第三話 「転移の湖」
人が死にます。
俺は水を探し求めて森を歩いていた。
そして、真ん中に島が浮かんでいる大きな湖を発見したんだ。そして、その水を飲もうとして口をつけたんだ。
そしたら、湖の端で水を飲もうとしたのに、いつの間にか湖の島の上にいたんだ。
な…何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…
俺のスキル(短距離転移)だとかステータスだとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
なんて、今だから言えるが、ついさっきまでは本当に恐怖していた。
誰に転移させられたのか、どんな目的があったのか、何もわからなかったからな。
2時間ほど木の上に隠れ続けて、何も起こらなかった。
それに、喉の乾きが蘇ってきたからこれからまた水を飲みに行くところだ。
さて、ついた。意外とこの島は小さかったな。
「やっと飲める…」
口をつけた瞬間、俺の体は対岸にいた。
本能的に、近くの茂みに身を隠してしまったが、俺はこれは大丈夫だと知っていたので、すぐに出てきた。
もう一度口をつけると、やはり島の上に行く。
帰るためにまた口を付けようと思ったが、手でもやってみる。
やっぱり転移する。
「これは触れると転移してしまう水なのか。…てことは、水が飲めないじゃないか!」
そう気づいて、焦る。パッと見る限り、この湖に流れ込んでいる川は無かった。
流れ出ている川もない。
また新たに水を探さなければ。
そう、あるき始めると、人間の声が聞こえてきた。男2人と女1人の3人組のようだ。
「これから私達の冒険が始まるのね!」
「そうだな、もしかしたら俺たちが英雄になるかもしれないんだもんな!」
「落ち着いて考えろって、英雄ってのはこんなことでいちいち興奮しないぞ?」
「「むぅー…」」
よだれが出てきた。これが種族の説明欄に書いてあった、人間を食べ物としか見ていないということか。
人間の心は『食べるな、水を探せ!』と言っているが、竜の体は『食べろ、血で喉を潤せ!』と言っている。
数分の葛藤の末、竜の体が勝った。勝ってしまった。
人間の心は、
『自分は人間ではないから大丈夫だ。しかも、ここは日本ではないんだ。』
と、言い訳を始めている。
気配をできるだけ殺して近づき、様子を見る。
3人のうち、2人は男女で初心者のようだ。手付きもなれていないし、少し興奮気味だ。それに装備が完全に中古だ。
そしてもう一人の男は、手付きもなれていて、武器防具にも良い意味で年季が入っているし、落ち着いている。おそらくは初心者の指導役がなにかだろう。
狙うなら指導役だな。そいつがやられれば、あとの2人は硬直してしまうはずだ。後ろから近づいてそっと殺そう。
スキル(殺人)がうまく働いてくれるといいんだが…。
と考えつつ、後ろに転移し、首筋に噛み付く。
首の骨をおるつもりで、噛む。対象は暴れている。他の2人はやはり硬直しているようだ。
指導役がなにか指示を出しているようだが、うまく喋れずに2人には伝わらない。
動きも弱くなってきたところで、指導役に動きがあった。
腰のナイフを抜き、俺の右足に刺した。そして抜く。また刺す。それを繰り返している。
鋭い痛みが走り、顎の力が抜けそうになる。が、気を持ち直し、なんとか踏ん張る。
しかし、指導役が動きを見せたことで残りの2人も何かを思い出したように、しかし、恐怖に支配されている表情で男は剣を抜き、女は杖を構えた。
まずい。たった今、指導役の首の骨は折ったが、いくら初心者とはいえ2人同時はまずい。
それに、俺だって初心者だ。
俺の体制も、足をめった刺しにされたせいで片足立ちになっている。魔力はもれ出ないようにはできてはいるが、いつまでもつかはわからない。しかも、魔力は抑えられても血は止まらない。
いや、俺にはスキル(殺人)と(短距離転移)がある。
考えている間に、杖からは水の玉が飛んできて、ほぼ同時に剣が振り下ろされる。
ギリギリで転移し、女の頭上に現れる。
怪我のない方の足でありったけの力でこめかみを蹴り飛ばす。
女はこめかみから血を流しながら数m飛ばされるが、こちらも女と反対の向きに飛んでいく。森の中のため、俺も女も気にぶつかる。女は動かなくなった。
まだ体制の整わないうちに男が叫びながら刺突してくる。
「あぁぁあぁぁぁ!」
安定していないので転移に失敗し、避けようとするが、避けきれず、左の翼を切り飛ばされる。
なんとか立て直し、飛びかかろうとするが、切り返しの剣が向かっていることに気づき、咄嗟に飛び避ける。
が、また避けきれずに右の前足と翼を取られた。
血が止まらない。意識が朦朧としてくる。
最後の力を振り絞り、首元に転移して男の喉笛に噛み付く。
喉を噛みちぎり、左足で蹴る。
男が悔しさと怒りの入り混じった顔をして、後ろに倒れる。
数分の間、ピクリピクリと動いていたが、やがて動かなくなった。
その後、自分はこれから気絶するなと思い、安全を考慮して近くの木に登った。
これだけでもだいぶ違うだろう。
そして、気絶しようとしたときに頭に声が響いた。
『レベルが最大になりました。進化を開始します。』
『進化先を選んでください。』
そう聞き、次の言葉が紡ぎ出される前に
「そんなの、どうでもいい…それより、死んじまう……」
と呟いた。
『了解しました。進化先をランダムに決定します。』
その言葉を聞き届け、俺は気絶した。