第十六話 「運命の選択」
三段になった魔法(雷咆)は、一段の頃とは比べ物にならないほど威力が上がっていた。
その違いは、大きくわけて三つだ。
まず、一つ目。一段、二段のときは口から数本の雷が2mほど曲がりくねって進んでいたのだが、三段からは数も増えてさらにまっすぐに飛ぶようになった。
次に、二つ目。射程だ。
一つ目で射程が2mと言ったが、三段になると5mほど飛ぶようになった。
かなり大きな進歩だ。
そして最後。肝心の威力だ。
試し撃ちをしたところ、ゴブリンは一撃で感電死・ショック死させることができた。
オークにも撃ったのだが、オークは一番重いものでも全身麻痺で、多くは気絶程度だった。
まぁ、それでも大きなすきが出来るのは変わらないのだが。
これは余談なのだが、試し撃ちするためのオークを見つけ出すのに2日も掛かってしまった。
それに、ゴブリンも心なしか少なく思えた。
だが、俺は人間が餌なのであまり関係はないだろう。
そういえば、オークを探しているときになにかを探しているような冒険者のパーティがいた。
結局そいつらは喰ったのだが会話を盗み聞きしたところ、どうやら俺のことを探しているようだった。
誰かに見つかったか、それとも要人を殺したか。
バレたきっかけはどうであれ、もうここにはいられない。
次の街へ行く。
騎士たちが連日向かって行っている方向だ。
俺は、透明化を解除したまま歩き出す。
透明化を解除したままなのは触手とシエラが透明になれないので余計な魔物がよってくるかもしれないからだ。
解除しておけば、ある程度は俺の気配を察して何処かへ行くだろう。
そして、飛ばずに歩いているのは飛ぶとシエラに負担がかかるのではないかと思ったからだ。
確証はないが、万が一があっては困る。
夜になるまで歩いたのだが、やはり飛ぶのと歩くのとではスピードが全然違うようで同じ時間飛んだときの半分も進んでいなかった。
夜飯には野営していた騎士を一人掻っ攫い、それを食べた。
寝床は騎士の野営場所とはかなり離れた位置にした。
最近はシエラがよく夜泣きをするからだ。
人間のように寝不足にこそなりはしないが、少しずつストレスは溜まっている。
だが、夜泣きもあと一年もすれば無くなると考えれば楽なものなのだ。
翌日。
行方不明者が出たことで騒ぎを起こしている騎士たちを尻目に俺はまた歩き出した。
その直前につい触手が滑ってまた一人食べてしまったのだが、ご愛嬌だ。
騎士や冒険者がいないときもあったが、こんなことを繰り返しつつ次の街が見えるまで何日も進んだ。
その間、特に変わったこともなく進むことができた。
その街は深い堀と高く頑丈そうな壁を二重ずつ築いており、堅牢な造りとなっていた。
また、等間隔で塔が立っており、そこから魔法が放てるようになっていた。
人間の要塞都市だ。
そしてその向こう側には広く草原が広がっており、ところどころに小さな砦が建っていた。
そのさらに向こう側にはボンヤリとしか見えないが木で作られた低めの壁があった。
シエラには悪いが、スキル(透明化)を発動してから飛び、その木の壁まで向かって行った。
その壁の中は街になっているが、その街には人間ではなく獣人が住んでいた。
住民のほとんどに活気がなく、絶望したような雰囲気だった。
それを不思議に思いつつとりあえず降りようかと迷っていると、街のはずれに数千の獣人が集まっていた。
なんとなく気になり、静かに近くに降り立ち、会話を盗み聞きした。
「いいか、この街には私達の家族がいる!
そして、この街の先には我らが王が住んでおられる。
援軍が来るまでは絶対にここを破られるな!
参謀!作戦を説明しろ。」
狼の隊長らしき男が叫んでいる。
そして、参謀と呼ばれたウサギが出てきた。
「はい。
まず、こちらの戦力は約6000。
対して、相手の戦力は最低でも20000を超えている。加えて、体格差や地力の差を考慮しても装備が圧倒的に人間側が強い。
さらに、戦場となる草原には無数の人間の砦がある。
援軍が来るのは約三日後と思われるが、それまで耐えるには皆が死兵となってようやく可能性があるかといったところだ。
死ぬ覚悟が出来ていない者は今すぐ立ち去れ。今なら罪には問わない。」
参謀がそう言うが、抜けるものは一人もいない。
「いない…か。それでこそ、我らがカイル王の臣民だ。
さて、本題に入る。
これから言うものは、作戦と言うにはあまりにも稚拙なものだが、これ以外に方法は無い。
まず、人間共の砦の近くで戦うわけには行かない。
あまり近づけたくは無いが街の近くで戦う。
そして、そのために罠を仕掛けようと思う。
決戦はおそらく明後日だ。それまでにできるだけ多くの罠を仕掛ける。
そして当日は罠に掛かっている最中もしくは解除している最中に魔法・弓部隊で数を減らさせ、戦士部隊で迎撃。
それ以降は罠がないだけで作戦は変わらない。以上だ。」
素人でもわかるほど稚拙だ。しかし、この状況では手が無いのだろう。分隊を作るにしても数が足りないのだろうし…。
そしてまた、狼隊長が喋りだした。
「わかったな!それでは、これで作戦通達を終える!
我らがカイル王の加護があらんことを!」
「「「「「「「我らがカイル王の加護があらんことを!」」」」」」」
謎の号令を掛け、この会合は終わった…かに思えた。
号令の声があまりにも大きく、シエラがびっくりして泣き出してしまったのだ。
「誰だっ!出て来い!」
6000人の戦士がこちらに構えている。
まずい、今逃げ出したらシエラが危ない。
素直に出ていくしかないか?
「わかった、出ていく。だが、敵意は無いことをわかって欲しい。」
返事をし、透明化を解いてゆっくりと出ていく。
戦士たちの息を呑む音が聞こえてくる。
そりゃあそうだろう。大型のドラゴンがいきなり現れたのだから。
「我らの同胞を人質に何を要求するつもりだ!」
やはり、勘違いされてしまうか。
どうにか交渉するしかない。
「人質などではない。娘だ。
そして、ここにはたまたま来ただけだ。怪しいのであれば、なにか一つ、俺にできることを何でもやる。それで見逃して欲しい。」
どうだ?
「………少し、相談してくる。戦士たちに見張りをさせるが、文句はないな?」
「わかった。」
後は、朗報を待つしかない……な。
その間にシエラを泣き止ませておくとしよう。