18、無我の境地
残り二ヶ月。本番に向けてシュミレーション。時計を合わせ過去問を解く。
繰り返し、繰り返し。
過去の数年間、貴重な青春の数年間、全てをこのためだけに、注ぎ込んだ。
やってやる。やってやる。
気づくと震えは止まっており、
気負いもなくなり、
過去もなくなり、
未来もなくなり、
碧海の事も頭から消えており、
そこにあるのは、
目の前の過去問のみ、
ただ、ひたすらに、解く。
気づくと、残り一ヶ月。
気づくと、残り一週間。
気づくと、本番。
気づくと、受験は、終わっていた。
修人にとって、もう、結果などは、どうでも良かった。ただ心にあるのは、『やり切った』それだけだ。
海に来た。
冬の海。
ひとり、タバコを吸う。
波の音。
潮の香り。
「ちょいと、若いの、手伝ってくれんかのう」
「え?」
その爺さん、網を持つ。
「あ、はい」
網を持ち、爺さんの自宅まで付いてった。
「いや、有り難てー。有り難てー。餅さ食ってってくれ。今、焼く」
家の中に案内された修人は仏壇と壁にかけられた遺影を見た。
「家内だー。十年前に、亡くなったー」
爺さんは餅を仏壇に供え、遺影に語りかけた。
「いやー、この若者がよー、手伝ってくれてよー、本当、有り難てー、有り難てー。お前からもお礼言ってくれー」
食べんさい。と餅をくれる爺さん。
食べてみた。生焼けで固い。
「美味いか?」
「え?あ、はい・・・」
爺さんはニコニコ笑顔だった。
「有り難てー、有り難てー」
何故だか知らないが、泣けてきた。




