓋骨が少しずつ陥没し、その痛みからずっと悲鳴を上げている。
残っていた取り巻きがすかさず俺に飛びついてくるが、(雷咆)ですべて撃ち落とし、取り巻きはいなくなった。
一方、キラーエイプはその巨体を揺らして俺を振り落とそうとしてくる。
どうやらロデオの馬になってくれるらしい。
ロデオは前世も含めてやったことはなかったが、案外楽しいものなのかもしれない。
俺がロデオを楽しんでいると、急に馬の動きが悪くなってきた。
どうやらそろそろ電池切れらしい。
俺は猿から降り、(雷咆)でとどめを刺した。
一息つき、ユルムの方を見ると、ポカーンと口を開けていた。
「ミアって、こんなに強かったの…?」
「いやいや、こんなものじゃないの?
だって、ユルム一人でも倒せるんでしょ?こいつら。」
何もおかしなところはないはずだ。
「…いや、ちがうの。えっと…この階層主は、私一人では倒せないよ。」
え、じゃあなんで一人で来ていたんだ?
「ここの階層主は、本当なら今よりももっと弱いはずなの。
だけど、ときどき、本当にときどき、通常よりも特殊で強い階層主が現れるの。
今回がそうで、取り巻きは同じだけど、そのボスがキラーエイプじゃなくてグローリアエイプだった。
だから、私一人では、倒せなかったはず。」
そうか…運が悪かったな…。
俺たちにその特殊な階層主が当たったのは偶然だよな。誰かが仕組めるはずも無いだろうし。
「なんにせよ、ミアがいて助かったよ!
ありがとう!」
「ど、どういたしまして。」
お礼を言われ慣れていないからか、少しキョドってしまった。
「じゃあ、ほら。返り血を流すから目瞑って。」
あっ……。また借りた服を汚してしまった…。
俺は素直に目を瞑り、洗い流され終えるのを待った。
「はいっ!完了!次の層に進もう!」
「うん。」
いつの間にか開いていた出口の扉をくぐり、第二十一階層へと出る。
そこは森という点では二十階層と変わらないが、あちこちから感じる魔物の気配の強さと数が比較にならなかった。
これは、ユルムのためにも、慎重に行かなきゃならないかもな…。
すぐにそう思った。
次の投稿は、明々後日の朝一時です。




