第二話 「悪魔」
第一話に、スキルの制限や主人公の思ったことの描写を追加しました。
また、第二話には、食虫描写があります。最後の最後にあるので、苦手な人は主人公が2回目に喋ったところで第二話を読み終えてください。
朝だ。いや、昼かな?上では、もう昼かもしれない。
腹は減っていない。傷もない。病気もない。よし、異常はないな。
峡谷から脱出しよう。
まずは計画の確認だ。
今は峡谷の端にいるから、もう片方の端に向かいつつ、上に通じている道があればそこを偵察、脱出できるようなら脱出する。
もしくは、崖の途中に止まれるような場所があれば、そこに転移。そしてもう一度転移し、脱出。
どちらもなければ、食べ物と水を探しつつ、スキル(短距離転移1段)を、2段に上げられるかためしてみる。
2段になれば、もしかしたら空中でも転移ができるようになるかも知れないからだ。
そして、敵がいれば、即座に逃げる。理性がありそうなら話しかけ、軍門に下る。敵に遭ってしまったのなら、これが一番だろう。
さぁ、計画は完璧……のはずだ。行こう。
少し進むと、血の跡が見える。昨日の赤ちゃんの血だ。たとえ姿が竜でも心は人間のつもりなので、手…ではなく前足を合わせておく。
前足の退化している二足歩行型ではなく、四足歩行型なので、かなり合わせづらかったが、なんとかいけた。
5分ほど進んでも、何も無かった。敵も、食べ物も、水も、崖の止まれるような場所も。
しかし、そのかわり、腐臭が漂ってきた。最悪だ。
敵がいるのかもしれない。より警戒していこう。
また5分ほど進んだ頃、腐臭は更に強くなり、虫がたくさん出てきた。そして、その原因が見えた。
死体だ。それも、山になるほど大量の。おそらく人間の赤ちゃんの。
昨日も、落ちてきていた。
なんなんだ?ここは。
ドチャッ……
!!まただ。また、落ちてきた。上を見ると、去っていく人影が2つ、見えた。
怒りがふつふつと湧いてきた。
自分達がやることやったから出来たんだろうが。それをこんなところに捨てていくとは。責任感もクソもない。
どんな神経してやがる、この世界の人間は。
そんなことを平気でやるのか。
しばらくそんな事を考えてしまっていたが、ふと、考え直す。
これは、この常識は、地球でのものだったな。ここは別世界だ。他人の常識を押し付けるのは良くない。
だが、せめて捨てていってしまう理由だけでも聞きに行こうか。
そう、思った。このとき俺は、自分が竜だということを忘れてしまっていた。
腐肉と骨の山を越え、また歩き出す。
まだ心にトゲは残っているが、いくらか取れた。
すると、崖のちょうど真ん中あたりのところに少し穴が空いているのが見えた。
よし!これで脱出ができる。洞窟かなにかだろうか。
ともあれ、助かった。早速転移を……。
どうやって、やるんだ?まずい、非常にまずい。
鑑定と同じか?念じればいいのか?
しかし、いくら念じたところで身体は動かない。
小一時間ほど念じ続けたが、何もなく、やる気を失って尻もちをつくように後ろに倒れた。
すると、ケツに石が刺さった。
「グォア!?」
初めて声を出した。しかし、今は傷の方に気を引かれていた。
触ることも見ることもできないが、流血しているような感覚がある。
と、それと同時にケツから血以外のものが流れ出ているような気がして、多少の喪失感を覚えた。
もしかして、これは魔力か?
そうだとしたら、流れていくのはまずいな。止められるか?
魔力を意識して、止めようとすると、喪失感が無くなった。
これか!転移も、この感覚をヒントにすれば行けるんじゃないか?
よし、行こう。
転移!
ゴツン!と、目の前の壁に体をぶつけた。転移先を指定していなかったからだ。
失敗の原因を確認するとともに、もしかしたら、下手したら壁の中に転移して、窒息で死んでいたのではないだろうかと想像していしまったからだ。
しかし、おそらく転移以外に脱出の方法はない。
覚悟を決め、転移する。
転移!
瞬間、謎の浮遊感とともに視界が切り替わった。転移したのだ。
後ろには、眼下についさっきまでいた場所が見えている。
転移に成功したのだ。歓喜するが、すぐに冷静になり、次の転移に挑む。
頼むぞ…転移!
するとそこには、緑の草原と快晴の空が広がっていた。遠くには、森と山が見える。
後ろを振り向くと、少し離れた場所に深い森があった。
そして、この世界に来たときにいた場所の方向には少し開けた場所があって、そこに大きい祭壇があった。
祭壇には人間が数人、並んでいた。
それぞれが男女で1人の赤ちゃんを連れていて、5歳くらいと思しき子どもを赤ちゃんと一緒に連れてきている人もいた。
風が祭壇の方向から流れてくる。そして、その風にのって会話が聞こえてきた。
初めは何を言っているのかわからなかったが、
『スキル(カーチル言語)を獲得しました。』
という声とともに聞き取れるようになった。
「!鑑定結果が出たぞ。この子のスキルは……な、ふ、ふざけるな!忌み子ではないか!くそ!」
「な、なんで…なんで転移スキルなんて持って生まれてくるのよ!この悪魔!早く捨てて!」
「当たり前だ。二度と俺たちの前に現れるな、この悪魔が!」
そう、会話をして赤ちゃんを峡谷に投げ捨てた。
今の言動から読み取れることとしては、
1、転移スキルを持って生まれてくる子供は忌み子とされ、悪魔と呼ばれていること。
2、その子供は殺さなければならないこと。
これくらいだろうか。
…おっと、さっきの夫婦が帰ってしまう。話を聞きに行こう。
早めに歩き、森の中を歩く二人の前に姿を表す。
「ちょっと、話を聞き」
と言いかけたところで、会話を遮られてしまった。
「きゃあぁぁぁぁー!」
「あ、あっちへいけ!この!」
男性が、俺から女性をかばうように太めの木の枝を俺に向けてくる。
あぁ、そうだったな、俺は今、竜だったんだ。
なぜ、普通に会話をできると思ったんだ?あぁ、このバカが。
突然、体に衝撃が走る。木の枝を投げつけられたのだ。
鱗にヒビが入っている。それを見て俺は急いで逃げる。
草原の方に向かって、一直線に。ただ、がむしゃらに。怒りと悲しみ、恐怖と少しの喜び。
それらの複雑な感情をぶつけるように、走りまくった。
祭壇が見えなくなる頃、俺は疲れで止まってしまった。
腰を下ろし、休む。
少し休んだところで、のどが渇いていることに気づいた。
「水を探さなければ…」
そう言い、祭壇がある森と反対の方の森へと向かう。
カーチル言語は、自然と出た。スキルの影響だろう。
森についたとき、大きいカブト虫がいたので、食べた。味は悪かったが、少しだけ腹が膨れた。
またしばらく活動できそうだ。
元気を取り戻し、水を探しに行く。