普通を愛するお姫様の普通じゃないかもしれない日々
とある世界のとある国のお姫様のお話です。
一応恋愛を目指す予定ですがならなかったらごめんなさい。
ゆるっと暇つぶしにでもお使いくださいませ。
これは
とある世界にある大きくもなくかといって小さくもなく。
程よい大きさの王国の。のんびり平和に暮らすお姫様のお話。
1
「・・・・・平和ですねぇ・・・・。」
バルコニーから下に広がる色とりどりの花を咲かせた庭園を見下ろしながら肺いっぱいに空気を吸い込む。
「うーん!いい香り!春はこれですよね、うん。」
1人うんうんと満足げに頷いているとふわりと鼻先を先程吸い込んだ花の香りとは
異なる香りがかすめていった。
「姫様、春を堪能されるのも良いですがそろそろ中へお入りに。」
日に焼けますよ、と後ろから苦笑交じりの声がかかる。
「はーい。あまり健康的な色になってしまうとまたお母様達からお説教されてしまうものね。」
笑いながらバルコニーから離れて部屋へと入る。
窓際には小さな丸テーブル。真っ白のテーブルクロスの上には湯気を立ち上らせた
赤い飲み物とお皿に盛られたシンプルなまぁるいクッキーが用意されていた。
「あ、これってハニークッキーでしょうか?私この味好きなんですよねぇ。」
うきうきとしながら座るタイミングに合わせてすっと引かれた椅子に腰をかける。
「はい。合っていますよ。ですけれど、姫様って本当に変わってらっしゃいますよね。
他の姫様方はもっとクリームたっぷりのケーキなどを好まれますのに。」
確かに私の前に用意された菓子は王侯貴族が口に入れるものとしてはいささか地味である。
「ふふ、だって好きなんですもの。そうね、見た目はシンプルすぎるかもしれませんが・・・
材料は最高級ですし、バターだってたっぷり。
希少なはちみつだってふんだんに使われているのですから充分贅沢なお菓子だと思いますよ?」
私の言い分に部屋付のメイドであるアンは小さく肩をすくめて『そう仰ると思いました』と小さなため息をひとつ。
いつものやりとりなので私も気にはしない。
早速焼きたてのクッキーを1枚手に取り一口齧る。そのサクサクとした食感はなんとも言えず良い。
ふんわり口の中に広がる花の香りのするはちみつの風味もまた良し。
「まぁ、姫様に不満が無い事は一目瞭然なのですけれどねぇ・・・。
とりあえず料理長には姫様が笑顔全開で召し上がっていたと伝えておきますね。」
一般的な『おひめさま』に憧れをもっていたらしいアンはどうやら私にもそれを求めていたらしかったが
最近はちょっと諦め気味らしい。
それには心の中で申し訳ない・・・・と思うばかりだ。だって仕方がない。人には向き不向きというものがあるのだから。
それに・・・
「ええ、お願いしますね。・・・ねぇ、アン。典型的なお姫様であれば上のお姉さま方なんて
お前の理想そのものでしょう?沢山いらっしゃるのだから私一人くらい普通の人っぽい人が
居ても良いと思わない?」
そう、うちの王家は当代のお父様の惚れっぽい性格と無駄に有り余るカリスマ性のせいで側室様が多い。
本当に多い。何を隠そう私は上から15人目の子供である。
男は10人、女は7人。唯一の救いはお父様が正妃様、側室様方を大事にされているせいか
他の王室に見られるようなドロドロした愛憎劇が無い事だろうか。
もちろん、正妃様が立派な方と言うのも大きな要因だと思うが。
とりあえず、次期後継者は長子のお兄様で決まっているし反対する者もほとんど居ないし
まぁ、戦争らしい戦争も祖父の代から無いからこのままいけば平和に国譲りの儀が執り行われるのだろう。
隣国ではつい最近王家で暗殺未遂があったとかなかったとか。
「・・・本当平和な国に生まれて良かったです・・・」
暗殺とか起こったら私はいの一番で王位継承者争いから脱落する自信がある。あるったらある。
「何をしみじみと・・・。・・・?あら、誰かいらっしゃった様ですね。」
見てまいります、と傍を離れ控えの間に繋がる扉から出て行くアンの後ろ姿を
なんとはなしに見送りながら私はもう一枚クッキーを口にするのだった。
・
・
・
そんな平和な昼下がりの午後から一転、今私が居るのは所謂謁見の間。
階段の上には王座があり、右に宰相、左に大公が控えている。
いつもは他国からの使者や遠方からの商人達との謁見で賑やかな大広間だが
今は数人の姫君が呼ばれていて妙な静けさに包まれていた。
きょろ、と視線を彷徨わすと幾人かと目が合ったがいずれも何で呼ばれたのだろうと
少し不安そうな光が見えるばかり。
どうやら皆特に何の説明もなく急ぎで呼ばれたらしい。
「・・・・・・・ふむ、呼ばれた者は全員居るようだな。」
子宮に響く声と巷のあらゆる女性に言わしめた素敵ボイスが
静まりきった広間によく響く。
「はい、年頃の姫君はこれで皆揃われたかと。」
・・・うん?
「しかし何かしら説明はしてやった方が良かったんじゃねえのか。」
姫さん方がびびってんじゃねーか。
王の言葉を肯定する宰相に続き少しばかり荒っぽい言葉使いで王へと苦言っぽいことを
言っているのは王弟殿下だった。
宰相殿は涼やかな見た目をした20代の青年で、役目についた初めの頃こそは若い事を理由に
やっかみもあったのだろう、あちらこちらから不満不平の声があがったそうだが
すぐにその実力で黙らせた叩き上げの官僚さんである。
また、王弟殿下もその地位身分に寄りかからず10代の頃に志願して軍隊に入り今は騎士団長にまで
のぼりつめた脳き・・いや、努力の人である。
「うむ、それは確かに。だが、事は急くのでなぁ。皆、身支度の暇も与えず呼びつけて
申し訳なかった。」
素直に非を認めるのはこの王様の美点の一つなのだろうなと改めて思う。
王様としてどうかとは思うけれどここにはほぼ身内しかいないので問題はさほどないだろう。
いつものお父様の様子に少しだけ皆の緊張がゆるんだのが分かった。
でも私は内心穏やかではなかった。だって、だって、この人さっき言いましたよね?
『年頃の』って。
そのフレーズが出て来る話なんて一つしか無いと思うんですが!
周りの様子を見ればやはり何人かはそこに気づいたらしく期待のような先程とは異なる
不安の色を瞳に覗かせていた。
「姫様方の中にはすでに気づかれた方もいらっしゃるようですが・・改めて王より
お言葉を頂きましょう」
どうぞ、と王を促す宰相殿。
動作の、仕草のひとつひとつが洗練されていて目を奪われる。
流石は国のトップに上り詰めた御仁である。
「・・・うぉっほん。では。その、な。・・・うむ、なんと言ったものか。」
全身から立ち上る困ったオーラに先程とはまた違う理由で目を奪われる。
「・・・お父様、困ってらっしゃるわね。」
「そうねぇ・・・。」
「だとするとやっぱりあれよねぇ・・・。」
「そうですわねぇ・・。あれしかありませんわよねぇ。」
小さな声であちらこちらから囁く声が聞こえてくる。
そんな様子を見かねたのか「仕方ネェなぁ」と王弟殿下のため息交じりの声がした。
「いいか、これは国の大事である。皆も隣国の王家で暗殺未遂があったのは聞いているな?
あれは嘘じゃねぇ。実際にあったことだ。痛ましい事だが死者も出た。
・・・次期国王の王妃候補だった女性だ。」
一瞬あたりがざわめくが事の重大さに気づき皆黙り込む。
「なんでも大層勇敢な女性で狙われた王子を身を挺して庇い暗殺という魔の手から
彼の君を守り抜いたらしい。」
・・・・・立派な行い、なんでしょうね。
(でも、それで残された人はきっとたまらない。)
残された王子の気持ちを想像すると胸が痛む様な気がした。
「そのおかげか幸い、暗殺者は掴まり首謀者も無事に判明したとのことだ。」
他所の国とはいえ、どことなくほっとしたような雰囲気が広がるあたりうちは平和な国だと思う。
「で、だ。本題はここからだな。隣国のやつらは今度は何を思ったか外の国に王妃候補を
求めてきやがった。よりにもよってうちにだ。どんな意図があるのかはっきりいって俺にはわからん。
こっちに利点こそあれあっちにそれを越えるもんがあるとは思えんしな。
しかし相手は大国。こちらに拒否権は無いも同然という訳だ。」
・・・そう、隣国アルバタールは海に面しているのを生かして貿易が盛んな国で有名だ。
珍しいものを求めて人が集まり、どんどん栄えていってこの辺りの国では一番豊かな国と
言っても過言ではないだろう。
治安維持にも力を入れていて軍事力もなかなかのものだとか。
そんな国なのに今のところは他国を侵略することもなく、周辺諸国からの評価も高いと聞く。
今の隣国の王様が賢王と呼ばれるのも納得できるというもの。
でもそんな出来た国がほんとなんだってうちに?
自慢じゃないけれど凄く突出したものもないけど特段他国に劣っていることも無い
平和だけが売りの国ですよ。
・・・・私的にはなにこれ最高!な国なんですけれどもね。
戦争とか嫌ですし。
「ちなみにあちらさんからの言によるとうちの姫さん方で年齢のつり合いがとれるのなら誰でも良いそうだ。ああ、ただ変な条件がついていてな・・・その。」
突然歯切れが悪くなった王弟殿下を不思議そうに見上げる。
なんだろう。美人でないと駄目とか?でも変な条件という訳でもないか。
頭をハテナで埋め尽くしているとそれまで静かだった宰相殿が口を開いた。
「貴方方御兄弟は本当によく似ておいでですね。続きは私から。皆さん、アルバタールからの書には
こうありました。
ひとつ。 見目は平均的な者を望む。普通であればあるほど良い。
ふたつ。 高い能力は求めない。常識があればそれで良い。
みっつ。 弱く、怖がりな者。
・・・と。」
一瞬の沈黙の後、一気に広間がざわついた。
それはそうでしょう。
花嫁は「平々凡々の女にしろ。」と。そう言ってきたのだから。
これは確かに言い出しにくい。あと立候補もしにくいですね。
それにしても仮にも一国の未来の王妃の条件がそれで良いのでしょうか・・・。
これなら普通に自国の民から選出すれば良さそうなものですが。
それだと貴族から不満が出そうだからでしょうか。
それとも・・・まさかの婚約者を失った王子様のわがままを通しちゃったとか・・・。
だって、ね。亡くなった方のことはよく知りませんが立派な方だったのなら・・・
今回の条件と全く正反対の方だったのではないか、なんて・・・。
その場合、王子様は何を思われたのかしら?
好きだった婚約者へのうしろめたさを和らげるため?
それとも次の婚約者に正反対の性質の人を選ぶことで少しでも死のリスクから遠ざけようとして?
でも自国の貴族から今の条件に合う人なんて選んだら凄いことになりそうだから外の国を選んだ?
「・・・・・わかりませんねぇ・・・」
それでも分かった事が1つだけ。
周りのお姉さま方の視線がちくちくと私に刺さっている。
それの意味するところは
「・・・・・ふむ。皆もやはり・・・そう思うか。」
お父様が頬をぽり、とかきどことなくすまなそうな顔をして私を見ていたが
やがて意を決した様に王様の顔になり
「我が愛しき15番目の娘、フォーラよ。この国の一大事、引き受けてくれるか。」
そう言ったのだった。
「・・・・・我が身はこの国の礎となるべく生まれしもの。
愛しきお父様、そして我が民の為なればこの身全て捧げることになんの躊躇があるでしょうか。」
断れるはずもないその命に。
私は臣下の礼をとり、頭を垂れるしかなかったのである。
(はぁ・・・・困ったことに、なりましたねぇ。)